ダヴィンチの命
束川 千勝
少女と少年と、
生まれ変わり、というものを信じるだろうか。前世、輪廻転生、様々な言い方があるだろう。
中学生の頃、隣のクラスに絵を描く少年がいた。若くしてその才能を発揮させた彼は、数多くの作品を世間の目に晒されレオナルド・ダ・ヴィンチの再来ともてはやされた。彼は満更でもなさそうに、俺はダヴィンチの生まれ変わりだと豪語していた。再来と生まれ変わり、その意味は違うものであったが、彼の有頂天な心に釘を刺せるような賢い同学年の子供はおらず、大人は更にもてはやすように彼の意見に同意していた。事実、彼の技術は群を抜いていたし、プロの画家が描いたと言えば誰もが信じるようなものを描いていた。
しかし彼がダヴィンチの生まれ変わりではないことは誰もが知っていた。生まれ変わりなど、前世などわかるはずがないのだ。彼に何も言わない子供も、もてはやす大人も、彼がダヴィンチの生まれ変わりだと信じていなかった。
私だけが、そう、私だけが彼の前世の存在を、知っていた。
更に遡ること幼稚園。私は常に友人の肩に留まる鳥を見つけた。友人の少女はその鳥の存在に気づくことはなく、元気に外を駆け回ったり、おしとやかにおままごとに興じたり。しかし常に、その鳥は彼女について回っていたのだ。
その子に聞いたことがある。
「その鳥、なに?」
彼女は目を瞬かせて、首を傾げた。その反応に私も首を傾げると、なにを言ってるの、と聞き返されてしまった。依然彼女の肩に留まる鳥がピロロ、と鳴く。
彼女には聞こえないのだろうか、彼女の目を見ると、そこには言い知れぬ感情が存在していた。その黒々と煌めく瞳には私が写ってはいたが、彼女は私を見ているようで、私ではない、もっと奥の何かを見極めようとしていた。その瞳に映っていたのは恐怖か、嫌悪か。
ピロロロロ……
彼女には聞こえない鳴き声が響いた。
パチリ
瞬きをすると彼女の瞳は逸らされていた。
「あやこちゃん、変。鳥なんかいないよ」
彼女の口から出たその言葉に私は視線を足元に移す。しっとりと降る雨のようにその言葉は私の心に降り注ぎ、真っ白い雪のように私の心に積もっていった。
ピロロ……
彼女の肩に留まる鳥が私を見る。私を見つめる茶色い瞳が笑った気がした。
『誰にも見えるわけがない。わたしはこの子の前世だからね』
どこからか声が聞こえた。鳥だ。前世、口の中で飴玉のように転がすと溶けて消えていく。前世という言葉に聞き覚えはなかったものの、そうなのか、と私は納得してしまったものだ。
それから近所の野良猫を見守るような大きな黒猫、公園の空を飛んでいく蝶々の後を追うように空中を走る虎。単語帳を見ながら横断歩道を渡る高校生の髪を掴むトカゲ、木陰に巣を張る蜘蛛を眺めるおじいさん。様々な存在を目にしてきた。すぐに生きてはいないものだとわかる存在から、どちらか判別のつかない存在まで、私は多くを見てきた。
『彩子』
時たま、生きてはいない存在から声をかけられることがあった。それらは特別私に何かをすることもなく、ただ話し相手が欲しいだけのようにも思えた。他者と関わることのなくなったそれらが見える存在を重宝しているようだった。
『わたし達はきみをいつも見守っているよ』
静かに告げる声に恐怖を感じることがある。なぜそれらは私を見るのだろうか。なぜそれらは、私にしか見えないのだろうか。
しぃ、と口元に人差し指を当てた若い男が苦笑を漏らした。私がそれをじっと見つめていると、少年が私を見遣る。
「何か用か?」
ぶっきらぼうに、それでも何か興味を示されることを期待しているかのような眼差しで彼は私に声をかけた。彼のそんなぶっきらぼうな声を聞くのは初めてに等しく、驚いて首を横に振る。ふん、と鼻を鳴らした彼は私の横を通り過ぎ、自分よりも大きなカンバスに向き合った。
そこで私は自分が美術室にいることを思い出す。ふと自分の手元を見ると、ぐちゃぐちゃに色を置いた画用紙に、黒く濁った水の入った筆洗、投げ捨てられた筆があった。そうだ、美術の課題をやっていたのだった、と思い出してから、再度彼に視線を向けた。
