4.宿泊―小樽市内旅館

正体判明

 みんなで旅館に着いてからのこと。

 私はリーネア先生に呼ばれて、旅館の一室に通された。

「や、京ちゃん」

 エメラルドの髪をした美しい男性が笑っている。

 私の名前を呼んでいる。

「あ……」

 あの顔に見覚えがある。リーネア先生とよく似ていて、なのに、決定的に別人な誰か。

 頭が痛い。恐い。

「……」

 男性は柔らかく笑って私を見ている。その笑みから悪意は感じ取れず――むしろ優しげな思いが伝わってくる。

 それこそが胸に痛い。

 私はこの人に会ったことが、

「思い出すかもしれないし、じゃないかもなんだから。そういうことは気にしなくていいのさ」

「っ」

 でも。私はどうしてこんなにも忘れてしまうのだろう。大切な思い出のはずなのに。

 ……今日の楽しかった思い出も消えてしまうのかもしれないと考えると、ぞっとして体が震える。

「キミは薄情でもないし卑怯でもない」

「えぅ」

 いいや、私は卑怯で薄情だ。

 ここ小樽に到着してからというもの、ずっと感じていた。

 小樽の街並み、道とお店の並び、夏の暑さと風鈴から感じる風情。まるで何度も来ていた場所であるかのように、みんなを先導していた。

 私は小樽に来たことがある。

 この人と引き合わされている。

「…………」

 泣き出しそうな私に、彼が困った顔をする。

「パターンは無意識で自己改造しちゃうアーカイブだ。あんまり気に病まなくていいよ?」

「……ん……先生、は。強い、です」

 先生の心はいつもまっすぐに前を向いている。

 辛い記憶を忘れようとしたことなどない、強い人。

「それはあの子が強いんじゃなくて、キミの前だから強くあろうとしているんだよ。……キミにそう見えているのなら、あの子も教導役冥利に尽きるんじゃないかな?」

「……」

「そんなことより、京」


 男性――リーネア先生のお父さんが、困ったふうに笑う。

「1年ぶりに会うんだから、笑っておくれ」


「はい……」

 今度こそ、彼が満面の笑みで手を差し出す。

 表情の性質は真逆なはずなのに、その顔とその雰囲気は、リーネア先生とよく似ていた。

「俺はオウキ・ヴァラセピス。リナリアの父親だ。よろしくね」

「よろしくお願いします! ……って、リナリア?」

「?」

「あの子、音を伸ばして名乗るんだよねえ。だから本名はリナリアって……もしかして教えてないの?」



  ――*――

「改めましてこんにちは! 俺はオウキさんだよ!」

 夕食の場にて――髪が色違いで目つきも優しげなのに、それでもリーネアさんとそっくりな成人男性がテンション高く名乗りを上げた。

「……先生」

 俺はこっそりと翰川先生に話しかける。

「あれ、ほんとにリーネアさんの父親? めっちゃ表情豊かなんですけど」

「光太はあれだな。平然と地雷を踏むんだな」

 佳奈子もびっくりしているし、紫織ちゃんに至っては俺の背後に隠れている。そりゃまあ、知り合いとそっくりで性格が違う別人と会えばびっくりするだろう。

 リーネアさんの方を見ると、彼は俺に向かってテーブル備え付けの爪楊枝を構えていた。

 ……ほんとに地雷だったのか。

 全力で頭を下げると、舌打ちしながら爪楊枝を戻した。

 その隣からひょこりと”オウキさん”にそっくりな女性が現れて、リーネアさんの頬を突き始める。

 混乱し始めた空気を読まないらしいオウキさんが、ミズリさんを指さす。

「まあ、自己紹介はご飯を食べ始めてからでもいいよね。ってことで、ミズリ。音頭とって」

「俺? オウキかシェルの方がいいんじゃないかな」

「やだー。面倒くさいー」

「嫌です。面倒くさい」

 名を挙げられた二人がほぼ同時に即答する。

「……こいつらは」

「ミズリ、埒が明かないから頼んでも良いだろうか。年長者を差し置いて出しゃばるなどできない」

 ルピネさんが口を開いた。そのセリフから、ミズリさんがこの場での最年長だと判明する。

 ……まあ、異種族の方は全員実年齢が推測できないんだけど。

「ルピネがそういうのなら。代表して」

 こほん、と咳払い。

「数奇なめぐりあわせではあるけれど、三日間よろしく」

 乾杯ののち、皆で箸を割った。



 長机のそれぞれの席の前に並ぶのは、白から赤まで彩り豊かに鮮やかなお刺身と、くつくつと良い音を立てる小鍋。中身は出汁で煮込まれた野菜と鮭だ。ご飯はタケノコと鶏肉の炊き込みご飯。

