妄想好きな僕が物語を書かなくなった理由

西藤有染

はじまり

 小さい頃から物語を作るのが好きだったんだ。空想とか、妄想とか。意外?


 きっかけは、好きだった漫画の連載が終了したことだったかな。 

 物語がいよいよ佳境に入って、ここからさらに面白くなりそうって時に、打ち切りになっちゃんたんだ。

 当時はめちゃくちゃショックを受けた。何度もコミックスを読み返しては、打ち切りになったことが受け入れられなくて悶えたりしてた。そのうち、中途半端なところで終わっちゃったその話の続きが見たくて、自分でその先を想像するようになって。そこから、そのキャラと他の本や漫画の登場人物を空想の世界で共演させたり、自分自身をそこに登場させたりするようになって。

 そういうのをやってるうちに、いつのまにか自分オリジナルの話とかも作るようになってた。


 作るっていっても、小説みたいにちゃんと形にしたことは全く無くて、ただ創作のアイディアを思いついては書き留めて、それを元に妄想を繰り広げながら夜眠りにつく、っていうのを繰り返してただけだった。話を進めてる内に寝ちゃうから、例えどんなに面白い展開を思いついても、朝起きたらどこまで話が進んだか忘れちゃうことも多かった。それで、次の日の夜はどこまで話が進んだか思い出そうとしてるうちに眠っちゃって、結局話が進まない。そのうち、別の話の設定を思いついて、今度はそれをもとに想像を膨らませるようになる。それの繰り返しだった。


 だからアイディアだけはどんどん溜まっていくけど、形になったものは一つもなかった。それどころか、結末までたどり着いた話すら全く無かった。自分で妄想して楽しむだけだから、筋書き全てすっ飛ばしてクライマックスシーンになっても問題ないからね。事の始まりから終わりまで、辻褄合わせながら話をつくるなんてめんどくさいから、全然、書こうとすら思わなかったんだよ。


 でもある日、書こうと思うきっかけができた。小学校の友達が表彰されたんだ。自作の小説を書いて、どこかの出版社から賞をもらったんだよ。覚えてる?そうそう、あいつ。

 それを見て、悔しいって、羨ましいっておもったんだ。

 別に自分の方が絶対面白いものを書けるって自惚れたことを思ったわけじゃないんだ。実際にその友達のを読んでみたら、本当に面白かった。小学生ながらに不思議な世界観が作り込まれていて、そこに引き摺り込まれて、気付いたら夜更けすぎまで読み続けてたよ。  

 自分にはこんな面白い話、思いつけないって素直に思った。

 でも、悔しいって思ったのはそこじゃないんだ。表彰された翌日、そいつの周りに人が集まってきて、次々と読んだ感想を伝えてるんだよ。「面白かった」とか「よくわからなかった」とか「続きが読みたい」って。その中に、君も混じってたよね。よく覚えてるねって?


 だって君、あの頃からクラスのアイドルだったんだよ? 皆君のこと可愛いって言ってたからね。一部の男子は、君に話しかけられて誉められてるあいつに嫉妬してたからね。いや、嫉妬したから覚えてたわけじゃないから。ほんとだよ。そんな器の小さい男じゃないから。ただ、羨ましいって思っただけだから。……ねえニヤニヤしないでよ。へぇーじゃないよ。もう。


 ……で、どこまで話したっけ? あ、そうそう、そいつ、照れ臭そうに、でも嬉しそうに笑ってたんだ。中にはその作品を否定するような言葉をかけるような奴だっていたんだ。それでも、嫌な顔はしなかった。おかしいって思う?

 小説っていうのは、自分が面白いと思って作りあげた世界を形にしたもの。そこには自分の考えや生き方とか、色んな物が反映される。言ってみれば自分が作り上げた分身みたいなものなんだ。それを周りと共有することで、他人が反応し、評価してくれる。自分を見てくれてる人がいるのって嬉しいでしょ?そう、そこが羨ましかったんだよ。自分の世界を、自分自身を周りと共有してみたいと思った。その世界に対して、みんながどんな反応をするのか見てみたいと思ったんだ。それがきっかけ。そこから、ちゃんと小説を書いてみようと思ったんだ。


 それからすぐに夏休みに入ったから、寝る間も宿題する暇さえも惜しんで小説を書いたよ。一回書き始めたら筆が止まらなかった。今まで溜め込んでた創作の種が一気に花開いたみたいに感じてた。夏休みのほとんどを費やして、ほぼ休まずに作業して、一作書き上げたんだ。超大作だったよ。原稿用紙300枚くらいいってたんじゃないかな。

 どのくらいかわからないって? だいたい文庫本一冊分くらいだよ。小学生にしてはかなり頑張ったでしょ?


