友達になってあげようか

 次の日も雨は降り続いていた。


 庭園の植物たちが首を垂れ、池の水が絶え間なく波紋をたてている。

 あくびをしながら二階に下りると、レストランのイスにユキが座っていた。


「今日も降ってるね」

「みたいだな」


 離れた席に座ろうとしたところを呼ばれ、オレはユキの前に腰を下ろす。


「ねえ、コウ」

「なに?」

「なんだかコーヒーが飲みたい朝だね」

「残念ながら買ってないぞ」

「あ、そういう意味じゃなくて」


 コホンと咳ばらいをして、ユキは言う。


「わたし、はじめて学校サボっちゃった」

「家出はするのに?」

「それもはじめてだよ。もちろん」

「へえ。じゃあ、気分は?」

「うん。わるくない」


 ユキはありもしないコーヒーを飲むフリをする。

 なるほど、と頷いてオレはありもしないコーラを飲んだ。


「コウはよく家出するの?」

「いや。学校はときどきサボってたけど」

「不良だ」

「まあ」

「友達いないでしょ」

「なんでだよ?」

「だってあの学校、不良っぽい人いないもん」

「オレだってべつに不良っぽくはないだろ?」

「うーん……たしかに。っぽくはないかな」

「ほら」

「でも、孤独を嗜んでそう」

「なんだそれ」

「孤独の、雨、なんでしょ?」

「まあな」


 幻のコーヒーを飲み干して、ユキは言う。


「ねえ。わたしがなってあげよっか?」

「なにに?」

「友達」


 面と向かって「友達になろう」なんて言ってくるやつを、オレはユキと、あともうひとりしか知らない。


「コウもずっとひとりじゃ寂しいでしょ?」

「オレにだって友達くらいいる」

「へえ。いるんだ」


 ユキは少しだけ残念そうに視線を外した。


「何人くらい?」

「……今は、ひとり」


 ぷっと吹き出すユキにオレは尋ねる。


「おまえはどうなんだよ?」

「いるよ、いっぱい」


 ユキは目を瞑って笑いながら答えた。


「ねえ、コウ。コウはどうして学校にいかないの?」

「べつに。理由なんてない」


 それは半分くらい本当で、半分くらいウソだった。


「強いて言うなら、あの、群れなきゃいけない感じが疲れるからかな。合わないんだよ、そういうの」

「さすが孤独の雨だ」

「バカにしてるだろ?」

「すこし」


 そういって笑うユキの髪の先が、昨日より赤くなっている気がした。


「ねえ、コウはいつもここでなにをしてるの?」

「本読んで、ラジオきいて、寝てる」

「で、ときどきオルゴールの音で踊ってる」

「……」

「ねえ、コウ。このミュージアム、案内してよ」

「え?」


 机に手をついてユキが立ち上がる。


「だって、しなきゃいけないこと、ないんでしょ?」

「まあ。昨日散らかしたホールの掃除以外には」

「わたし、見てみたい。この場所のこと」

「オルゴールに興味が湧いたのか?」

「それもあるけど……」


 すこしの間を置いて、ユキは言う。


「ここにあるものについて語るときのコウが、すごくたのしそうに見えたから」

「べつにそんなことない」


 そう否定しつつも、内心ではけっこううれしかった。自分以外にもオルゴールに――このミュージアムに興味を持ってくれる人がいたことが。


「まあ、いいよ」


 オレはユキと一緒に無人のレストランを出た。

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