女神さん! その異世界召喚は取締法に違反してませんか?

泡沫 希生

その召喚、ちょっと待って下さい!

「今、我の願いのもとに、ここに救世の勇者をもたらしたまえ」


 それは荒れはじめた世界。魔王が現れ、人々が魔族により迫害され、緑が失われていく世界でのこと。

 その世界の女神チウトは、世界を救うために異世界召喚を試みようとしていた。魔族に悟られないように、大陸の端の森の中で。ここには多少魔物が生息しているものの、気にしている場合ではない。

 異世界から召喚された者は、世界をつなぐゲートを通る際に強い力チートを得る。チートは世界の理を越える力。そのチートが使える勇者がいれば、魔王を倒せるはずだ。

 召喚の詠唱は佳境に入っている。地面に大きく描かれた複雑な魔法陣が白い光を放ち、風が起こりはじめた。チウトの長い金髪と白いローブが風に巻き上げられていく。


「この世界ウボキの女神、チウトの名によって、今ここに異世界からの――」


 魔法陣の光が一層強くなって、



「はい! ちょっと待って下さい!」

「はいぃぃ!?」


 突然、背後からした少女の声に驚いて、チウトは詠唱を止めてしまった。

 まさか、勇者がもう召喚できたのだろうかとチウトは思った。はじめての召喚なので、どのように勇者が来るのかよく知らないのだ。

 期待に胸を膨らませて振り返る。

 その先にいたのは、茶色の猫耳としっぽを持った少女。白を基調としたブレザー服にスカートを着ている。肩まで伸びた髪と丸い瞳からは、快活な印象を受ける。


「はい、女神さん。こんにちはー」


 少女はにこやかに言うと、パンパンに膨らんだ肩掛けカバンから小さな木製の箱を取り出した。

 それをおもむろに、地面の魔法陣に向かって投げる。箱は地面に当たった瞬間に開き、赤い光をほとばしらせた。赤い光が止むと、魔法陣の光自体も消えている。魔法陣の機能が停止したのだ。


「ええぇ、ちょっとあなた!」


 思わず、チウトは少女に詰め寄った。


「まぁまぁ、落ち着いてください」


 少女はなだめるように両手を振ると、カバンから今度は紙束と羽ペンを取り出した。

 その時、はじめてチウトは少女が腕にしている腕章に気づいた。青の腕章には、白でこう書いてある。「異世界召喚・転移取締官」 と。


「はい、G地区329-2番世界ウボキの女神、チウトさんですね。女神歴は1年で、新米ですね」


 紙束から顔を上げると、少女は腰に手を当てた。そして宣言する。


「私、異世界召喚・転移取締官のベルと言います。『異世界召喚・転移取締法』に違反している召喚行為を行っているのを感知しましたので、確認させてください!」

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