カオスと仲良しとカオスと初対面

 料理を食べ終えた私は、ルピナスさんとそっくりな男性:オウキさんと向かい合っていました。

「や、紫織。ルピネの弟子なんだって?」

「は、はいっ」

「そっかそっかあ。娘がごめんね」

 彼の腕の中ではルピナスさんがプロレス技を喰らって悶えています。

「い、いぅあ……と、父さん、キまってる……!」

「大人げない真似してないでよね」

 ルピネさんを挟んで、ルピナスさんと私とでバトルをしていると、オウキさんがにこやかに割り込んできてバトルは終焉しました。

 締めあげられるルピナスさんを見ながら、冷静になって考えてみたところ……私はルピネさんが好きです。……お姉ちゃんみたいだなって思います。

 でも、たぶん、これは恋じゃなくて――憧れ。

 美人でしっかりもので格好いいルピネさんに依存して、浮かれていただけ。

(……私、まだまだ子どもなんだ……)

 目覚めた体は私の意識に反して18歳に見合う年齢で、まだ器用には動けません。手のサイズも違うので、文字も綺麗に書く練習をしています。

 私は、光太くんに呪いをかけた罰を受けた。いまの自分は罰の結果なのだから、いつまでも子どものままではいられない。

 自戒の意味を込めて自分に言い聞かせていると、オウキさんが私の名を呼びました。

「しおりん」

「ふぇっ……し、しおりん……?」

 にこにこするオウキさんの傍ではルピナスさんがダウンしていて、ルピネさんが指でつついて意識を確認中です。

 ルピナスさんも心配ですが、なんだか……いま、とっても不思議な呼び名で呼ばれたような。とっても気になります。

「うんうん。可愛い女の子には愛称をつけたいものだね」

「ふぇえ⁉」

 か、可愛い……⁉

「みんなに話しておこう」

「へ」

 みんな? みんなとは、どなたでしょう……?