白いカンバスが反射した彼の表情は青白いように見える。しかしそれは儚いものではなく、どこか力強いものでもあった。
ちらりと彼の後ろで窓の桟に後ろ肘を置いて外を眺める男を見た。不思議な気持ちになった。すでに生きてはいない存在であるはずが、今にも死んでしまいそうな、そんな雰囲気を出していた。そういったものは、初めてだった。
「お前の絵には秩序がないな」
ふとカンバスと睨めっこをしていた彼が口を開いた。私は男から彼に視線を戻し、それから自分の手元を見る。秩序。確かにないだろう。手当たり次第に絵の具を散らしたといった印象のその絵には秩序など存在しなかった。
彼のカンバスを見ると、無秩序とは無縁のような絵が描かれていた。ダヴィンチとあだ名をつけられた彼の絵には均整のとれた人間が数人描かれている。ダヴィンチの再来ともてはやされ、生まれ変わりと豪語しているだけあり、確かに彼の絵にはダヴィンチらしさのようなものがあった。ダヴィンチの絵など一、二作程しか知らないような私が、それがダヴィンチの作だと言われれば信じてしまえそうな、それである。
才能があるのだ、彼には。絵を描くという才能が。しかし私には彼の後ろに立つ男が見えていた。彼はダヴィンチではない。
「お前の絵は不愉快だ」
カタリ、と持っていた筆を置いた彼は私の元へと歩き、そして手を伸ばした。ゆっくりと視線で追っていると、男の驚いた表情がちらりと彼の背後に見えた。男がふと手を伸ばすが、それは彼にも、私にも届かない。気がついた時には筆洗がひっくり返されていて、私の画用紙は水浸しになっていた。呆然と彼を見上げると、なぜか気まずそうに視線をそらされる。私は筆拭き用に置いていた雑巾を持ち、机に広がった黒い水を吸い取った。
「君が人の芸術を台無しにする人間とは思わなかった」
思ったよりも低い声が出て、彼は眉をピクリと動かす。それにさえ敏感に反応してしまいそうになるほど、激しい怒りが私の中を渦巻いていた。水を吸い取って重くなった雑巾を、彼めがけて投げ捨てる。バチンッ、と彼の顔に勢い良く当たった雑巾はずり落ちるようにして彼の顔に汚れをなすりつけた。
「人の芸術を台無しにする人間が、ダヴィンチ気取りも大概にしろ」
ふん、と鼻を鳴らした私は画用紙も絵の具も筆洗もそのままに美術室を出る。ちらりと見えた男は眉を下げて困ったように私と彼を見つめていた。水浸しになった彼は私の言葉に何も言えないのか、口を開いたり私を止めようとはしなかった。
これが私と彼と、彼の前世である男との最悪な邂逅である。
二度と奴と口を利くものか。そう思ったものの、人生はそう上手くいくものではない。美術の課題を台無しにされた私は課題提出もままならず、先生に居残りを言い渡されてしまった。
『可哀想に、彩子。頑張りなさい』
目を細めた蛇がそう言った。先生の前世の蛇は私によく話しかけてくる。まるでエデンでイヴを唆した蛇のように。しかし蛇にしては狡猾さがあまり見られず私を気にかけてくれる。良い蛇だと認識している。そんな蛇に私は小さく頷いて美術室へと向かった。
軽いはずの扉に重さを感じながら、ガラリと開ける。窓際にスペースを設けた彼がまず目に入った。こちらを見もせずにカンバスに向き合う彼に、私はまだダヴィンチ気取りかと鼻を鳴らす。すると彼の後ろで窓の外を眺める男が視線を動かし、私を見た。苦笑するように微笑んだ男は私に手を振る。その真意を見極められず、私はじっとそれを見つめたが、男はまた窓の外へと視線をやってしまった。結局男の真意はわからないまま、私は彼と離れた場所へと腰掛ける。
画用紙と共に鉛筆を取り出すと、画用紙の上でざかざかと乱雑に黒鉛を滑らせた。頭の中に浮かぶものはなく、ただひたすらに黒鉛を滑らせるだけで時間を浪費する。
