ずっと雨、降り続ければいいのにね

「そんな状態でも、山頂の景色とか見たいもんなのか?」


 杉原が買ってくれていた飯を机に並べて、オレたちはレストランで昼食をとる。


「できるだけたくさんの思い出を作っておきたいの」


 足を宙に浮かせながらユキは言った。


「いずれ、動けなくなるだろうから」


 ユキの身体から水泡が昇っていく。

 ひとつ。ふたつ。

 心なしか、出会ったときより発生する水泡の数が多くなっている気がする。


「なら、はやく雨にはあがってもらわないとな」


 ケータイの画面に流れてくる天気予報によると、雨は明日にでもあがるようだった。


「山頂にいったら、ユキは家に戻るのか?」

「家よりも先に病院かな」

「まあ、そうだよな」

「帰らないでほしい?」

「え?」


 ユキが頬杖をつきながらオレのほうを覗いている。


「わたしと、ずっと一緒にいたい?」


 胸がドキリとした。


「なにいってんだよ」

「あはは」


 また、からかわれたのだろうと思った。


「だけどわたしは実際、ここにいるのけっこうたのしいよ」

「おまえ、本当にオルゴールに興味あるのか?」

「興味はあるよ。でも、今はそれ以上にコウに興味がある」

「オレはそんなおもしろい人間じゃないよ」

「ううん。オルゴールについて話してるときのコウは見てておもしろいよ」

「どこが?」

「子供みたいにキラキラした目をして喋るとことか」

「おまえ、だからオレが説明してるときいつもオルゴールじゃなくてオレのほうばっかり見てるのか」

「あ、バレてた?」

「もう説明してやらん」

「えー、ひどいよオーナー」


 オレがふてくされているうちにまたユキに唐揚げを奪われてしまった。

 よく食うやつだと思った。


「わたしは、だから……このままずっと雨が降っててもいいかなって、じつは思ってるんだ」

「山頂、いけないじゃないか」

「そのぶん、コウと一緒にいられる」

「風呂はないし、トイレは流れないぞ」

「そのうえヘドロとシトラスの匂いがするシャツしか与えてもらえない」

「脱がすぞ?」

「脱がす?」

「……脱がさない」


 ユキにまたクスクスと笑われてしまった。


「ああでも、下着はコウの匂いしないな」

「杉原が買ってきたからな」

「コウが頼んでくれたんだよね?」

「まあ」

「ありがとう」

「どういたしまして」

「使った?」

「なにを?」

「ローション」

 口に含んだお茶がへんなところに入ってむせた。

「杉原くんに……その、使い方教えてもらったから……」


 ユキは恥ずかしそうに目線を下げる。

 オレはキッパリと否定した。

 杉原がいったいなにを吹き込んだのか、気になったけどきかなかった。


「ねえ。そういえばコウと杉原くんってどういう関係なの?」

「友達。らしい」

「らしい?」

「オレがこのミュージアムに立てこもってすぐ、杉原がきた。それまでほとんど話したことなんてなかったのに」

「そうなの?」

「ああ。で、友達にされた」

「友達ってされるものなんだ」

「どうやらそうらしい」


 最初は正直、やたらとかまってくる杉原のことをうっとうしく思っていた。いきなりやってきて友達だなんて、バカバカしいと思っていた。

 けれど、オレにとってはあいつだけが外にある現実とのつながりだったから。

 もし、あいつと関わらないままこのミュージアムに――早希との思い出が凝縮されている場所に籠り続けていたらオレはどうなっていたのだろう? なんてことを考えるときもある。


「まあ、あいつにとってのオレは数多くいる友達のひとりなんだろうけどな」

「そうかな? わたしから見たら杉原くんって、けっこうコウに頼ってるとこあるようだけど」

「物資にしても移動手段にしても、基本的に頼ってるのはオレのほうだよ。あいつにとってのオレはちょうどいいヒマつぶしの相手くらいさ」

「ヒマつぶしのために、わざわざご飯買ったりして山のぼってくるかな?」

「さあ? でも、あいつが人気あるのは知ってるだろ?」

「うん。学校じゃ、わたしの次に特別扱いされてた。主に女子から」

「そういうこと。あいつとオレとじゃ、いろいろとちがうんだ」


「コウは恋人とかいないの?」

「いたらここじゃなくてそいつのところに立てこもってたかもな」

「ホントに?」

「冗談だよ」

「じゃあ、わたしがなってあげようか?」

「なにに?」

「恋人」


 オレは沈黙してしまった。

 ユキはすぐに「冗談だよ」と言って、目を瞑って笑った。


「ずっと雨、降り続ければいいのにね」


 そう呟くユキと同じことを、いつの間にかオレも思うようになっていた。

 このまま雨があがらなければいいのに、なんて。

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