「キミは寛光に来るよ。魔術学部に来る」

「え、ええええ、えええ!?」

 オウキさんって、大学の教員さんなのですか⁉

「だいじょうぶだいじょうぶ。みんなにキミの愛称を広めてあげるからね!」

「ひ、広めないでください……は、恥ずかしいですっ」

「あははは。こう見えて俺は魔術学部所属だからね! 面接のときは俺か他の人だろうからよろしく!」

「わー……⁉」

 話を聞いてくれない感じの人です、この人⁉

「じゃあ、さっそく勉強だね!」



  ――*――

 夕飯も食べ終わり、俺たちはそのまま勉強会へと移行した。それぞれ先生たちとのマンツーマンである。

「紫織ちゃん、大丈夫かなあ」

 いつの間にか、紫織ちゃんはオウキさんと向かい合って何やら話している。

 人見知りな彼女の交友関係が広がっていくのは嬉しいが、慣れない異種族を相手にする苦労は予想できるので、少し心配だ。

「大丈夫だよ。オウキはとっても優しくて常識的で頭のいい人だ」

「先生の人物評価機能が訂正されるのはいつになるんでしょうね?」

 翰川先生は身内への評価が異常に甘い。

「んむう。……良い人だぞ?」

「いや……」

 確かに、今まで出会ってきた異種族の中では、ルピネさんに並ぶくらい話が通じる常識人だが、そういう問題ではない。

「……もういいっす。数学、よろしくお願いします」

「ん。了解だ!」

 ふんす、とやる気を出す先生。

 うわやべ超かわいい。

 ミズリさんが無音で撮影しているのが視界の端に見えたが、努めてそのことを意識から押し出す。いちいち気にしていたらやっていけない。

「今日のテーマは微分積分!」

「おお。……なんで?」

「キミの微分力と積分力があまりに低いので、ここは集中的にテコ入れをしようと思う」

「それは、まあ」

 微分・積分は、計算手順やテクニックは教わっているものの、『文章題の何にどれをどう使ったらいいのかよくわからない数学』の筆頭だ。

「ちなみに、寛光の数学の中で一番配点が大きいのが微積だ。苦手な受験生が多いのも微積なので、ここで稼げると余裕が出るぞ」

「理屈はわかるんすけど、なんかよくわかんないんすよね……」

 俺にとっては、『xの乗数がどんどん減っていく計算』というくらいの認識だ。

「ふふふふ。それは明日のお楽しみだから心配するな」

「?」

「まずは、どんな式がやって来ても正しく微積が使えるように練習だ。頑張りたまえ、光太」

「ういっす」

 翰川先生は、可愛い顔に似合わずスパルタだ。



  ――*――

 あたしが勉強道具を広げ終えると、シェル先生が口を開いた。

「少し前に、寛光数学科のみんなと会議があったのです」

「……変人の巣窟で?」

「確かに変人が多いですが、まともな人もいますよ」

「いや……先生の”まとも”がまともだったこと一度も」

「黙って話を聞きなさい」

 真っ当なツッコミだったのに理不尽だ。

「入試問題の流れを決めるための重要な会議でした。その途中で、気になる話題が出たんです」

 他の大学の入試のトレンドとか、高校教育界でのニュースとかそういうことかな。

 ただでさえ寛光は問題作成者の癖が強いらしいので、適した入試を作るためには必要な情報だろう。

「オ〇オとは、黒白黒の順で重なった食品。つまり、黒は”オ”、白は”レ”で出来ているのではないか? ……というようなことを言い出した教授が居まして」

 真面目な顔で何言いだすんだこの先生は。

「ビスケットである”オ”はともかく、クリームである”レ”は、二つの”オ”に挟まれることによって成り立つ存在。”オ”に存在維持を頼るものは、”オ”と並び立つ同等の存在として定義できるか否か……議論は白熱しました」

「会議中に脇道へ爆走するのって、もう末期でしょ?」

 本題である入試問題が議題に上ったのかすら不安だ。

「有意義な会議だったと思います。学部長には怒られましたが」

「学部長さんも大変ね……」

 普段シェル先生一人と接しているあたしでさえ疲労困憊なのだ。問題児をまとめる役割がどれほど大変なのかは想像するだに恐ろしい。

「最終的に、”レ”を急速冷凍、または時間停止することによって形を単独で維持させることに成功。”レ”が”オ”と同等であると定義することが出来るという結論に達しました」

「研究者ってみんながみんな、こんなあほなこと考えてるの? そうじゃないわよね……?」

「俺たち以外に失礼ですよ。それに、俺たちも正気に戻れば普通に研究をしています。これでも俺は数学科の学科長なのですよ」

「世も末」

「俺もそう思います。ほかに適任者が何人もいるのに」

「何人くらい?」

「俺以外のすべてです」

「自己評価ひっっく」

 ぐだぐだになってきたことを感じ取ったのか、先生が話を締める。

「ということで。試験問題にオ〇オから着想を得た問題が出ます。確率がテーマですね」

「どういうことなのかわかんないわ」

 っていうか、まさしく受験生のあたしに教えていいのか、その情報。

「問題ありません。大問3の作成者は、突拍子もないアイディアをひねり出して奇問を作ることで有名な奇人。この情報だけで問題を予測出来たら、あなたも頭がおかしいと判定せざるを得ません」

