イルカさんかわいい

「ぺんぎんさん……☆」

 上機嫌なひぞれは可愛い。

「ひぞれ、可愛いよ……!」

 無音カメラで連射するミズリは気持ち悪い。

「……」

 俺はと言えば、出来る限り他人のふりをしながら、二人から離れた場所のベンチに座っている。


 端的に表現すると、ミズリは変態だ。

 それも――ひぞれにのみ驚異的な執着と愛情を発揮する変態。

 夫婦という関係性でなければ、とっくのとうに周りから通報されていてもおかしくないレベルで変態だ。


 ミズリの正体に気付いたのは、俺が二人の家に泊めてもらったとき。台所に水飲みに行ったら、ひぞれの食べていたラーメンスープの残りを味わって飲むミズリと鉢合わせしたから。

 当然、俺はその場から――というか家からも――逃走をはかったが、引き留められた上にミズリは『俺は恥ずかしいことをしてないよ』といつもの王子様フェイスでのたまった。

 常々、こいつと自分が親戚であるという事実を消し去りたいと思っている。

 光太の前では隠し通しているつもりらしいけど……あの調子じゃ薄々気付かれてるんじゃないのか?



 ペンギンやらトドやらの海獣コーナーを見終えて、水族館の本館に入る。

「リーネアの世界にも、水族館はあるのか?」

「こっちと比べると少ないけどなくはない」

 非戦闘区域に指定された大都市になら、娯楽や勉強の場として存在している。

「そうか。良いな。やはり水族館と動物園はいきものへの興味理解を深める」

「北国の港町だから、展示もやっぱりそういう魚がいるね」

「水産業と食卓は密接だからな。……かわうそさんだ!」

「こらこら、走らないよ」

 知的で上品な夫婦でいてくれればいいのに、微妙にバランスが悪い。

 ミズリが(比較的)正気なときはひぞれが無邪気さ大爆発で、ひぞれがまともで凛としているときはミズリが変態だ。

 なんかもう、早く旅館行きたい……



「リーネアは何が見たいんだ? キミのことだ。付き合いだけで来てくれるわけじゃないだろう」

 からかうように質問されて、ようやく目的を言えるようになった。

「言っとくけど、今まで遠慮してたんじゃなくてお前らと離れて歩きたかっただけだからな」

「ツンデレだ」

 心外だ。

「ツンデレだね。恥ずかしがって……思春期みたいだ」

「リーネアはシャイだからな。長らく気付かなくて済まなかった」

 紛れもなく心の底から素直な気持ちで言ったセリフなんだが。

 誰が美貌と奇行で常に遠巻きにされる奴らの傍に居たいと思うんだよ。

「イルカ。友達から写真撮ってくれって言われたから」

 故郷の海好きな友達にカメラを押し付けられている。

 高性能なせいか、レンズ部分が長くて重たいカメラだ。これが一眼レフっていうやつだっけ?

 手探りで”武器庫”から出して、カメラに詳しい(理由は察してほしい)ミズリに渡して見せると、しげしげと観察してから頷いた。

「水槽撮影用だ。本気度が窺えるよ」

「改造してんのか?」

「アクリルガラスを隔てる水槽内は、光がガラスに反射しちゃって上手く撮れないことがあってね。ついでに、水族館の魅力と言えば透き通る水の青さ。その青色が綺麗に出るような設定をきちんと考えてる」

「普通のカメラじゃ駄目なの?」

「出来なくはないけど……いきもの相手のシャッターチャンスってなかなか難しいんだ。いつでも望むポーズをしてくれてるとは限らないわけだし、先に撮影用のセッティングをしておくことが多いよ」

