「あー」とか「うー」とか

 雨が、降り続いていた。


 次の日、ユキの声が出なくなった。

 言葉が喉にひっかかるような感じらしい。「あー」とか「うー」とか、音を絞り出すことはなんとかできるようだったけれど、とても苦しそうだった。

 だからユキのぶんもオレがたくさん話をした。


「オレ、この雨が上がったら学校にいこうと思うんだ。三か月の遅れとか、サボった中間と期末テストのこととか、いろいろ不安はあるけど」


 ホールでなんとなく手回しオルガンを鳴らしながら言葉を紡ぐ。

 ユキは隣で頷きながら話をきいていてくれた。


「このミュージアムはオレにとって、きっといつかでていかなくちゃいけない療養所なんだ。ここにいるとたのしいし、落ち着くけど、現実からずっと逃げ続けているわけにもいかないから」


 オレがそんなふうに思えたのは紛れもなくユキのおかげだった。


「だから、おまえも……」


 パタンとブックが床に落ちて演奏が止まる。

 それをオルガンにセットし直したユキが、オレのほうに向いて首を傾げる。


「……いや」


 オレはオルガンを鳴らし続けた。

 うるさい雨音を掻き消そうとするみたいに。

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