いかなる存在も取締官の妨害は許されません。
「魔法陣による召喚ですか、オーソドックスな方法ですね。陣の種類は、C型……にしては少し変です。アレンジされましたか?」
ベルは手元の紙を参照しながら、魔法陣の一点を指さした。
「そこを少し描き加えたほうが、魔法陣の状態が安定するかなって。ダメですか?」
「そうですね……、これは取締法範囲内の修正なので、大丈夫そうです。これ以上は描き加えないで下さいね」
虫眼鏡で見たり、近づいたり離れたりしながら、魔法陣を観察していく。ベルはそれを何度も何度も繰り返す。
「二人召喚する予定だから、そうですね、魔法陣はもう少し大きめに描いて下さい」
ベルは、足を使って地面に修正線を描きはじめた。魔法陣より一回り大きい円をなぞっていく。
今の大きさは横たわった人がすっぽりと入る大きさなのだが、それでもダメらしい。
「二人がどのような体勢で召喚されてくるのかわからないので、大きめに作りましょう。召喚した時に、二人がぶつかったら怪我しちゃいます。保護義務は召喚した時点からあるのです」
「……はぁ」
「あと、魔法陣と女神さんの距離も重要です。あんまり距離が近いと、召喚された人が驚いてしまいます」
もう、チウトは見ているしかなかった。何かを言う気力が失せ始めている。そもそもチウトは女神なのだから、こんな少女やろうと思えば黙らせることもできるのではと一瞬考えてしまい、チウトは慌ててその考えを振り払った。
女神として今の考えは間違っている。そんなことしなくてももうすぐ終わるだろう。
「まぁ、あとは、問題ないですかね」
「これで、おわり――」
「ではっ」
ベルは、勢いよくチウトに顔を向けた。
「詠唱の全文を教えてください」
「はいっ?」
何を言われているのかわからず、チウトは思わず聞き返した。
「詠唱文も確認項目の一つです」
「えと、つまり、それは書いてほしいと?」
「いえ、発声でも構いません」
「では、それで」
チウトは息を大きく吸うと、すぐに詠唱を開始した。もう早く終わらせたいという気持ちでいっぱいなのだ。
「全世界をすべる万物よ。我の声を」
「詠唱は、大きな声ではっきりとお願いします」
「我の声を聞き、我の願いを外なる世界に伝えたまえ。我の願いを勇ましき者に伝えたまえ。我が世界の危機を救う力を持つ者を、呼び寄せたいという願いを」
そこまで言った時、チウトは何かの視線を感じた。目の前で小さくうなずきながら聞いているベルではない。ベルの後ろから、何かの気配が近づいてきている。
「この言葉を他なる世界に結びつけ、今、我の願いの
その時、ベルの後ろの茂みがざわざわと動いた。そしてぬっと頭を出したのは、白い毛並みの大型の狼。ホワイトウルフ、魔物だ。
ホワイトウルフは、じっとベルを見つめている。ベルは、猫耳にしっぽを持っている。魔物に獲物だと認定されたのかもしれない。
「あ、あのー」
さすがにもう無視できない距離だ。
「詠唱止めないでくださいー」
「え、でも後ろ!」
ホワイトウルフがうなり声とともに、ベルに飛びかかった。このまま行けば、ベルから追及を受けなくても済みそうだが、女神としてそんなことはしてはいけない。
チウトは
「ええいっ!」
それより前に、ウルフの攻撃をよけたベルがホワイトウルフを素早く蹴りあげた。
ウルフはまともに蹴りを食らい、宙を飛んだ。離れたところに投げ出される。土埃が舞う。
ウルフはくぅんと鳴くと起き上がり、ベルに頭を向けたが、おどすようなベルの睨みを見ると、怯えたようにそのまま逃げていった。
「え……」
「よし」
ベルは、にっこりと笑ってウルフを見送った。
「『3.いかなる存在も職務中の異世界召喚・転移取締官の妨害は許されない』んですよ。私たちは色んな世界に行くので、あらかじめ手解きを受けています。私たちには自己防衛の権利があるのです。心配して下さり嬉しいです」
ベルは腕で構えをとった。なんだか強そうだ。
「つまり、それって」
取締官であるベルに抵抗したらどうなるかわからない、ということだろう。先ほどチウトが考えたようなことをしたら、あのウルフのように、吹っ飛ばされるだけではすまないかもしれない。
チウトはベルの指示に従うこ強くを決めた。
息を小さく吸うと、ベルが何か言う前に詠唱を再開した。
「詠唱再開します。――この世界ウボキの女神、チウトの名によって、今ここに異世界からの者を召喚する。来たれ、勇ましき者よ。我が下に――です」
「まぁ、いいですね。ちょっと長いですけど」
「くっ……」
詠唱文を言ったのはいいのだが、一体何を確認されたのかが全くわからない。
ベルはすらすらと紙に書き込んでいく。先ほどから気になっていたので、チウトはちらりと覗いてみた。何やらチウトの名前とともに、「違反箇所」「全体の確認のチェック欄」など様々な項目があり、そこに書き込んでいるようだ。
この確認が終わったら、召喚できるのだろうか。
チウトは上に視線を向けた。森の木々の間から青空が見える。早くしないと魔王によって、この空はかげってしまうだろう。
先代の女神はそれはそれは立派な神で、何度も世界の危機を召喚した勇者とともに救ってきた。チウトは元々女神を助ける天使として、それを手伝ってきた。
けれど、先代は他の世界にも手をさしのべる必要性が出てきたと言って、この世界をチウトに託して他の世界に向かってしまった。
彼女はそんな先代の女神の思いに答えようとして、世界を救うために召喚を試みたのだった。
それなのに、こんなことになるとは。チウトは、これからも自分に女神が勤まるのだろうかとため息をついた。そんな彼女の思考を打ち破るように、ベルの声が響く。
「お疲れさまです! 全項目、確認終わりましたよー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます