第六章 少年の冒険
どきどき☆ドライビング1
翌日、指定された公園に行くと、三崎さんとリーネアさんが俺を待っていた。
「おはよう、森山くん」
「おはよ、三崎さん。リーネアさんも」
「ん。おはよう」
鷹揚に頷き、リーネアさんは言う。
「俺は順序立てるのが苦手だ。単刀直入に。お前に依頼を言う」
「大丈夫です。覚悟してきたんで」
「ん」
彼は俺をじっと見て口を開く。
「お前に手伝ってもらうのは、幽霊を成仏させることだ」
真顔で言われた俺はぽかんとしたが、横に見えた三崎さんはいつも通りだった。
「…………。三崎さん。リーネアさんって、頭おか――」
「森山くん前見て‼」
俺の問いを遮り、焦り顔になった彼女が叫ぶ。
「へ?」
――俺の頬を掠め、針のようなものが吹っ飛んでいった。
「…………お、おぉう……」
三崎さんの警告がなければ顔に突き刺さっていた。
リーネアさんはつまようじを弄びながら、幼さと獰猛さの同居する笑みで言う。
「次は目だからな?」
「調子乗りました申し訳ありません」
命乞いのために土下座する。
「あの、眠っちゃうなら……そういう本も読めてないと思うよ?」
三崎さんは助け起こしながらフォローしてくれた。
「面倒くさいな……」
翰川先生と違い、リーネアさんは説明努力をしてくれない上に対応が塩辛い。
「……ええと。幽霊がいるんですよね。それを成仏させたいと」
「そう言ってんだろ」
まさか三崎さんまでをも抱きこんで俺を担いでいるとは思えない。……幽霊の存在は信じがたいが、そういうものだと受け入れるしかないようだ。
覚悟を決めた俺を他所に、彼が妙案を思いついたようにぱあっと顔を輝かせた。
「そうだ。信じらんねえなら、いっそ見るか?」
リーネアさんは、いつの間にか持っていた懐中電灯で、車の下に光を投げかける。
「ちょちょちょちょ、なんですか⁉」
「っせーの」
そして、俺の首根っこを掴んで一気に地面まで伏せさせた。
――青白い顔の中年男性と目が合う。
「っぎゃああああああ‼」
「おー。幽霊見えたんだな! ひぞれの発明、すごい!」
恐怖で身をよじっているのだが、じたばたしても腕が外れてくれる気配がない。人一人を抱え込んだまま懐中電灯の出来を称賛している。
「先生、ダメだってば! 普通の人、そういうの見慣れてないんだから‼」
リーネアさんの手から懐中電灯をもぎとり、三崎さんがスイッチを切った。
おじさんが消える。
「え……これあれなの……俺の恐怖が作り出した幻なのかな。そうだよね……?」
「森山くん⁉ なんて言ったらいいかわからないけどごめんなさい……‼」
「もう1回見るか? 次は消えてると思う」
「先生は懲りて‼ あとわくわくしないで‼」
乗り込むまで散々にどたばたしてから、俺たちは白のワンボックスに乗り込んでいた。
もうすでにメンタルは満身創痍だ。
「……この足元に、おじさんが……」
お化けが怖い年齢ではないが、直に見たら衝撃的過ぎて受け止めきれなかった。
「別にいいじゃん。おっさん何もしねえぞ? ぶらさがってるだけ」
「ぶらさがってるのが怖いんだってわかってあげてください!」
俺は心を落ち着かせるため、これからさせられることについての説明を求める。
「……どうにかしてあの人の未練を取り除けば成仏するんですよね。幽霊だし……」
「らしい」
「その恨みって何ですかね。事故っちゃった相手?」
助手席の三崎さんも問いかける。
「そういえば私も聞いてません。どんな事故だったんですか?」
「運転手なら、運転席に現れるべきじゃねえか?」
「…………あ」
思わず声を漏らすと、彼女も同じように驚いていた。
「……人身事故ってことですか?」
再び、三崎さんが問う。
実は彼女は後部座席の俺の隣に乗ろうとしたのだが、リーネアさんによって助手席に座らされていた。俺ひとりがぽつんとしている。