 ああ、お前ひぞれを撮影するためだけに夏のクローゼットに長時間待機できる変態だもんな。

「これはボタンとダイヤルで、あれこれと手早い操作ができるように……レンズも……プロの人なのか?」

「プロじゃないけど、そいつ人魚」

 主食がサメの鮫喰い人魚族。肝油が好物。

 海に入ると下半身魚で、陸に上がれば二本足だ。

「それは、また」

「イルカが可愛くて大好きらしいんだけど、本人が血なまぐさいから嫌われて悲しいって言ってて。水族館めぐりが趣味」

 友達は見た目は人魚らしく綺麗だけど、水に浸かると微妙に血の匂いがする。

 その匂いがサメをおびき出すのに一役買ってるらしい。なぜかイルカとかクジラの哺乳類には嫌われている。

 悲しむ友達を見ていると、人生そうは上手くいかないものなのだと学んだ。

「血なまぐさい人魚族なんて1種しか知らないな」

「あいつ有名なんだな」

「うん。……リーネアの友達は、どうしてこう、種族自体はメジャーなのにほのかにニッチな種族が多いんだろうね?」

「お前の嫁さん俺の友達だぞ」

 人工生命でまるごとくくられてはいるが、魔法で作り上げられた生き物も含めればメジャーといえる数が居る。

 その中の科学系統の人工生命は、ひぞれとそのきょうだいくらいしかいないからニッチ。

「あ、確かに。……って、もしや俺は友達に含んでくれてない?」

 こいつと友達になるくらいなら自殺した方がまだましだと思う。

「そんな顔しなくても……」

「……悪い。ちょっとなんかお前気持ち悪いし」

「表現が火の玉ストレート。……カメラこのまま借りるよ。具合も確かめたいし」

 ペンギンバッグをいじっていたひぞれが、ここの水族館のマップつきのパンフを引っ張り出した。

 いそいそとしていて可愛い。

「現在位置がここだな」

「ありがと」

 イルカは何種類か飼育されているらしい。

「どのイルカがいいとか、そういうリクエストは?」

「Harbour porpoise」

 俺は生物名に詳しくないので、友達の言っていた名前を復唱している。

 ひぞれはすぐに思い当ったようで目を輝かせた。

「ネズミイルカか。見る目のある友人だな」

「なんか水族館では珍しいとか言ってた。イルカって全部同じじゃないんだな」

 灰色のでかい魚みたいな形の生き物だと思ってた。

「そんなことはないぞ。海に住むイルカさんにもたくさんの種類があるし、淡水―汽水域間に住むイルカさんも存在している」

「川に住めんの?」

「水棲生物が淡水海水で違うのは体の仕組みが違うからだよ。鰓呼吸な魚の場合は浸透圧が関係してきたりもするのだが。肺呼吸なイルカさんは周囲の浮力の違いが大きい」

「海水の方が浮力あるから?」

 淡水と海水では、ミネラル分が溶けこんでいる海水の方が比重が高い。

 浮力の強さは水中に入ったモノの体積と同じ分の水の重さと引き換えだから、海のイルカは川より小さい力で浮いていることができる。

「うん。海のイルカさんも淡水に入ることは出来るがな。浸透圧の関係で寄生虫を殺せるので川に入るのではと言われている。純粋な川のイルカさんはアマゾン川流域のピンクイルカが有名だ」

「へー。ぴんくいのか。ネズミイルカっていうのはどういうやつ?」

「小型なイルカさん。口吻……要はくちばしみたいなところが突出せず、丸いフォルムが愛くるしい」

 カメラをいじっていたミズリが顔を上げる。

「リーネア、使ってみる?」

「使う自体は出来るけど、綺麗な写真となると自信はない」

 シャッターを切っても俺のセンスじゃ写真が綺麗かどうかもわからないし。

「じゃあ俺が借りて写真撮るよ」

「頼む。ふたりともありがと」

「「どういたしまして」」

 友達を元気づけるために今回の頼みを引き受けてきた。

 でも、俺は生き物に一切の興味がなくカメラも使わないから、ミズリとひぞれに頼みたかった。

 ……たぶん、ふたりともわかって手伝ってくれてる。

 俺はあんまり、感情を動かすのが得意じゃない。口下手どころか生意気にもひどいことを言う。わざとじゃないけど、だからといって言っていい言葉じゃない。

 ふたりにお礼がしたくて運転手も引き受けたのに、あんまり……

 いつかきちんとお礼が出来たらいいな。

「リーネア。こっちだぞ」

「ん。いまいく」


 人魚の友達から発狂したような数と内容のメールが届いているのは、とりあえず見なかったことにした。

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