 その他にもあれこれと小鉢が用意されており、まさに和食。

「おおお、豪華……!」

 隣の席の佳奈子が俺の肩を突く。

「コウ。デザートにアイスが出るらしいんだけど、刺身あげるからアイスちょうだい」

「やらねーよ。なんでイカ一切れとアイスが等価交換だと思えるんだよ」

 セコい真似をするなこの座敷童。

「けち」

 ぶすっとして、俺とは逆側のお隣さんである三崎さんに話しかけに行った。失礼な奴め。

 改めて鍋の方へ向き直ると――エメラルドの髪の青年が目の前にいた。

「…………」

 物音も気配も何もなかったし、彼はそもそもリーネアさんと翰川先生の傍に座っていたはずだ。

 なぜか俺の目の前で、ご自身の分の鍋と刺身と小鉢とご飯を食べていた。

「や、光太」

 ひらひらと手を振るオウキさん。

「……何で名前知ってんすか」

「ひぞれから聞いてたからね。『ツッコミという使命を帯びてこの世に生まれてきた』って大絶賛」

 なんて不名誉な絶賛なんだ。

「お刺身食べなよ。乾いちゃったらもったいないよ?」

「食べますけど……」

 ふと翰川先生の方を見たら、彼女は嬉しそうに刺身を鍋に投入して火を通していた。やっぱり生ものはだめらしい。

 見守るミズリさんが幸せそうで、良いことだと思う。

「タケノコって美味しいよね。こりこりしてる」

「和食、好きなんですか?」

 リーネアさんは、異世界のベルギー・オランダ地域出身だと聞いている。

 オウキさんも同じ地域だろうか。

「けっこう好きだよ」

「へえ……」

「あ、でも。外国の人がみんな寿司刺身が好きなわけじゃないからね」

「わかってますって。……美味しいと思ってくれるなら、日本人として嬉しいなと思っただけで」

「あはは、いいね。確かに、ふるさとのものを喜んでもらえたら嬉しいかも」

「オウキさんのふるさとってどこですか?」

「うーん。……まあ、どこだっていいよ」

 彼は笑顔を崩さぬまま、『ところで』と話を替える。

「保冷剤は役に立ったかい?」

 からころと楽しそうな笑い声。

 そして、悪戯心の透けて見える無邪気な振る舞い。

「保冷剤……あのときの⁉」

「あっはははは!」

 楽しそうに爆笑している。

 紫織ちゃんに話しかけようかと思ったが、彼女は何やらルピネさんと、オウキさんにそっくりな謎の女性と話し込んでいる。席も遠いので躊躇われた。

「普通に声かけてくださいよっていうかあれなに⁉」

「妖精の技能だよお」

 くすくすと笑って上機嫌なのは、手元のウィスキーのせいに違いない。

「助かりましたけど、今度は普通に登場してください。っつーかさっきのもけっこう怖かったんですからね⁉」

「ごめんごめん。なんだかキミが面白そうで」

「さらっと失礼だな」

 俺がツッコミを返すたび、オウキさんは非常に楽しそうに爆笑する。

 爆笑が収まったころを見計らって、気になったことを質問した。

「何で保冷剤持ち歩いてるんすか?」

「体を冷やす用だよ。アイスは魔法をかけるか時間を停めるかしたら溶けないかもだけど、人の体を冷やすには保冷剤でしょう」

「スポーツとかしてるんですか?」

 運動をしていれば、アイシングは非常に役に立つ。

 体のクールダウンに、足をひねった時の応急手当。

 小樽にもランニング・ジョギングに適したコースがあるそうなので、もしかしたらオウキさんも走っているのかなと思った。

「んー? ガラス工芸って炉を使うからあっついじゃないか」

「ガラス工芸……?」

 吹きガラス体験でもしてきたのだろうか。

「俺はレプラコーンなんだよ」

 レプラコーン。

 ――”靴屋の妖精”?

「童話の?」

「厳密には、こっちの世界と俺たちの元居た世界ではちょっと違う。職人妖精だっていうのは共通かな」

 あのほのぼのしたお話に登場する妖精が、ライフルやマシンガンを振り回す戦争主義者?

「……レプラコーンって、銃振り回すんですか……?」

「うちの息子、キミに何したのかな」

「何もしてねえよ」

 リーネアさんがぼそっと呟く。

 いやあんた拳銃向けてきたりしたじゃん。

「なんで銃火器?」

「あっはは、これはこれは。うちのリナは、もうすでにキミ相手にやらかしちゃってるみたいだね」

 にこにこしたまま、オウキさんが刺身を鍋にくぐして一口。

「レプラコーンは、手に持った道具を自由自在に操れるっていう種族特性があるんだ。どんな道具でも、ハサミを使うみたいにお手軽気軽に操れるよ」

「リーネアさんは銃器なんですけど……」

 ライフル、拳銃、手榴弾。

 現代社会を生きていて本物を目にすることはまずないだろうものが多数。

「銃も道具とみなせれば操れる。俺も銃は使えるしね」

「やっぱりマシンガンなのか……」

 リーネアさんより平和っぽい人だからいいけど……ちょっと距離を置こう。

「……なんか風評被害喰らってるっぽいのはわかった。ひぞれは後でお説教です」

「んにゅっ……なぜ⁉」

 遠くの席で涙目になっている翰川先生をスルーして、オウキさんが答えた。

「言っておくけど、俺はよほどのことがない限り武器は持ち出さないよ」

「っ……良かった……‼」

「号泣って」

 リーネアさんと同居する三崎さんは麻痺しているらしいが、慣れない俺にとっては十分に怖いのだ。

 ため息をつくオウキさんが話を戻す。

「保冷剤持ってた理由だけど、熱い炉をいじった後に冷やして休憩するのに便利だからだよ。キミに渡したのは使う前の新品だから安心してね」

「ありがとうございました。後で紫織ちゃんにも伝えます」

「どういたしましてだよ」

 オウキさんはほんわかしていて、今までに出会ってきた異種族の中では最も常識人のようだ。

「……ちなみに、人を時間停止しちゃったらどうなるんすか?」

「あはー。それはぜひ検索してね☆」

 横ピースでオススメされた直後、リーネアさんがぼそっと教えてくれる。

「検索しない方がいい。グロ画像しか出ねえから」

 やっぱりこの人も常識人じゃなかった。

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