間章 微睡み追憶

微睡み追憶

 私の名前は七海紫織です。

 名前についてはともかく。私自身についてと言えば、あまり誇れることもありません。

 なぜなら私はテンポが悪い人間なのです。何をしても一歩遅いのです。

 徒競走では合図の音に驚き足がもつれ、大縄跳びでは必ず足をひっかけてしまいます。

 いえ、運動だけではありません。お友達と喋っていても、私の応答はどこかずれているようで……喋るたびに場の空気が淀むのです。

 誰かが私に意地悪をするのではないですが、何度も起こるとさすがに気が引けてしまいます。繰り返していれば体育や人付き合いは苦手になり、私は図書室に向かうようになるのです。

 教室と図書室の往復で過ごす日々。家に私の居場所はなかったから、放課後も図書室に居ました。クラスの女の子たちから『図書子さん』という可愛らしいあだ名をもらって喜んだら、変なものを見るような顔をされました。それもいい思い出です。

 空飛ぶホウキと空中に光の線を描くペン。アイスが解けない魔法。そして、それを彩る神秘の力を持った人々。文より漫画の方が多い本は私の想像力をかきたてるのには十分でした。

 夢中になって手当たり次第に読みました。

 ある日、私が図書室に通って4年の記念日に、その男の子はやってきました。

 私と違って程よく日焼けした男の子は、本棚の森を見回して何かを探しているようでした。

 男の子は、私の大好きな神秘の本のコーナーで立ち止まります。

 きょろきょろと見まわして、何をするのかと思えば――本棚をひょいひょいと登って、脚立がなければ届かないような最上段から本を引っ張り出したのです。

「……!」

 読書スペースからこっそり見ていた私は慌てて顔を本に戻して、平静を取り繕います。

 貸出カウンターへ走ったことを司書さんに怒られた男の子。バツの悪そうな顔をしつつも、悪戯が成功したみたいに笑います。

 私のいるテーブルに駆けてきて、口の動きだけで『みた?』と聞きました。見ていることに気づかれたと思わなかったから、顔が熱くなりました。

 なんとか頷くと、男の子が『内緒な』と人差し指を立てます。

 とても眩しくて顔が綻んだのを覚えています。

 この男の子も1日で来なくなる……私はそう思ったのですが、不定期とはいえ私以外の生徒よりは定期的に、男の子は図書室に通い続けていました。

 たまに私を見て手を振ってくれて。私が届かない本を取ってくれたこともありました。

 私にとっては、いつもの日常にふと現れたヒーローのように思えて。

 いつの間にか好きになっていました。

 小学5年生のある日、男の子は元気のない顔で図書室にやってきて私に話しかけました。

「検査、受けた?」

 検査とは神秘を使う資格を見極めるためのもの。誕生日が早い私はすでに受け終わって診断をもらったあとでした。

 男の子の雰囲気からして、彼が検査に受かっているとは思えませんでした。

 憧れの人と感情を共有して苦く笑いあえたなら。どれほど嬉しかったことか。


 しかし、私には叶いませんでした。

 何の因果か、私には『チカラがある』と診断が下ったのですから――

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