こうして絵を描こうとする時、頭に浮かぶのはいつも自分の前世のことだった。私は他人の前世を見ることができるが、自分の前世だけは見えずにいた。鏡を覗いても見えるのは間抜けな顔をした自分だけ。一体自分が何者だったのか、わからないことが一番私の心に不気味さを植え付けた。
だからこそこうして絵を描く時には、何かもわからないものを描いてしまう。目の前にあるものを描けと言われれば実物を見ながら描けるが、好きなものを描けと言われれば、見えもしない前世のことを考えて描いてしまう。見えるはずもない前世の姿は、ただ私にとって闇だった。もしかすると犬だったかもしれないし、カエルだったかもしれない。人間だった可能性だってある。そんな考えが渦を巻いた結果、画用紙は真っ黒に染まっていくのだった。色をつけろと言われると様々な色を塗りたくり、これもまた結果深く黒い世界が私を呼ぶものになる。
今回また黒い世界が私を誘いつつあることに気がつき、私は手を止めた。どうしようもないことだと思う。ふと黒い画用紙に影が差し顔を上げると、影の存在しないはずの男が私の画用紙を覗き込んでいた。驚きに目を見張ると男はにこやかに笑みを浮かべる。
『君の見ている世界は不思議だね。確かに、あの子が嫌いなタイプだ』
笑みを貼り付けたような表情で淡々と述べる男に、私は何も言わなかった。嫌いなタイプだと言われて私はちらりと男の後ろにいる彼を見た。彼はもちろん私を見ておらず、カンバスに向き合っていた。その表情は昨日私に向けたものとは程遠いものであると認識する。
「なぁ、」
ふと声をかけられ、ドキリとした。何かと問えば、絵を見ろと告げられる。言い方に難があるものではあった。しかし私は彼の絵を見れば彼について、男について何かがわかるかもしれないと思い、彼の絵を見ることにした。
私が近づいても何も言わず、ただ椅子から立ち上がって絵の前の空間を開ける。それを確認してから、夕焼けが差し込む窓際に立って私は彼のカンバスに向き合った。
「………、」
陶器のような肌をした女がひっそりと薄暗い部屋の中で机と睨めっこしている。その表情までもが細かく描かれていて、私は息を呑んだ。光が、そこにはあったのだ。天から降り注ぐような光が女を照らしている。まるで今にも天使が降りてくるか、女が天へ飛び立つか。そんなことを促しているような光がある。
「ダヴィンチ……」
彼がダヴィンチたる所以を見たような気がする。彼は、ダヴィンチだと思ってしまう。前世はダヴィンチではなく、彼自身もまたダヴィンチではない。絵も模写などではなく、彼が考えて描いたものと思われる。しかしダヴィンチが描いたのだと言われれば、頷くしかないだろう。
しばらく何も言わなかった彼を振り返ると、つまらなさそうに絵を見る視線とぶつかる。
「これがダヴィンチの絵のように思うか?」
静かに口を開いた彼は、私の肩に手を置いた。彼の後ろで男が目を細める。私は肩に置かれた手に目線をやってから、彼を見上げた。
「私はダヴィンチをよく知らない。だからダヴィンチの絵だと言われれば納得するしかないよ」
正直に話せば、彼は私の答えを鼻で笑った。
「まぁ、そうだろうな。正直俺もダヴィンチの全てを知っているのかと問われればノーと答えるしかない」
まるで自分を嘲笑するかのように、彼は肩を竦める。まさか昨日の今日でそのような殊勝な態度を取られるとは思わず、身を強張らせてしまう。彼がダヴィンチの生まれ変わりではないと知っているからこそ、私は何も言えなかった。
「……昨日は悪かったな。お前の絵を見ているとどこか……いや、なんでもないか」
ひどく言葉を濁し、彼は私の肩に置いていた手に力を込め、カンバスの前から退かせるように動かした。彼の言葉の続きが気になってしまったが、彼が私を邪魔だと扱うのなら私はすぐにこの場から退いた方がいいのだろう。カンバスから離れると、彼は椅子に座って置いていた筆を取った。私などとうに世界から消え去ったかのように彼の目にはカンバスしか映っていない。音を立てないように自分が座っていた椅子に戻ると、男が笑みを貼り付けて私を待っていた。
