第31話 バケモノはもういない



 静謐な病室で、私は目を覚ました。


 窓から照らす光は白い壁やシーツに反射し、目が痛いほどだ。


 どのくらい寝ていたのだろうか。体の節々が痛み、喉も掠れている。



 窓の外を見ると桜が咲いており、少なくとも、あれから一ヶ月以上経っている様に思えた。


 私はここはどこか確かめようと、何時もの様にちからを振るうが何も起らない。


 正確に言えばいつも体の中に感じる、ちからの素とでも云うべき何かすら感じ取れない。



 ――まるで普通の人間みたい。



 ――いえ、そもそも。



「私は、死んだんじゃ」



 喉の痛みを不快に感じつつ、疑問に頭を悩ませ――。



「――その疑問! 僕が答えて進ぜ様じゃないか。マーイ、フレンド!」



 左方でいきなり響いた声の主を探すと、学園の制服着た苺がいつの間にか出現していた。



「貴女、どの面下げて私の前にいるのかしら?」



 ジロリと睨む。



 ――しかし、以外と憎めないわね?



 以前、彼女に感じていた負の感情が消え拍子抜けする。


 苺はそんな私の様子を知ってか知らずか、マイペースに話を続けた。



「ななな、なーんと! 火澄は遂に、普通の人間になれたんだよ!」



「はいはい、普通のにんげ――」



 ――普通の人間?



「それって、どういう事!」



「ま、見たほうが早いよね」



 彼女は手鏡を取り出す。そこには、私らしき人物が写っていた。



「……瞳が赤い。……髪が白い」



「さて、鏡を通じて自分の心を視てごらん」



 私は言われるがままに、ちからを振るおうとするが、失敗する。



「――見えない」



 産まれたときから出来ていたことが出来ず、どうしていいか解らない。



「そう、見えない。火澄、もう信じられるだろう」



「斎宮に感謝しろよ、君を生かして、さらに人間にまでしてしまったんだから」



「……円に」



 ――やっぱり。



「生きているのね」



「ついでに耀子もね。あの娘も復讐の後始末で急がしそ――おっとそろそろ時間だ。お邪魔虫は消えるとしますか。――これは僕からのサービスだよ!」



 彼女のウインクで、私に起こっていた体調不良が全て消える。



「苺? いったい何を……」



 彼女への質問を遮るように、ノックが二回。意識ドアに逸れた瞬間、彼女は立ち消える。


 そしてノックの主は、私の返事待たず入ってきた。



「円!」



「っ! 火澄」



 彼は私に駆け寄り、何か言おうとして、黙る。


 私はそんな彼をじっと見つめた。


 色んな想いが溢れ、何て言ったらいいか解らない。


 体は緊張で固まるが、今なら彼の言葉を、素直に受け止められる気がして、待つ。



 円は私を見て、泣きそうになったり、赤くなったり青くなったりした後、深呼吸し、そして。



「初めまして、オレは斎宮円。オレと、友達になって下さい!」



 差し出された手は、緊張のせいか震え、顔を見ると真っ赤になっていた。


 それを見たら、何だか可笑しくて、けれど涙が流れて。


 涙を流す私に、円は面白いほど慌てふためく。



 だから、そんな彼の手を取って。



「初めまして、私は伊神火澄。私と友達になってください」



 その時の私はきっと、心底からの笑顔を――。



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逢魔ヶ刻のストライン 和鳳ハジメ @wappo-

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