「よし絶対予測しない」

 あたし頭おかしくないもん。

「なんで会議したのよ?」

「難易度を調整する必要があるから、みんなで集まって、作った問題を持ち寄るのです。頻度は科目でまちまちですが、どの学科も同じような会議をしていますよ」

「……ちゃんと問題について会議はしたの?」

「はい。学部長に見張られてからは真面目に会議しました」

 最初からしなさいよ。

「そう……」

 先生は虚空から箱を出現させてテーブルに置く。

「よって、今夜のおやつは『オ〇オに似た何か』です」

「そこはオ〇オでしょ‼」

 ツッコミを意にも介さず、箱を開けてお菓子の袋を開ける。……闇そのものとしか思えないようなビスケットが出てきた。

「コードの粋を結集させ、ひぞれたちが開発した”黒”という概念を抽出したような食用色素を使っています。『宇宙の深淵を覗き込む気分になれる』と好評ですよ」

「意見取ってる人偏ってない⁉」

「ほかにもあります」

「ああああ原色うううう」

 真っ赤・真っ青・真っ黄色・真緑・真紫。

 体に悪そうな原色オンパレードのビスケットが皿に並べられる。

「美味しいですよ」

「見た目がまずいわ‼」



  ――*――

 佳奈子はシェル先生と仲良しだ。

「楽しそう」

「……たまにお前ってやばいんじゃないかなって思うよ」

 ため息をつくリーネア先生の隣にはミズリさんが居て、私に国語を教えてくれている。

 ルピネさんには紫織ちゃん、シェル先生には佳奈子、翰川先生には森山くん。

 この流れで行けば、私にもリーネア先生が付くのだけれど、彼は文系科目が極端に苦手なので、ミズリさんがついてくれた。

 ちなみに、リーネア先生は眼鏡をかけてPCとにらめっこ。お仕事の大詰め。

「まあまあ。シェルって頭おかしくて面白いじゃないか」

「え? シェル先生、凄く優しい人ですよね」

 前に挨拶してくれた時も礼儀正しい人だった。

「……。ああ、そうかもしれないね!」

「ミズリ、流さないでくれたら嬉しいんだけど」

「これはリーネアがなんとかするべき問題じゃないのかな?」

「う……」

 意外なことにリーネア先生は、異種族の仲良しな皆さんの中では末っ子ポジション。

意外な一面が見えて、なんだか楽しい。

「……ミズリさん、その。短歌ってどうしたらいいですか?」

 古文の問題では、短歌以外なら単語の意味を覚えて読み込むことでなんとか解読できる。

 短歌だけ苦手だ。

「まずは当時の叙情を感覚として掴もうか」

「叙情」

 叙情:感情を述べ表すこと。

「そう。古文の舞台は日本だ。日本では昔から天候や植物だとかで季節を楽しむ文化が根付いてる。文章から季節がわかる問題が出たら、しめたものだね」

「……季節」

「短歌が登場する物語は春・秋が多い。花の咲く散る、花の香り……秋の寂しさや紅葉の色づきで気持ちに例えられるから。寛光の古文に限定すれば『短歌は春か秋の二択』っていう分析が出ているよ」

「! ……でも、私、その……恋文的な短歌が苦手なんです……」

「ふふふ、可愛いなあ。若いね、京ちゃん」

「っううう」

 美男のミズリさんと、美女の翰川先生は傍から見てもお似合い夫婦。

 きっと結婚するまでも恋をしていたのだろうと思う。

「これ以上からかうとリーネアが怖いからやめておくね」

 ミズリさんは姿勢を正して私に向き直る。

「叙情性を無視して叙情を分析する方法をこれから教えるよ。テストなんて答えさえわかればいいんだから」

 学校の国語の先生は、『国語は技術だけじゃ解けない』と豪語していた。

 目から鱗が落ちるようだ。

「そもそもさ、俺が……日本人どころか人間でさえない俺が人に教えられるほど理解できるんだ。賢い京ちゃんに出来ないわけがないのさ」

「か、賢くは……ないです……」

 恥ずかしい。

「謙虚だね。じゃあ、さっそく過去問に挑もうか」

 去年の古文は、秋が舞台の切ない恋物語(らしい)。

「まあぐだぐだと。女性に思わせぶりな真似をしていないで、男なら告白しろこのチキン野郎……みたいな内容だね」

「……ミズリさん、情緒が消えました」

 私が思わず呟くとミズリさんがフォローを始めた。

「当時は『付き合う=結婚』で、『結婚=家と家の結び付き』だからね。そうやすやすと好きな付き合いも出来ない……という事情も加味して甘く見てあげようね」

 何か嫌な思い出でもあるのかな。

「じゃあ、早速の短歌だ」

 指を刺したのは、改行がなされて強調された短歌二つ。

 ……単語単語で区切ればわかるのだが、短歌として繋がってしまうとよくわからない。

 ミズリさんは短歌の単語の意味と、短歌全体の意味を解説してから、テクニックの伝授をしてくれた。

「短歌の登場は、物語の中盤以降。前後に解読する情報はそろっているよ。短歌の前後で全く違うことを言うはずがないよね。『雨が降ると一途なあなたと会えなくて寂しい』って健気な恋文短歌がきて、そのあとで『浮気者なあなたに失望しています』って恨みつらみの文は流れないだろう?」

「きょ、極端ですけど……わかります」

「そうだよ。だから、穴埋め問題を解くような気持で、この短歌の意味を推測する。それだけでいい」

 彼は『短歌以外はわかるんだよね?』と微笑む。

 頷いて見せると笑みを深くした。……美貌の威力が凄まじい。

「あ。あとね、登場する短歌の構造がどういうものかは大抵決まってるから、その本も読むといいよ」

 私が買って持ってきた古文対策の参考書を指さす。

「はい」

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