『あの子と君は、近くにいない方がいいね』
近くにいたいと思った覚えは一瞬たりともないのだが。男がなぜそう言うのか、理由は全くわからなかったが、そうかもね、なんて心の中で返しておいた。
美術の課題は家か教室でやればいい、と男は言った。先生の蛇よりもこの男の方が、イヴを唆した蛇のようだと感じる。
「あなたは一体、何者なの?」
思わず口から溢れた言葉に、男は唇の端をゆっくりと持ち上げた。
『それは、神のみぞ知る……ってね』
絶対に口を割らないように訓練されたスパイのようにひらりと身をかわす。これ以上聞いても無駄だろう、と私は真っ黒い世界の画用紙を持ち、鉛筆を片付けて美術室を出た。
『またね、待ってるよ』
美術室から顔を出して手を振る男に眉を顰めるも、かの男は笑顔のままであった。
近くにいない方がいいと言った口でまた来いと告げる。あの男の考えていることは全くわからない。
教室に戻ろうと手にした画用紙を見つめて逡巡する。何も色をつけろと言われたわけではない。これも一種の芸術だろうと自分に言い聞かせ、私は職員室へと足を向けた。このまま提出してしまえばこっちのものだ。
職員室へ行けば、私に居残りを言い渡した先生の姿はない。都合がいいと先生の机の上に画用紙を置いてそっと職員室を出るべく足を動かした。ふと振り返った机の上には真っ黒の世界がぽつんと残っている。自分で描いたものではあるが、その世界の片鱗をどこかで見たような気がした。
廊下に出て窓を見ると大きな亀が空を泳いでいた。あまり見ない光景にその亀を眺めていると、あるかないかもわからないような目がこちらを見た。しわくちゃな顔をくしゃりと歪ませた亀はゆっくりと口を開く。
『やぁ、彩子。元気かい?』
一言を聞くのにたっぷりの時間を要しながら、私は亀の言葉に一つ頷いた。
そういえばこの亀を見たことがあると思い出す。高齢の亀で、数百年を生きていたと他の動物が言っていた。しかもこの亀が生まれ変わった先もまた亀で、その亀もまた高齢だったはずだ。窓から下を覗き込むと大きな池でのんびりと日向ぼっこをしている亀がいた。なるほど、あの亀である。再度空を泳ぐ亀に視線をやると、亀が笑ったように見えた。
『少し妙なものに、好かれてしまったようだね』
ゆっくりゆっくり話す亀の一語を逃さぬように耳を澄ませると、亀が面白そうに声を出して笑った。妙なものとは。私には思いつくものがなく、返答に困り口をもごもごと動かすだけに留まった。
『あぁ、懐かしいね。よく知っているよ』
亀の言葉に、反応が遅れる。何が懐かしいのか、何をよく知っているのか、私には見当もつかない。しかしおそらく、亀の言う妙なものについてのことなのだろう。
『あれはもう、十番目になるのか』
何の話だと視線を向けるも、亀は気付いた様子もなく悠々と空を泳ぐ。一搔きで数センチしか進まないような遊泳を眺めながら、亀の脈絡のない話に耳を傾ける。
『不思議なものだ』
動きを止めてふと思案する。
『不思議なもの同士、案外、相性がいいのかもしれないね』
私を見た亀が笑った。妙なもの、不思議なもの。その共通点にあの男を思い出す。ダヴィンチの生まれ変わりと言われる少年の本当の前世。
『彩子、ダヴィンチには、気をつけなさい』
ゆっくりと、それでもしっかりとした声音で亀は言った。ダヴィンチと言えば、彼しか思い浮かばない。しかしダヴィンチとは。彼の前世はダヴィンチと言われているが、本当はそうではない。蛇のように笑う男だ。あの男が一体何者なのかはわからないが、ダヴィンチではないと私でもわかる。では亀の言うダヴィンチは誰か、考えているうちにも亀の言葉は続く。
『さもなければ、君まで呑まれてしまうよ』
一体誰が呑まれているのだろうか。亀は言葉を濁すようにゆっくりと遊泳を再開させた。聞きたいことがあればこの亀を探せばいい。私は亀に別れを言い、廊下を歩き出した。