「ひぞれに相談したら、そう言われた」
超絶他人事だが、自分の車に憑りついた幽霊も気にしないとなると異常でしかない。
「俺は、後悔する思考は理解できても、未練を残す感情はわからない。うざかったけど俺も鬼じゃない。こういうの解き明かすのが得意なひぞれに依頼したんだ」
「十分に鬼では……?」
「うるせえな。運転中じゃなかったら放り出してるぞ」
扱いの差が激しくて泣けてきた。
舌打ち一つして、リーネアさんが話を戻す。
「そんなわけで、おっさんがどういう事故に遭ったのかを知り合いに調べてもらった。絞り込めたらしいが、死に様に恨み残しそうなほどじゃない」
「先生、車に轢かれて死ぬって十分な理由じゃないですか……?」
「たかが引きずりだろ。装甲車よりましだ」
異世界出身という触れ込みは今でも半信半疑だったが、常識というよりは価値観が大いに違う彼を見る度、真実味を帯びてきた気がする。
「もう……森山くん居るんですから自重してください!」
三崎さんが優しくて嬉しい。
「……前向きに検討しとくわ。死因は、20年くらい前に轢かれて引きずられたことだ」
「この車で、ですか?」
「ああ。その証拠にバンパーと車体の隙間に血痕が飛んでる。あとで見るか?」
「見たくないです」
はっきり断らなければ先ほどの二の舞になるのは予想できた。
「? そっか」
「でも、どうしたら恨みを晴らしてあげられるんですか? 犯人の人は生きて……?」
「死んでるよ。その事故のしばらく後に、もう1台の車が事故って、そのとき死んでる」
「……車を乗り換えた?」
「らしい。その車は軽自動車」
信号に引っかかることもなく、ワンボックスは直線を突き進む。
「山肌滑り落ちて、ぐしゃぐしゃだと。……その車からかなり離れた森の中で、壊れたトランクが見つかった。お前らも修学旅行とかで使ったろ?」
胸の痛みで言葉に詰まってしまったが、三崎さんが代わりに応じてくれた。
「……しまうものの質量保存を無視するあれですか?」
なるほど、ペンギンバッグと同じか。
話を続けようとしていたリーネアさんが、眉間にしわを寄せる。
「…………。いや、ダメだな。ひぞれの真似してみたけど俺の性に合わねえ」
「「?」」
「おっさんは神秘持ちの自分の娘を誘拐されそうになって立ちふさがったのを引きずられて。トランクに入ってた娘は警察に追っかけられたチンピラと一緒にお陀仏した」
それを聞かされた俺はどう反応したらいいのかわからなかった。
三崎さんがダークグレーの目を大きく見開いて呟く。
「あのトランク。入ろうとしても絶対閉じなかったのに。どうしてですか……?」
「んー……そういえば、光太に見せてないか」
左手だけハンドルを離して、手のひらを空中に翳す。
「光太。両手、掬う形で出してろ」
「?」
言われた通り手を軽く差し出す。
――ぽとり、と無造作に。俺の両手に小さな手榴弾が落ちた。
「…………っ‼」
冷たい金属の感触は実に生々しい。ピンとレバーを上向きにされていても恐怖があった。
叫んで取り落としては爆裂するかもしれないので、俺はぶるぶると震えたままリーネアさんに目線で訴えかけるしかない。
彼が手のひらを横一文字に振ると、手榴弾が消え去った。
「いきなり。なんて真似すんですか……⁉」
食って掛かる俺を見て彼がはたと気付いたような顔をする。
「あ、悪い。ナイフの方が良かったか?」
「何も良くないです‼」
三崎さんはと言えば『そういうリアクションしたなあ……』と懐かしんでいるご様子。道理で驚いていないと思ったら、麻痺しきったあとらしい。
「俺のこのチカラは、パターンの中でもちょっと特殊な部類に入る」
「話聞いて……」
「ぐちぐちうるせえ」
心底迷惑そうな顔で蔑まれ、めそめそする俺である。
