おかしおいしい

 私が宿で父と友人を待っていると、客室に飛び込んでくる人影があった。

「やっほー、ルピネちゃーんっ!」

「……おや。オウキ」

 エメラルドの髪はまばゆく煌めいている。瞳も鮮やかに緑だ。

「こんにちは。今回は宿を用意してくださってありがとう」

「いえいえ。こちらこそ来てくれてありがとう」

 二人で頭を下げ合い、改めて姿勢を正して向かい合う。

「しかし、なかなか大人数だったが……直前でこうも良い部屋を予約してくれるとは。さすがオウキ。信頼が違うな」

 紫織・京・佳奈子の3人が泊まる部屋、光太が泊まる部屋……など、部屋を人数ごとに分けて予約してくれていた。

「あははは。ここ、異種族の駆け込み寺みたいな旅館だからねえ。融通も利くし」

 大部屋の事前予約もしてくれていた。みんなで勉強合宿の名に恥じない勉強会をする予定だ。

「お世話になります」

「ルピネちゃんにはうちの娘がお世話になってるから、お返しだよ」

 楽しそうにけらけらと笑っているこの人こそ、リーネアの父親:オーキッド・ヴァラセピスだ。


 見た目は、表情筋がプラス方向の感情で仕事をしていて雰囲気が柔らかそうなリーネアおよそ20代前半。


 文章にすると凄まじい威力だが、オウキは常に楽しそうなので現実で見るとインパクトはさらに大きい。

「もっと遊んで回ってくるのかと思ったが、ずいぶんと早いお着きだな」

 リーネアと違って、妖精の放浪癖と好奇心が常に炸裂しているオウキは、旅行先では常にはしゃぎまわってあちこちを探索する。

「うん。まあ、小樽けっこうな回数で来てるしい……」

 仕事の関係で、オウキは毎年夏に小樽やヴェネツィアに出張している。今回の旅行はオウキの恒例だったところに私たちが便乗させてもらった形だ。

「それがね。面白い人と会ったんだよ!」

「面白い人」

 他者の区別カテゴリが性別くらいしかないオウキが、個人を認識するとは。

「ルピネちゃん、なんか酷いこと考えてない?」

「何も?」

 勘の良い妖精だ。

「そんなことより、あなたが面白いという人の話を聞きたいな。興味が惹かれてしまう」

「そ、そう?」

 てれてれしている。

 単純で可愛いのは妖精の特徴。愛おしい。

「えっとねー。ひぞれの生徒さん」

「なるほど」

 光太か。

「なんか今にも死にそうなくらい不憫で」

「……」

 オウキは、私たちローザライマ家とはまた違った特別な”瞳”の持ち主だ。縁の糸も私たちとは違った形ながらよく見える。

 縁が見える者たちからしてみれば、光太の奇妙な性質の縁の糸は非常に目立つのだ。

 光太側に結び付く糸の結び目は太ましく強固なのに、相手側に絡みつく糸は細く頼りない。『あの人今にも死にそうだけど大丈夫なの?』と不安にさせてくれる。

 誰だって、駅のホームで思い詰めた顔をしてずっと線路を見つめる人が居たら心配して不安になるだろう。例えるならそういった感じだ。

 光太はその状態でも明るく振る舞うので、『空元気ではないのか』とそれはそれで不安になる。

 異種族の目線から見れば、いろんな意味で目が離せない感じに仕上がった少年なのだ。

「ということでね。観察対象としては最高に面白いから、ここで待機して待ちたいんだよ」

「普通にひどかったんだな。いつも通りだ」

 オウキはリーネア以上に独特な感性と倫理観で世界を捉えている。暴走して大変な事態を引き起こすことも珍しくない。

「俺はどうしようもないクズだよお」

「それは撤回してほしいが」

 オウキは何も悪くないのだから。

「あはー。ルピネちゃんったら、シェルに似てたまによくわかんないよねえ」

 からころと楽しそうに笑う。

