運転終了。おつかれさまでした。
「終わったか」
リーネアはぽつりと呟き、消えていく風景を眺める。
あの世界を終わらせる――異世界を取り巻く幽霊を成仏させる条件は『ワンボックスで長距離直線を走って軽自動車を出現させて乗り移り、崖を滑落する前に右折する』だった。
警察は、なにもチンピラを殺すために茂みで待機していたのではない。
崖と土山が見えている状況において、諦めて捕まってくれることを願っていた。
チンピラは逃走者らしく小物らしく、恐怖から逃げるために左へハンドルを切ったのだ。
――『そうすれば死ぬ』と頭でわかっていても。
人間の反射というものは何とも侮れない。
「……」
解決法を聞いた時点では難解に思えたが、ひぞれが居れば条件を満たすのは簡単だった。
札幌の道は碁盤の目。彼女は止まらず走れるルートと時刻を簡単に演算してくれた。
さて、これであとは結末を変えるだけ……と思っても、幽霊の作る世界は恐怖と時間経過で輪郭が曖昧になった記憶から作られている。
幽霊に影響されない人物がく(・)さ(・)び(・)として居てくれなければ、結末を上手く変えられない。
そんなわけで、神秘に対してまっさらだからこそ幽霊に干渉されにくい光太をトランクの隣に乗せた。幽霊と真逆の神秘だからこそ干渉されないひぞれの代役でもあった。
後部座席でじっとしていてくれればそれでよかったのに。
彼はリーネアの想像以上の働きをこなしてしまった。
「車がオートマでよかったな」
その光太が草むらに突っ伏して眠っている。
車の機構自体をパターンで強制的に乗っ取れば、もっと早い段階で安全な場所を見計らって進路を曲げさせることもできた。
元よりリーネアは、狙撃してからはそのつもりだったのだ。
彼が運転席に座るなど思ってもみなかった。
ハンドルを握ったことで世界の主導権が光太に変わってしまったのか、車はパターンを受け付けなくなった。結末まで走り切ってもらうしかなくなったところで、車のハンドフリー通話機能とスマホをパターンで無理やり繋いだという訳である。
(……主導権、ハッキング出来そうだったけど……その間に死んだら困るしなあ)
リーネアとしては苦手な少年ではあるが、若者が無為に死ぬのは望ましくない。
『ひぞれがあれだけ懐いているのだから悪い奴じゃないんだろうし』と結論付け、気絶に近い熟睡をしている光太から視線を外す。
「……ケイ、平気か?」
パターンを初めて全開にしたためか、京は震えてへたり込んでいた。
手助けしたとはいえ、異世界と通話を成立させるのはかなりの無茶だ。想定外のことに焦って集中がもたなかった自分が、教導役だというのに情けない。
抱え起こして車に運ぶ。
「へい、き。……森山くんは?」
「寝てる」
「そっか……すごいね。走りきったんだね……」
京がへにゃりと笑う顔はとても幼い。
リーネアは苦笑しながら、妹のように愛おしい京を撫でる。
「……ああ、凄い奴だ。お前も頑張った。寝ていいぞ」
「うん……ありがと、先生……」
「どういたしまして」
彼女を後部座席に寝かして、光太も抱え起こして担いで運ぶ。
ふと、車の下を覗くが――青白い顔の中年男性は見当たらない。
「…………」
手を合わせてから立ち上がり、運転席に滑り込んだ。
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