異世界召喚・転移取締法は遵守しましょう!

 全項目が終わったときいて、チウトは気持ちが楽になった気がした。


「後はここに了承のサインをするだけです」


 ベルはそれまで書いていた紙を、チウトに見せた。よく見ると、一番下に名前を書くところがある。


「今回の法律違反は初回でしたし、召喚が完了する前でしたので厳重注意で済みました。ですが、今度違反したらたとえ召喚完了前でも罰則を適用しますからそのおつもりで」

「あの、さっきから気になっているんですけど」

「なんですか?」


 聞くのは怖いが、チウトはどうしても確認しておきたかった。


「罰則ってどんなものが……?」

「本当に取締法を確認していないんですね……。軽い場合は、一定期間の召喚禁止。少し重いと召喚禁止が年単位に。後は全世界統括機関のもとでの矯正指導とか。ちなみに、一番重ーい罰則は」


 そこで、ベルは意味ありげに微笑んだ。


「ねぇ、女神さん。どうしてこの世界の先代の女神さんは、元々は天使だったあなたに世界を託してまで他の世界に行ったんだと思います?」

「えっ? それは、他の世界にも救いの手を差しのべたいということで」

「だって、一つの世界に神様は必ずいるはずですよ。元からいる神様の邪魔になってしまいますし、他の世界に女神がわざわざ行くことなんて、する必要ないですよ?」


 ベルは緑の目をすっと細めた。まるで針のように射ぬくような視線。


「ま、まさか……けさ」


 チウトは一瞬、寒さを感じた。両手を握りしめる。


「これからも世界を守りたいなら、取締法を遵守して下さいね」


 ベルは意味ありげに笑ったまま、紙の上半分をたたむと、羽ペンと一緒にチウトに渡してくる。

 チウトは心を落ち着かせると、ゆっくり紙にとサインをした。

 破らない。絶対に。なぜなら、チウトは自分の力で先代の女神にこの世界を守ると約束したのだから。


「はい、きちんと受け取りました。あなたのサイン」


 紙を受け取ると、ベルは羽ペンと一緒に、カバンの中に入れた。


「こちらこそ、法律を違反してしまい申し訳ありませんでした。気をつけます」


 これで、お別れだと思ったチウトは頭を下げた。もう、これ以上取締官と関わりたくなかった。早く帰ってほしかった。


「そんな、分かってくださればいいんですよー。頭上げて下さいっ」


 チウトは頭を上げた。

 すると、ベルはカバンから十数枚もの紙束を出した。それまでパンパンに膨らんでいたカバンが一気にしぼむ。


「ほら、ここに取締法の全文がありますから。以前の分も、全世界統括機関から届いているかと思いますが、改めて渡しますのできちんと覚えてくださいねっ。今回は召喚前のことを主に確認しましたけど、召喚後の決まりも忘れずに」


 首を傾けながらベルはウィンクをした。耳もピクピクと動く。


「えっ……」


 ベルは押し付けるように紙束を渡してくると、チウトから離れた。


「あの、これがないとあなたが困るのでは」

「大丈夫ですよー、本部にたぁくさん写しがありますから」

「いや、でも」

「はいっ、ではこれで!」


 ベルは、魔法陣から箱を取り上げると、大きく片手を挙げた。ベル自身が光りだす。


「え、ちょっと待っ」

「これからは『異世界召喚・転移取締法』遵守して下さいね!」


 その声とともに、ベルの腕章がいっそう強く輝きだして、チウトがまばたきした次の瞬間には、もうそこから消えていた。

 チウトは一瞬、今のは幻か何かだったのだと思い込もうとしたが、残念ながら手元に残された紙束が現実であると伝えてくる。

 チウトはベルがいた場所をしばらく見てから、押し付けられた紙束に仕方なく視線を落とした。そこには数十枚にもわたって、細かい字で条文が長々と書かれている。視界に入っているだけでなんだか目が痛くなってくる。


『今度違反したら罰則を適用します』


 ベルの言葉を思い出す。

 取締法を破らないためには、もう一度これを確認しなければならない。ベルの言った通り、召喚後にも破ってはならない条文も多くあるようだ。

 今日一日、確認するだけで骨が折れそうだった。そもそも今日で全てを確認できるかも怪しいが。ちらりと空を見ると、すでに太陽は真上に上りはじめている。

 しかし覚えずに違反してしまえば、最悪の場合、チウトは――

 チウトはその考えを振り払うと、覚悟を決めた。


「今日は召喚やめますか……」


 そう言うと、彼女はその場に座り込んで取締法を最初から確認しはじめた。全ては召喚のため、世界のために。








 




――――――――――――


 ――この実例のように『異世界召喚・転移取締法』を違反しますと、異世界召喚・転移取締官が現れることになり、召喚前の場合でも厳重注意を行うので、皆様も取締法をよく確認の上、召喚行為を行って下さい。けっして違反することがないようにして下さい。

 これからも異世界間での平和を保つために、ご協力をお願いします。

 取締法に関して何かご質問など、ありましたら取締部門までご連絡を。




全世界統括機関 異世界召喚・転移取締部門

部門長ベル・ブラックより


全世界の皆様へ



※なお、今回の事例の紹介については、ご本人様よりしっかりとサインを頂き了承を得ていますので、何一つ問題ありません。





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女神さん! その異世界召喚は取締法に違反してませんか? 泡沫 希生 @uta-hope

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