 リーネアとそっくりなように見えても、やはり別人なのだと思わされる光景だ。

「あー、面白い」

「他にも同年代の若者が来るから、出来れば暴走せずにいてもらいたい」

「わかってるよ。だいじょぶだいじょぶ」

 すでにウィスキーを小脇に抱えて上機嫌だから忠告しているのだが、たぶん彼は私の小言など聞かない。

 リーネアに頼むか。

「どういった面子で来るのかはあなたも聞いていたのか?」

「うん。息子とひぞれから教えてもらったよお」

「そうか」

「ひぞれがぞっこんなツッコミ役と、不安定な女の子と小動物座敷童と妄想癖の見習いちゃん!」

 ひぞれとリーネアはどういった表現で4人の詳細を伝えたのだろう?

 主に人物評価が独特極まりないひぞれのせいだとは思うが……ただでさえ感性が独特なオウキ相手に迂闊をしてはいけないと思う。

「座敷童は見てみたいしー、京ちゃんは会ってみたいー。あと見習いちゃんとねー、ツッコミ少年」

「全員だな」

「そうとも言うね!」

 テンション高くしゃべるオウキに、洋菓子屋で買ったシュークリームを渡す。

 そろそろ、ひとつの話題への集中力も限界だろう。付き合ってくれたお礼の気持ちを込めてのことだ。

「わーい! くれるのっ⁉」

「ああ。あなたと娘さんのために用意していたんだ。是非食べてくれ」

 待ち人ふたりのうち、友人の方はオウキの娘さんだ。

「ルピネちゃん好きー!」

「ありがとう。私もあなたが好きだ」

「もー。さらっとカッコいいこと言うから女の子にモテるんじゃないの?」

「?」

「とにかくありがとね。……食べていいかな?」

 そわそわして箱を指さすオウキが無邪気で愛おしい。

「もちろんだ。あなたのために用意したのだから、ぜひ食べてくれ」

「……ありがと」

 彼が幸せそうに食べ始めると、ドタドタと足音が響いて、またも人影が飛び込んできた。

 オウキとそっくりな少女が私に飛びついてくる。

「……こら。危ないから走ってはいけないぞ」

 畳の上で勢いを殺して受け止めると、オウキの娘:ルピナスは私の顔を見据えて叫んだ。

「ルピネちゃん、結婚しよう⁉」

 ルピナスはいつも私に冗談を言う。

「ふふ。それは恋人相手に取っておいた方がいい」

 私を好いてくれるのは友人として相思相愛で嬉しいが、ルピナスほどの女性ならば引く手数多だろう。

「ルピネちゃん以外に使う予定ないからだいじょうぶ!」

「冗談もほどほどに」

 額をつつくと『ぁう』と言って涙目になる。

「うー……」

「あなたほどの女性なら、どんな男性も射止められるだろうに」

「ルピネちゃんがいい」

「私は女だが」

「ルピネちゃん、手ごわいなあ」

 少しいじけた様子のルピナスにシュークリームを勧めようとしたところで、オウキから控えめな声があがる。

「ルピィ、俺、めっちゃ居たたまれないんだけど……?」

 シュークリームを食べていたせいで、オウキは口の周りが粉砂糖とクリームまみれだ。

 ウェットティッシュを差し出すとお礼を言って受け取る。

「父さんは壁で置物になってて。背景でもいい」

「親に言うセリフじゃないよね。っていうか、毎回プロポーズしてるの?」

「ああ。されているが」

 毎回のことなので、あいさつ代わりのようなものだ。

 答えるとオウキがウィスキーで上機嫌に赤らんでいた顔を青ざめさせた。

「…………。シェルに謝らなくちゃ」

「?」

「呼ばれましたので来ました」

 私の父が押し入れから登場したのを見て、オウキが頭を抱える。

「まだ呼んでないよシェル! 謝罪文考えてる途中だから待って‼︎」

「?」

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