 どんなお話だったのかって? ざっくりいうと、超自然的な存在によって引き起こされる数々の災害に抗おうとする人間たちの話かな。……そんな顔しないでよ。言いたいことは分かるけど。小学生が書く話の内容じゃないよね。しかもその話、結局人類負けて半分以下に減って世界めちゃくちゃになって、それでも希望をもって前を向こう、俺たちの戦いはこれからだ、って感じで終わりだからね。

 ……ちょっと、距離置かないでよ。当時は一筋の希望が見えるバッドエンドみたいなのがかっこいいと思ってたんだよ。ほら、小さい頃って無邪気な残酷さみたいなの抱えてるじゃん。あれが垣間見えちゃった、みたいな。


 とにかく、子どもながらにすごいのが書けたって思ったんだ。学校が始まったら自由研究として提出して、先生に褒めてもらって、みんなにも読んでもらって、色んな感想を聞いたりして……。そんなことを想像しつつ、気絶するように眠りについたよ。


 え、そんな小説読んだ覚えない?


 読んだ覚えがないのは当然だよ。だって学校に持って行ってないんだから。


 あの年の夏、隣町の川が氾濫したの覚えてる? そうそう、当時絶対に氾濫する事は無いって言われてたあの川。あのニュースが流れたの、小説を書き終えた次の日なんだ。

 関係ない話すんなって?まあまあ、聞いてよ。


 その日、昼くらいに起きだしてリビングに行ったら、母さんがテレビつけてて、ちょうどニュースが流れてたんだよ。

 氾濫した川に流された車の中の家族を救出しようとする様子を中継してたんだ。車は折れた川岸の大きな木に引っかかって止まってるだけで、すぐにでもまた流されそうな感じでさ。救助隊の人がヘリからぶら下がった状態で急いで車の窓をあけようとするんだけど、なかなか開けられなくて。結局窓を壊して開けるんだけど、そこから人を引っ張り出そうとした瞬間、川の勢いが増して車が流されるんだ。開いた窓から手が伸びてて、助けを求める声を中継のマイクが拾ってて。救助隊のヘリも助けようとして追いかけるんだけど、みるみるうちに流されて。


 さっきの話との関連性が見えないって?


 そういうシーンが書いた小説の中にあったんだよ。自分の書いたことがそのまま現実になって起きたんだ。

 ありえないって、たまたまそういうことが起きただけだって思うだろ?

 でも、当時の僕はそう思えなかったんだ。だって、あまりに原作に忠実だったから。


 僕が書いた話だと、悪い存在が目覚めた余波で、普段は穏やかな川が氾濫して、車が流されていくの。主人公は地元の消防隊で、人命救助のために現場に駆けつけるんだけど、間に合わずに目の前で人が流されるのを目撃する。


 ね? 現実とそっくりじゃない?


 小説だとこれが導入部分でさ。そこから超自然的な存在が力を取り戻していくにつれて、災害も酷くなっていって、主人公はそれに立ち向かって人々を救おうとするんだけど、どうしても限界があって。それでも助けることができた一部の人たちが仲間になって、より多くの人を助けられるようになっていくんだ。それで最後に、地球上の生命が死滅する程の未曾有の大災害が起きるんだけど、主人公たちのおかげで大勢が生き残ることができるの。


 自分が書いた話が現実になってしまった、このままだととんでもないことになると思って、慌てて部屋に戻って書き上げた小説の原稿用紙を破り捨てたよ。そうしたらこの川の氾濫を食い止められると思ったんだ。

 様子を見に来た親に止められそうになったんだけど、泣きながら「こうしないと世界がめちゃくちゃになっちゃうんだ」ってキレて、全部破り切ったよ。当然、親には頭がおかしくなったんじゃないかと心配されたけどね。

 そのあと泣き疲れて寝込んで、宿題に手をつけないまま二学期を迎えて、先生にめちゃくちゃ怒られたよ。


 そんなことがあって、それ以来小説はしばらく書けなかった。書いた話が、また現実になってしまうんじゃないかって怖くなっちゃったんだ。


 ごめんね、変な空気になっちゃったね。


 別に物語を作るのが嫌になったわけじゃないし、しばらくしてから、実は一回書いてるんだ。酷いことが起こらない、とびきりのハッピーエンドで終わるやつをね。


 え、読んでみたい? ダメだよ。まだ途中だから。いや、そういうことじゃなくて、今読んだらネタバレになっちゃうでしょ?


 ああごめん、なんでもない。今のは忘れて。


 とりあえず、なんでこんな話をしたのかっていうとさ。今、最高に幸せなんだ。


 君が中学のときに遠くの学校へ転校していって。あの頃から君が好きで、片思い拗らせてた僕は君のことずっと忘れられなくて。

 だから偶然大学で再会した時は、本当に驚いたよ。それだけでも嬉しかったのに、お互い同じサークルで、ゼミも同じになったんだよね。今だから言うけど、ゼミの顔合わせで君がいるのを見て、思わずガッツポーズしかけたよ。 

 だろうね、って何だよ? 告白をOKした時も思いっきりガッツポーズしてたから? それ、恥ずかしいから忘れてよ……。正直、本当に付き合えるとは思ってなかったんだよ。君、大学でも人気高かったからさ。もしかしたら、とは思ってたけど、本当に上手くいくとは思わなくて、思わず感情が爆発しちゃったんだよ。

 それから、お互い働き出して、同棲も始めて、付き合って5年目の記念日にプロポーズして結婚して、今はこんなに幸せな家庭を築くことができてる。こんな今が本当に幸せなんだ。上手くいき過ぎて怖いくらい。


 まるで、小説の中の物語みたいだって思わない?

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