先生からのお咎めもなく、数日が過ぎた。あれから彼とも、男とも会っていない。私が美術室に寄っていないからだ。同じ学年とは言え、クラスが違えば会うことはない。しかしなぜだかモヤモヤとする気持ちが胸を占め、美術室を覗いてみることにした。
音を立てないように少しだけ扉を開け、そこから中の様子を伺う。以前見た光景が広がっていて、彼はカンバスだけを見つめていた。だがその顔は以前よりも酷く憔悴しきっているようで、扉に添えていた手に力が入る。まるで何かに取り憑かれているみたいではないか。そう思った瞬間、目の前に男が現れる。
『覗き見は良くないよ』
しっとりとした声に、返事はしなかった。この男だと確信する。しかしこの男は彼の前世のはずである。取り憑くとは少し違うのではないか。答えのない問いを頭の中でぐるぐると回していると、男がにんまりと笑みを浮かべた。
『そろそろ気付き始めたんじゃない?』
それは違う。私は何も気付いていない。何も知りはしない。返事は声にはならなず、男を見上げるのみになった。
『気付いているけれど、気付いていないフリをしてるのかな』
それでもいいけど、と男は至極冷静に、しかし私の反応を楽しむように笑う。
『君はイヴじゃない。本当のイヴは他にいる』
それを探してごらん。男は楽しそうに笑って私に背を向けた。男しか見えなかった視界に彼が映る。その顔は相変わらず憔悴しているようで、私はそっと美術室の扉を閉めた。
それから亀の元へと向かう。
窓に注視していれば、空中遊泳をするのんびりな年寄り亀は存外早く見つかり、窓を開けた。すると声をかける前にこちらに気付いた亀が私の目の前へとやって来る。
『彩子、気をつけなさい』
珍しく私よりも早く声を出した亀に驚きながらも、突然の忠告に耳を傾ける。
『あの子は死んでしまう』
水を打ったような静けさがやって来た。死ぬという言葉に背筋が凍るような感覚になる。私が気をつけるべき相手は一体誰なのか、まるでわからない。誰が死んでしまうというのか。しかし以前聞いた亀の言葉を思い出す。
この亀は、ダヴィンチには気をつけろと言ったのだ。ならば死んでしまうかもしれないのは―――。
足を動かそうにも、まるで足だけが別の生き物になってしまったかのように動かない。
彼の憔悴した顔が脳裏を過ぎり、鳥肌が立つ。スカートの中に隠れた太ももを弱く叩いた。
ようやく力を出した足を懸命に動かして美術室へと向かう。遠くもないはずの美術室がまるで世界の果てにあるかのように錯覚してしまう。見慣れた美術室の扉を前にする頃には息が切れて肩で息をするほどだった。息を整え、扉に手をかけるも、ここでまた躊躇してしまう。なぜ私はこんなにも恐怖を抱いているのだろうか。知らず知らずのうちに震える手に、叱咤する気持ちにもならなかった。
彼に会って、私はどうするつもりなのか。声をかけて、死なないようにと注意を促すのか。きっとそんなことはできないだろう。
結局、先程のように少しだけ扉を開けて覗き込むことにした。
夕焼けが窓を通して私の顔を照らす。眩しさに目を細めると、誰かが笑ったような気がした。
橙色に染まった空間で、ひっそりと息をする彼の姿を捉え、驚愕する。
男が彼の頭を抱え込むようにして微笑んでいた。それから彼に何かを囁いている。あれは、まるで、
『覗き見は良くないよ、彩子』
思考を遮るように、男が彼を抱え込みながら私に微笑んだ。ぞくりと冷たいものが私の肌を撫でる。男の声は彼には届いていないようで、腕の隙間から見えた瞳は影を落とし、それでもひたすらにカンバスを見つめていた。
『その様子だと、もう気付かないフリはやめたようだね』
嬉しそうに微笑んだ男に何も言えず、私は扉に触れている手を離してしまう。
『その顔が見たかったんだ』
求めていた絵画が手に入ったかのように、男は笑う。彼から離れろと言いたいが声は出ない。遠くで男が手を伸ばした。
廊下にへたり込んでしまい、私はただ男と彼を見るしかできない。
『おいで、君も連れて行ってあげる』
至極優しい声音で、幼子をあやすように男は告げる。その声を聞いたのが最後、私の意識は黒い闇に沈んでいった。
