焦燥
ここは北海道は札幌の、都会とも田舎とも言い難い中途半端な地域。
そこに存在する、進学校でもないが偏差値が低くもない高校:平沢北高校に通う俺も、中途半端な人間だ。
選んだ部活は中学から引き続いての陸上部。部内ならばそこそこ早いが、他の学校の選手を追い抜けるほどではない。クラス選択では4と5よりも2と3の多い成績で特進クラスに入れるはずもなく。かといって就職を目指すクラスに入るでもなく、普通クラスを選んだ。
俺はどうしようもなく平凡だ。平凡なりに、そこそこやってきた。
それでもわかっている。
俺が特別な何かを得ることはなく――俺と社会を柔く隔ててくれていた高校時代は、もうすぐ終わるのだ。
日中の暑さが残る夜7時を自転車で駆け抜ける。コンビニを通り過ぎ、薬局を通り過ぎ、高速道路の下をくぐり、しばらく走る。
自分のアパートにたどり着いた。
駐輪場のトタン屋根の下に自転車を押し込み、鍵を柱とつないでかける。盗難防止に持ち歩くことが推奨されているこいつだが、いちいち展開させるのは面倒なのだ。
「……ただいまっす」
庭のベンチでくつろいでいた大家のばあちゃんに声をかけると、彼女は肩を跳ねさせて振り向き、目を丸く見開いた。
「遅かったのねえ。あらっ、シャツ染みてるじゃない! どうしたの、これ?」
「あー。コーヒー零しちゃって。クリーニングに出すところなんだ」
走っているうちに完全に忘れていた。
街灯に照らされて目立っているものの、すぐ叩いたおかげで薄くなっている。クリーニングに出せば跡が残ることもないだろう。
「そう? 綺麗にしてもらいなさいね」
「うん」
「ご飯は食べたの?」
「食べたよ。ちっと寄り道」
ばあちゃんに申し訳ないが、今日はなんだか一人になりたい気分だ。
「なら安心ね。明日は学校でしょう?」
「え、なんで知ってるの……?」
「学校の先生から電話が来たの。『遅刻しないように気を付けてやってください』って。土田先生、生徒の心配するなんていい人ねえ」
ツッチー先生の気遣いが、ありがたいような迷惑なような。
「勉強、頑張んなさいね。もう受験生でしょう?」
「……はい」
粛々と忠言を受け止める。
「ありがとう、ばあちゃん」
「どういたしまして」
別れ際に軽く会釈してから、自分の部屋へと階段を登っていく。
鍵を開けて、一言。
「ただいま」
返事はないがこればかりは癖だ。この部屋に住んでいるのは俺だけである。
俺の名前は森山光太。
アパート:グリーンハイツに、物心つく前から暮らしている。
かつては両親も共に暮らしていたが、離婚したときにどちらについていくかを選ばず、通う高校にしがみつくことを選んだことで一人きりだ。
父からの生活費はともかく、母からの仕送りは手を付ける気になれない。バイト代でしのぎ、どうしてものときに使うようにしていた。
そのバイトも、バイト先が閉店したことで終わり。
意地で自炊も覚えた。元は家族で暮らしていたアパートなので、古いことに目を瞑れば家電や調理器具は一揃えある。
冷蔵庫の扉と引き出しを順々に開けていく。
「……玉ねぎしかねーな……」
玉ねぎ一つで夏休みをまかなえるわけもない。
仕方なしに、制服からTシャツとハーフパンツに着替えて、脱いだシャツは紙袋に入れる。
明日からは軽いリュックに切り替えておこう。
中身を入れ替える途中で出てきた希望調査は物置にでもぶん投げる。どうせ誰も見ないし。
「夕飯……そうめんでいいや」
茹でたそうめんを冷やしラーメンのつゆですする。
再びチャリ鍵をひっつかみ、完全に日の落ちた外に出た。
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