第10話

〖自由帳〗



      ⇅



 私の家は金持ちだ。


 困ったことがないお小遣い、広い敷地の豪邸、重役の両親。


 ただ、私はずっと孤独だった。

 両親は、私よりも仕事を優先した。

 そして、ずっと家の中で過ごした幼少期。保育園や幼稚園の存在すら知らなかった私は、もちろん、友達なんか一人もいなかった。


「一緒に遊ぼうよ」


 あの時、彼は私にそう声を掛けてきた。その無邪気な声を、今でも鮮明に覚えている。

 嬉しかった、私は心底嬉しかった。

 しかし、両親は言う。


「あなたは今からピアノ教室」


「あの子と遊んでる暇なんかない」


 私は泣きわめいた。

 遊びたいと。


「僕は矢久保月哉っていうの。よろしくねっ!」


 彼はそう言った。

 その時から今この瞬間まで、私はその名前を忘れることはなかった。


 そして時は流れ、高校に入学した。

 新しい知り合い、新しいクラスメイト、新しい友達。

 その内の一人が、あの時の矢久保月哉くんだった。声変わりでの変化はあるのだろうが、雰囲気そのものは当時と変わっていなかった。私はすぐに彼だと気が付いた。


 その頃からだろうか。

 私は知らない人からストーカーの被害を受けるようになった。


 毎日ポストに入っているプレゼント。


 赤の他人からのキケンな視線。


 その誰かに常に怯え続ける日々。


 私は我慢できなくなり、そのことを月哉くんに相談した。

 結果、彼が何かをしたのかは分からないが、一切ストーカーに遭うことはなかった。

 そして、私は当たり前のように、月哉くんに恋心を抱くようになった。


 一方その頃、父さんが浮気していたことが母さんにバレて、二人は離婚した。

 私は母親に引き取られ、家が一軒家からマンションに変わり、苗字が「橋本」から「中村」に変わった。

 また、二人が離婚してから、母は人が変わったように私に対して優しくなった。


「今まであなたとほとんど一緒にいられなくて、本当にごめんね」


 そう言って母に連れて行ってもらった箱根旅行。

 楽しめるか、心から心配だったが、とてもいい思い出になった。家族って良いなって、心から思った。


 時は流れ、私は高校三年生になった。

 そんなある日、月哉くんへの告白を考えていることを、入学時から仲良くしていて、私が彼を好きな事も知っている星那に話した。


「うん、良いんじゃない?」


 今思えば、星那は不自然に柔らかい笑みを浮かべながら、私にそう言っていたと思う。

 その数週間後、星那が月哉くんに告白し、付き合い始めたのだから。

 しかし、私は星那を問い詰めたりはしなかった。特に理由はない。

 ただ、ふつふつと、ふつふつと私の中で何かが沸騰ふっとうするような熱を持った何かが……、いた。

 それは、徐々に確かなソレに変化し、まるで実体化していくように私の中で私になっていった。

 ソレが私になった瞬間、狂った歯車のように心の中の魑魅魍魎ちみもうりょうが暴走し、気がついたら、「私」は自分のことを「僕」と呼んでいた。



      ↓



 僕は星那のことについて、調べられることはすべて調べた挙げた。

 その結果、なんと、星那の父親が私の元父だったのだ。そのことを知ったときは、驚いた。

 もちろん、そこにいる星那の実の母に当たる人物が、父親の浮気相手。

 さらに調べると、星那には兄がいた。ひょんなことから彼の写った写真を手に入れ、その顔を目の当たりにした。なんと、彼は間違いなくあの時のストーカーだった。一瞬だけ見たあの顔。確かに、それだったのだ。そのことを知ったときは、本当に驚いた。

 さらにさらに、彼らは全員、僕が住んでいたあの一軒家で暮らしていたのだ。そのことを知ったときには、もう驚きの感情など忘れていた。


 そこからは……。


 いや、すべて語りたくはない。


 僕の出番は、もうここまで。


 僕は完璧にやった。


 僕がやったことは母さんも月哉くんも知らない。

 警察がどれだけ捜査しようとも、僕の罪が暴かれることはない。


 僕は完璧にやり遂げた。


 ただ……それだけ……。



      ↓



 目の前で浮気性父さん嘘つき星那が発狂している。


 ここ最近、頭がおかしい。


 自分でもそう感じる。


 だって、お気に入りのコーヒーとチーズケーキをお供に、それを楽しむもう一人の私がいるのだから。

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自由帳 みや海豚 @Hyumaju

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