『彩子、わたし達はきみをいつも見守っているよ』
遠くでピロロロロと鳥が鳴いた。初めて私が話しかけた鳥を思い出す。あの鳥は私を見守っていると言った。
『わたし達はきみをいつも見守っているよ』
同じ声のようで、違う声が響く。
『彩子―――わたし達は―――』
何度も何度も同じ言葉が繰り返される。一体何を意味しているのか。気付けば声は遠くなり、無音が広がった。瞬きをするも、辺りは暗く何も見えない。自分がどこにいるのかもわからず、立っているのか、座っているのかさえもわからない。ただ呆然と闇を見つめていた。
闇はどこか暖かく、それでいてどこか冷たいものだ。見覚えのある闇だと思った。
『彩子』
どこかで誰かが私の名を呼んだ。辺りを見渡してみると、遠くに男が立っていた。男は手招きをして私を呼んでいる。遠目でも、男が笑っていることがわかり、不信感が育つが、ここがどこなのかを男は知っているような気がして足を動かした。どうやら私は立っていたようで、すぐに男の元へ辿り着くことができた。
『ここがどこかわからない顔をしているね』
笑みを深めた男が闇を見渡した。そういえば彼はどこにいるのだろうか。この闇の中で一度も見ていない彼の姿を思い出す。
『あの子はいないよ。ここは君の中だから』
闇の中、男の笑みだけがぼんやりと浮かび上がる。私の中だというこの闇に、なるほどと思う。見覚えのある闇であることに納得した。
「私の前世か」
答えを知っていて、確信を得るために呟いた。しかし男はそうかもね、などと知らぬふりをする。しかし男がどのような態度を取ろうとも、私には関係なかった。ただ闇の中で私の見えない前世が私を包み込んでいた。
『なぜ他人の前世が見える君が、自分の前世を見れないか知ってる?』
男は闇の中の何かを見つめながら問う。私は男がなぜそのようなことを聞いてきたのかわからないまま、知らない、と答えた。
『亀に教えてもらわなかった?』
笑った男を見ると、闇が男を排除しようとするかのように、男にまとわりついている。この闇は、生きている。そう確信して男の腕にそっと触れた。闇は私の意に沿うように闇が男から離れていく。
『あの亀はね、なんでも知ってるよ』
肩を竦めて苦笑した男に、空を泳ぐ亀を思い出す。確かになんでも知っている様子だった。
『でもね、君の前世は、僕らのような存在なら、誰でも知ってる』
男の何も映さない瞳が私を映す。男のような存在、それはすなわち前世のことを指す。それらが私の前世を知っていることに、少しばかり驚いた。
『驚いてるね』
驚かずにはいられないだろう、と言いたくても声にはならなかった。闇はゆっくりと動いているようで、私の肌や男の髪を撫でていく。
「私の前世は、なんだったの」
聞いてしまうことに、抵抗がなかったわけではない。だが私の前世を表すこの闇は、一体何だったのか、気になっていた。
男は私を見たまま、口を結んだ。それから薄らと笑みを浮かべる。
『君だよ』
一瞬何を言っているのか、わからなかった。男を見上げると、私が理解していないことを理解したようで、瞬時に口元の笑みが広がる。
『君は死んでも生まれ変わっても、ずっと君なんだ』
いまいち、的を射ない言い回しに、首を傾げるが、男は楽しそうに笑うだけだ。
『僕が死んだのは、今から数十年前のこと。その時にも、君はいたよ』
数十年前と言うと、私はまだ生まれていない。だが男は私がいたと言う。それはつまり、私の前世は、私そのものだということだ。わけのわからないことに、頭がついて行かないが、なんとか思考を回転させる。
「私の前世は存在しないということ?」
回転しすぎた脳が痛みだし、頭を押さえて尋ねると、男は私から目を逸らした。
『厳密に言えばね』
男はそれから笑みを消した。
『理由は知らない。亀も、……多分知らないだろうね』
それくらい君の存在は謎に包まれている。そう男は言い、私に向き合った。
