ガラスきれい

 てっきり、ガラス工芸とは大きな店舗が2つ3つあるくらいかと思っていた。

 しかし、小樽にはあちこちのお店でガラスとオルゴールが売られており、それぞれ特色を楽しめる。

「ハンドベルか。こういうの格好いいわよね」

「透明なベルなんてあるんだな」

 赤、青、緑等の色味がかかった透明なガラスのベルが並んでいる。見た目にも綺麗で涼しげだ。

「あたしちょっと鳴らしてみたい」

「そこにお試しあるからやってみたら? 綺麗な音するよ」

 三崎さんに言われた佳奈子がベルを手に取る。

「ほんとだ」

 ヂリんって感じのこもった音が鳴った。

「あれ? なんか変」

「佳奈子。たぶん、腕を振るんじゃなくて手首を軸にする感じで……」

 こういうのは軽く揺らす方が綺麗なはず。 

 リーン、と我ながら澄んだ音が鳴った。

「上手っ……無駄に上手い」

「無駄にとか酷いよねお前はね」

 お前は俺を1日1回ディスらなきゃならないノルマでも背負ってんのかよ。

「だって、なんか……悔しい。頑張る」

「……そっか。内側で鳴らす玉を垂らしてる鎖が長いから、大振りで速く振っちゃったら玉が擦れて音が濁るんだね」

「物理ですね。振り子好きです。サイン波……」

 理系が出来る人って凄いなあと思う。

 つい最近から勉強を始めたはずの紫織ちゃんは、すでに俺よりはるかに理系力が高いようだ。三崎さんと談義ができるほどとは……これが素質の差か。

 ちなみに、佳奈子は未だにヂリんっと音を鳴らして『おっかしいわねー』と首をひねっている。

 安定安心の佳奈子が愛おしい。

「……なに生暖かい目で見てんのよ」

「何でもないっすよ佳奈子さん」

「佳奈子、私にも貸して。ちょっと鳴らしてみたいな」

「いったんテーブル置いて渡すわね」

「うん!」

 なんだか、小樽に来てから三崎さんが妙だ。

 小樽に来たことがあるような話し方に違和感を覚えるのだが……彼女は小樽に来たことがないような話し方もする。どっちが正しいのかわからない。

「こ……光太くん」

 三崎さんを見ていると、紫織ちゃんに腕をつつかれた。

 控えめな仕草が彼女らしい。

「あ、ごめん紫織ちゃん。なに?」

「その。お醤油差しが売ってるお店って、近くにありますか?」

「醤油」

 雑誌で見かけた、液だれしないガラスの醤油差し。

「うう……ごめんなさい。スマホも、地図を見るのも苦手で……」

 紫織ちゃんは本やルピネさんたちから教えてもらった知識はあっても、現実での経験は少ない。

 特に、地図を正しく見るのは経験がものを言う行為だろう。

「いいよいいよ。一緒に見よっか?」

 見方も教えてあげられるし。

「はぅわっ」

 ガイドブックとスマホを併用しながら、自分たちの居る店の位置を確認する。

 色んな形のベルを見ている佳奈子と三崎さんに声をかけてから、紫織ちゃんの手を軽く引いて通行の邪魔にならない場所へ移動する。

「いま居る店がここ。で、醤油差し取り扱ってる店で一番近いのが……ここかな」

「は、はい」

「さっき行った店はここで……」

 今まで通ってきた店や行った店を指さしながら、主要な通りを説明する。

 慣れない土地を探索するときには、こまごまと曲がりくねるルートを選ぶのは愚策だ。主要な通りと目印になるものを探してルートを構築していく。

「で、この店の前で曲がっていったら着く。歩きながら地図見たらわかりやすいと思うよ」

 地図の見方を覚えるなら、自分なりの目印とルート選びの見つけ方を掴むのが一番早い。

「ありがとう、ございます」

「どういたしまして。紫織ちゃん頭いいんだし、慣れれば地図なんて簡単かもよ?」

「うう……だったらいいんですけども……」

 ヂリんっ。

「か、佳奈子、不器用……可愛い」

「笑わないでよ! なんか、上手くいかないんだもん……」

 まだやってたのか佳奈子。

「いい加減、周りの迷惑になるからやめようぜ」

 夕方に差し掛かってきたから人は少ないが、同じスペースを占有するのは他のお客さんに迷惑だ。

「そして諦めろ佳奈子……お前に澄んだ音を鳴らすのは無理だ」

 小学校のリコーダーさえ『ビピィ――!』というヒヨコが叫ぶような音しか鳴らせなかったんだ。たぶん、こいつは楽器との相性がわるいのだろう。

「うわーん……‼」

「あ……ご、ごごごめんなさい」

「いや、三崎さんが謝るようなことじゃ……」

 謝り合っても埒が明かないので、手っ取り早く時計を指さしながら話を切り出す。タイムリミットの18時まであと1時間だ。

「えっとさ。紫織ちゃんが行きたいお店があるって言ってるんだ」

「ほんと⁉ 一緒に行こう、紫織ちゃん。どこ行きたいの?」

 三崎さんは紫織ちゃんを気遣っていたから、要望を言ってもらえてとても嬉しそうにする。天然っぽいけど、やっぱりいい人である。

「お醤油差しのお店ですっ」

「わー。いいよね、お醤油差し。私も欲しかったんだ」



「このお店は食器も多いねー」

「あっ……お醤油差し、買ってきます!」

 紫織ちゃんがびしっと敬礼して、ピンクのガラスの大きめな醤油差しをレジへと持って行く。即断即決だった。

「速っ」

「俺も買おっかな」

 我が家の食卓醤油はメーカー印の瓶につめかえているが、古いので微妙にフタと本体のかみ合わせが悪く、垂らしている最中に液漏れしてくる。

 もし本当に寛光大学に受かったら東京に行くわけだし、願掛け込みで奮発するか。

「思ったより種類多いな」

 サイズや微細な形状の違い、模様とガラスの触感の違いで見た目は様々だ。

 滑りにくそうな磨りガラスにする。

 なんとなく水色の醤油差しを手に取ったところで――またも虹銀髪が見えた。

「…………」

 ガラス壁を介しているお陰で会話は聞こえないが、買っているものはわかった。今度は、酒用の食器とお酒を買い込んでいる。

(……かまぼこ屋で買ってたの、酒のツマミなのかな)

 なんとなく観察していると、他のお客さんが俺の視線を遮って……そしてやっぱり居なくなっている。

 洋菓子屋の謎の人物といい、シュレミアさんといい。夏の幻でも見させにきているんじゃないかと思えるくらい不思議だ。

「私も買っちゃおう。出汁醤油入れるやつ」

「出汁入り?」

「あご出汁醤油……好きで買ってるんだ」

 背筋は冷えていたが、みんなでわいわいと話しながら買い物していれば忘れてしまうだろう。

 頭を切り替えて会話とガラスを楽しむことにする。

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