それぞれで街へ
やたらと重い紙袋を持たされた私は、鉄鍋入りの段ボールを抱えた先生に問う。
「家に送ればいいじゃないですか……」
冷蔵庫は安売りコーナーでいい感じのサイズが見つかり、レンジは型落ちして安かったものを探し当て、二つとも即決だった。それらは後日配送される予定だ。
街まで出てきてすぐに帰るのも、駐車場代が勿体ない。
そんな調子であちこちの階を冷やかしていたら、あっという間に荷物が増えた。
「こんなんで重たがってたらランチャーも持てねえぞ?」
「持つ予定ないよ」
ロケットランチャー『も』とは。細かく知らないが、そういった武器は気軽に振り回せるものではないと思う。
「転送ロッカー、1階にあったよな?」
「……そうだね。サービスカウンターで頼めたっけ」
一定額を払えば正確に自宅に配送してくれる転送ロッカーは、遠距離旅行に利用される転移ターミナルの小型版だ。
ロッカーは試運転として置かれているために、宅配で配送を頼むよりも料金が多少安い。
「でもあれ、荷物の届け間違いとか起こりやすいって聞きましたよ」
「操作手順が煩雑過ぎて、打ち込みミスが起こってるだけ。いまは改善されてる」
「そうなんですね」
「じゃあ、降りるか」
「あ、待ってください……!」
紙袋に振り回されかけた私を先生が支える。
人の重心や骨格をよく知っているからこその動きだそうで、軽く掴まれただけなのに姿勢が安定させられると、魔法のように思えてしまう。
「悪い、自分の腕力基準で考えてた。……持つか?」
「だ、大丈夫ですっ」
紙袋を提げて先生の後をついていく。
――*――
俺は駅の中で少し困ったことになっていた。
「……ない……」
リュックを切り替えたときにつけたパスケースが、金具だけ残して消えていた。
財布を持っているからICカードはなくとも問題ないのだが、あのパスケースには学生証も入っている。
学校の手続きやらで何かと必要かつ個人情報が関わるもの……しかし、落とした可能性が高いのは駅に来るまでの逃走途中。
必死で走り回り、どこをどう通ってきたかも覚えていないのに、探しようがなかった。
「見つかんないよなあ……」
学生証は校門を通る時に空中でスキャンされ、忘れた者には警告音が鳴り、宙に現れるウィンドウにパスワードをうち込む羽目になる。無視すると見えない壁に阻まれる。
かつて遅刻寸前で『ここは任せて先に行け』とふざけあった死亡フラグの友人には悪いが、俺は自分が味わいたいとは決して思わない。
再発行は千円ポッキリ。学生には痛い出費。
「……罰が当たったのか……?」
物置に進路希望調査をぶん投げたりするから。
もちろん、自分が先生方に迷惑をかけまくっているのは自覚している。それでもどうしようもなく、あのプリントは嫌いで苦手で、無くなってしまえばいいと思う提出物の一つで……
「…………」
希望調査はもっと心が落ち着いたら考える。……たとえ、自分の進路が考えられなくとも、せめて土田先生にOKをもらえるように。
それにしても……なんだか、今日は踏んだり蹴ったりな日だ。
――*――
転送ロッカーに荷物を入れた私たちは、隣の建物に移動して雑貨屋をぶらぶらと見ていた。
洋菓子の見た目をした風呂用品を見て、私は何気なくつぶやく。
「……神秘の石鹸ってあるんですかね」
「あー。ねえな。割に合わねえ。使うまでもなく普通の石鹸で汚れが取れる」
先生曰く、神秘は様々な分野に枝を伸ばしているが、『神秘である必要がない』と判断したものには静観の姿勢を取る。
商品開発はタダではない。神秘を使うとなれば、製品開発時の安全性にも気を配る必要が出てきて、結果的に研究費も馬鹿にならない。
そのため、神秘でなくとも出来ることはあまりしないそうだ。
説明を終えたのち、先生が思い出したように補足する。
「作る過程を縮める研究はされてる。あとは石鹸の固まり具合を自由にするとかか?」
「なんだか、微調整が難しそうですね」
「天才が途中式抜いた証明の正しさを証明する羽目になるから、作業としては不毛だな」
「……先生の知り合いさんですか?」
「ああ。『答えが明白なのにどうしてわからないのか』って本気で考える天才だよ。凡人の気持ちなんて一切わかってねえ」
皮肉ったようなセリフながら、先生の顔はおかしくてたまらないとばかりに緩んでいる。
彼が天才と呼ぶ友人は何人かいるので、類は友を呼ぶとはこのことかと腑に落ちる。
……もしや変人具合も同類なのだろうか。夏休み前に『今年こそ、一人は確実に会わしてやれる』と笑った先生が脳裏によぎった。
「凄い人なんですね」
「凄いぞ。一人で戦争出来る化け物だ」
類友であることが確定した。
「……凄い人だね……」
「? さっきからそう言ってる」
「そっか……今年会える人ってその人?」
「そいつじゃない」
美容品コーナーを通り過ぎて外国輸入のお菓子コーナーに入る。
色とりどりにもほどがあるグミや、デザインに難のあるチョコレートは、妙に怖いもの知らずな興味が湧いてくる。
「……なあ、ケイ。これ、俺の友達に買ってやったら喜ぶと思うか?」
先生は『世界の細菌チョコレート』と書かれた箱を手に取っている。
「…………。ご自分に聞いてください」
「わかった。買う」
「ちゃんと聞きました?」
「喜ぶって結論が出た」
そのチョコで喜ぶ人に会わされると思うと、ぞっとしなかった。
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