決まりは決まりです。
チウトは状況をよく飲み込めずに固まった。
異世界召喚・転移取締官。取締法が違反されると現れる存在だったはずだ。まさか、本当に現れるとは。
「大丈夫ですよ、気を張らなくても。私の指示通りに悪いところを直して、もう一度召喚を最初からやり直せばいいんです。今回は厳重注意ということになると思いますし」
「……えっ、いや、でも」
「良かったですねー。違反したまま、召喚が完了したら罰則を与えるところでしたよ」
ベルは、カバンから虫眼鏡も出すと、満足したように強くうなずく。
「さて。では、今から確認しますね」
「あの!」
先ほどから無視されてばかりのチウトは、どうにか声をあげた。
「でも、この世界は今魔王の危機に」
「『1.いかなる理由における召喚・転移でもこの法律は適用される』です。急いでいるのはわかってますよ。でも決まりは決まりですので」
「そんな……」
チウトはがくっと頭を下げた。そんな女神を、ベルは不思議そうに見つめる。
「女神になったときにちゃんと取締法が施行されていると、全世界統括機関から伝えられてたはずですよ?」
「はい……でも緊急ですから、それに私は女神ですから、許されるかなって」
何せ、この世界の危機が迫っている。
だから、配布された条文を読まずにチウトは召喚に及んだのだ。そもそも、どこに条文を置いたのか忘れたせいでもあるのだが。
「残念ですけど『2.いかなる存在であってもこの法律は適用される』です。これから、覚えていきましょうね。大丈夫大丈夫。いくら魔王さんでも、秒で世界は滅ぼせないですから。多分」
ベルは羽ペンを握り直すと、紙束を一枚めくった。
「では確認をはじめます。ええと、魔王さんのために召喚するんだから、人を呼ぶんですよね。召喚する予定の人数は?」
チウトは、どうにか許してもらえないかと思ったが、ベルは答えるのをじっと待っている。
仕方なく諦めて、チウトは口を開く。
「二人です」
「ふんふん、魔王の危機による召喚は『緊急レベル3』に該当するので、召喚可能人数は三名まで。これは問題ないですねー」
羽ペンで、紙に何やら書きこみ始める。
「次、どの異世界から呼ぼうとしてました?」
「どこでもいいから、呼ぼうと……」
「あー、それはマズイです!」
羽ペンの先を向けられて、チウトは肩をびくっとさせた。
「緊急レベル3は、ある程度の範囲からしか呼べないんですよ。ええと、この世界ウボキの場合は、A~G地区に存在する世界から召喚しないといけないので、後で魔法陣の範囲設定を変更しておいて下さい」
紙束の中から数枚を取り出して、チウトに渡してくる。
チウトが見ると、それぞれの紙の裏表に、びっしりと召喚可能の世界の名前が載っている。目がおかしくなりそうだ。まつげにふちどられた青色の目をパチパチさせる。
「あと、魔王を倒すという危険なことのために人を召喚するので、召喚した人に必ず危険であることを伝えてください。そして、最後までその人を導いて下さい。召喚者には召喚対象者に対して保護義務があります」
「はい」
チウトはしばらく紙を見つめていたが、後で見ることにして畳んだ。その間にもベルの話は終わらない。
「当たり前ですけど、魔王を倒すために呼ぶんですから、若い人を呼んで下さいね。おじいちゃんおばあちゃんを呼んだら、かわいそうですよ。適材適所を守って下さい!」
「はい……」
「返事は大きな声でお願いします」
「え、はい!」
大きく答えると、ベルは納得したようだった。
「さてと」
これで終わりかなとチウトが思った時だった。ベルは魔法陣の近くまでいくとしゃがんだ。そのまま、左手の虫眼鏡で魔法陣を観察しはじめる。
「次は、召喚方法についてですね」
まだ終わらないのかと、チウトは思わずため息をつきそうになった。どうやら、思っていたよりずっと、取締官の調査は厳しいようだ。早く終わらせて召喚をしたいのだが。
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