「ま、まあまあ……あの……二人とも」
「でも三崎さん。手榴弾ってそんな手軽に素人に――」
「悪い、ケイ。真面目にやるわ」
「……」
優しい対応を求めるのは諦め、座席の上で姿勢を戻す。
「ひぞれが『○次元ポケットをつくりたい』って応用で作ったのが、トランクだかの質量保存の法則を無視した製品ってわけだ。お前の自転車にも同じような技術が使われてる」
「あの人アホなんですか?」
子どものような動機でそんな技術を導入するなんて。
「斜め上にかっ飛ぶアホだよ。ガキの発想力に天才の頭足したような奴だしな」
「ああ……ですよね」
「でも、安全対策はぬかりなかった。『生きてるものを入れる人が必ず出る』って、体温と心拍検知。動きを取るセンサも積んで動作確認してた。『生きもの』が入らなくなるまでな」
「……」
「ここまで言ったから、言う。生命活動がなければセーフティは働かない。いまは死体も入らないように改良してあるけど、20年前じゃダメだ」
「「――――」」
俺より早く立ち直った三崎さんが、震えた声で言う。
「……誘拐して売ったんですか。殺して、モノみたいに詰め込んで」
「そうしようとしたってとこかな。バカどもは無様極まりねえけど、女の子に弔いもないままってなれば胸糞悪ぃ。一人で死ね」
残酷なほど違う価値観の中で彼が揺らがない信念は、その生死感なのかもしれない。
死力を尽くして生きて、燃え尽きるように人が死ぬ世界。そんな世界で生きて来たのなら、こんな人格が醸成されるのも不思議はない。
「死んだら、元も子も……」
「死体は動かねえ上に喋らねえ。……人間に神秘が出る理屈は解明されてないから、神秘持ちすべての死体は研究材料にすべきだってのもいるな。腹立たしいが」
遅れて、俺も口を挟む。
「そもそも、どこから神秘持ちだって漏れたんですか? 学校で喋ったり、とか?」
土田先生の思い出話が頭によぎる。
「情報なんてどこからでも漏れるもんだろ。そんときは検査施設からだとよ」
「救えないなあ……!」
「ああ、救えない」
リーネアさんが狂猛に笑う。
「だから、救おうとしてるんだよ。これからな」
「……へ?」
車はいつの間にか、見覚えのない森の中を走っている。
隣を見ないようにそうっと手を伸ばす。固くて冷たく、そして冷たい何か。
そう、例えるならば――金属のトランクのような感触に触れた。
「…………え?」
白銀色のオーソドックスなトランクを視界の端に見つけて冷や汗を流す俺に、車を止めたリーネアさんが楽しそうに笑いかける。
「頑張れよ、光太」
「え、ちょ?」
「先生? 何を……」
混乱する三崎さんのシートベルトを外し、ドアロックを解除。彼女を器用に抱え上げたままでぬるりと降りた。何の手品だあれは。
追いかけて降りようとしたが、俺が開けるより早く後部座席のドアが開く。
「! ……まったくもう、リーネアさんは冗談が――」
だが、開けたのは彼に似ても似つかない顔面ピアスの男性だった。
「――――~~~~⁉」
男は息を殺す俺が見えていないようで、トランクに手をかけて持っていこうとする。
「ちょ、待っ……何で、それ……!」
俺も取っ手を掴むと男の手が透けた。気色悪いが持っていかせたくはない。
しかし、男は俺ごとトランクを引っ張り出し、隣に着けた白の軽自動車に放り込む。俺など存在していないかのように軽い取り扱いだった。
座席に叩きつけられ、生理反応で息が吐き出される。
「うぇ……リーネアさん、三崎さん‼」
名前を呼んでも答えは返ってこない。窓の外にも二人の姿は消えている。
見捨てられたのか? いや、そんなはずは――
しかし、俺を乗せた軽自動車は、山に向かって坂を走り出した。
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