第30話 バケモノの終わり



 夕闇はとうに去り、いつの間にか夜の帳さえもが消えようとしていた。


 学び舎は見るも無残に破壊しつくされ、今私達居る校庭すら、もはや意味もなさない。


 儀式というなの決闘は私の負けで、後は敗者の運命を待つばかりであった。



「なんで、なんでだよ火澄」



 円は泣いて、私の頭を掻き抱く。


 その感触と彼から落ちる涙、今の私の全てだった。



「そうね、愛していたからよ」



 私は、噛み締めるように言う。



「愛していたから? ならなんで?」



 円の弱々しい声。



「〝詩〟も円も愛しくて、だからこそ、その存在か許せなくて」



 ――だから、全て壊して、私のモノにしたかった。



 ――そうすれば、もう何も傷つかずはずだったから。



「そんな、そんな事って……」



「でもね、貴方も戦ったでしょう」



「……きっと、他になにか方法があった筈なんだ」



 彼は後悔に満ちた涙を流した。



 ――貴方をそんな風に悲しませたくなかったのに



「そうかもしれないわ、でも私達これしか無かったと思うのよ」



「火澄……」



「ねえ、円」



「何?」



「もし貴方が〝詩〟の魂を受け継いでいるというのなら、躊躇無く私をころして」



「嫌だ! そんな事するもんか!」



「円、わがまま言わないで。――貴方も解っているんでしょう」



 箍の外れた私は円が回復して次の枷を嵌めるまで持たず、全てを闇に飲まれ暴走を始めるだろう。


 彼も、本能でソレが解っている筈だ。



「――っ!」



「それに、〝約束〟したの。昔、大切な人と。この地を平和にしようって、二度と私達みたいな子を出さないって。ね、だから……」



「……」



 円が押し黙る。そして誰かが歩く土の音がした。



「別れはすんだかな親友」



 何事も無かったかのような、普段と同じ声色で苺は言う。


 それ声に、私は何だかほっとして返事を返す。



「ええ、いいわ苺」



「なら――。御影が命ずる、斎宮円よ儀式を遂行せよ」



「御影様!」



 彼の苦しそうな声。苺は優しく労わるに語りかけた。



「愛しい子達よ、今限りで君の役目は終わりだ。長い間、我が民草の為、身を犠牲にして働いてくれたことに礼を言う。有難う」



「御影様!」



「君達一族の悲願の達成だ。今日より、この地の夜は永遠の平穏を得るだろう。――さあ、儀式の終焉を」



「嫌だ! こんな終わり方は、絶対に認めない!」



 円の体が光で包まれる。



「円!」


「……君は、どうするんだい斎宮円」



 彼女は慈愛に満ちた声で促す。



「皆、自分勝手だよ、何もかも人に押し付けて! 間違ってる!」



 円の怒りと共に、光が強くなっていく。



「御影様も! 火澄も! オレもだ!」



 強い光が私の体を焦がして。でもその輝きに引かれ、手を伸ばす。


 私の手を、円はしっかり握った。



「オレは怖かった、生まれの秘密が火澄に知られるが怖かった。だから盲目的に火澄を求めた。でもそれじゃ駄目だった。家族としても、恋人としても間違ってた」



「円……」



「ねえ火澄、オレはこれからも一緒にいたい! 二人でやり直したい!」



 彼は光の剣を構える。



「だからゴメン。君の頼みは聞けない」



 不退転の決意を込めた瞳で、




「おやすみ、火澄」




 私の心臓を一気に貫いた。


 僅かに生き返っていた神経が、焼けるような痛覚を訴える。そして体の中に手を入れ、闇に包まれた〝詩〟の魂を引っ張り出す。



「――な、にを?」



 彼の輝きと、抜き出された魂が共鳴し光を放つ。


 大地が脈打つように揺れ、円を中心に暖かな輝きが広がる。



「オレのちからは火澄と対を成すものだ。だから同じ性質をもつ詩の魂を利用して、君と同等の力を引き出し相殺させる」



 円は光の渦に全てを飲みこませながら、静かに言う。


 私と同等のちから、それは人の身にして世界全てを背負うちから。



「いいのかい? 愛し子、それはとても危険な賭けだ。君の命すら保障できないぞ」



 苺の警告を無視して彼は笑う。


 堪らず、私は叫んだ。



「やめて! 円! 貴方がそんな事する必要は無いわ!」



「……でも、前に言っただろう。火澄を救ってみせるって」



 そう言って、円は私の髪を優しく撫ぜた。 


 彼の放出する清浄なるちからが、私の全ての負を背負ったちからと相殺を始める。



「――そうか、君の選択を祝福しよう」



 愛おしさを響かせた苺の声、急速にちからが抜け、意識が遠のく。



 ――ま、ど、か。



 最後に〝詩〟が満足そうに笑った気がした。

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