『だけど生まれ変わったとしても、記憶がなかったとしても、君は君なんだ。僕らが君に執着するのがわかるだろう?』
この男に執着された覚えはないが、納得はできる。生きてはいないそれらが、私という存在を重宝する理由はここにあるのだ。
「変わってしまう年月の中、変わらないものがあると安心する。それと同じことでしょう」
正解として答えを言えば男は嬉しそうに笑う。闇が私達を撫でた。
「そう言えば、彼はどこなの」
私の前世が表す闇の中、彼の姿はない。この男が私の闇の中にいることも甚だ遺憾ではあるが、彼がいなくてよかったとも思う。しかしその彼は一体どこにいるのだろうか。前世である男がここにいるならば、生まれ変わりの彼も近くにいるはずだ。
男は闇の中で右回りに一回転する。
『僕の前世はね、老婆だったんだ』
質問に答えず、男は口を開いた。
『死んであの子に生まれ変わってから、亀に聞いたんだ。その老婆も、絵を描いていたよ。歳をとってから、絵を描き始めたそうだ』
淡々と話す男を止めることもできず、闇の中で二人肩を並べる。どちらもいつの間にか座っていたようで、三角座りで膝を付き合わせた。
『その前も、そのまた前も、僕の―――いや、あの子の前世はずっと絵を描く人間だった』
それが何を意味するのか、わかるようで私にはわからない。
『僕も、絵を描いていた。高校生で絵を描くようになって、大学で才能に目覚めたんだ』
気が付けば闇は男を包み込むように動いていた。もしかするとこの闇は私の闇であるが、男の闇でもあるのかもしれない。男は闇を物ともせずただ言葉を紡ぎ続ける。
『ある日、妙な意識が僕の中で生まれた。ダヴィンチのような絵を描かなければならないと、どこか使命のように感じ始めた』
男は手を伸ばし、闇を掴むように指を動かした。闇は男に握り潰され、闇の中に霧散する。
『だけど僕にはダヴィンチのような絵は描けなかった。それでも、描かなければならないという使命は僕にまとわりついて、逃げられない』
この闇はダヴィンチの意識にも似ている。男はそう言った。私も男がしたように闇に手を伸ばし、そっと触れてみる。何かを感じることはなく、ただの空気がそこにはあった。
『レオナルド・ダ・ヴィンチがね、いるんだよ』
男の言うダヴィンチは、過去に生きていた人間のことであると伺える。私は何も言わなかった。
『ダヴィンチはいつも、こう言うんだ。
―――わたしを取り戻せ』
それは男の妄想か、現実なのか。どちらにせよ、ダヴィンチを取り戻すことが意味することを、私はもう気付いていた。
『亀曰く、ダヴィンチはどんな時にもそれを言うそうだ。僕の前世の老婆にも、その前の人間にも、その前にも』
そして、と男は言葉を続けるが、私がそれを遮って口を開く。
「だから、彼がイヴであることをあなたは私にわからせたかった」
男が言った。本当のイヴは他にいるのだと。この男が本当に蛇だとするのなら、彼にしかイヴになり得ない。
「だけどあなたも、本当の蛇ではない」
独り言のように呟けば、男は薄く笑った。
『……レオナルド・ダ・ヴィンチは死んで尚、その技術と魂を残そうと画策した。だけど何回生まれ変わってもレオナルド・ダ・ヴィンチが再び生まれることはなかった』
「その度にレオナルド・ダ・ヴィンチは新たなダヴィンチを求めてその人を死に追いやるのね」
そう言うと、男は笑みを深くした。
『僕はダヴィンチを取り戻したわけじゃない。ダヴィンチの意識は間接的に僕の中に流れていた』
絵を描く度にダヴィンチの意識が流れ込んでくるのだと、男はそう言った。視線が闇の中をうろうろと動き、それでも何も得るものはなく、ただ何もない闇を見つめる。
『僕はダヴィンチの意識に抗えなかった。発狂しそうになって、ダヴィンチの意識から逃げる為に、命を絶った』
静かに言った男の声は闇の中に紛れ込む。私はその様を見つめながら男の様子を伺うが、闇が濃くなっているようで男の顔はもう見えなかった。
「だけど、彼は一番ダヴィンチに近い」
ダヴィンチの再来、生まれ変わりだともてはやされる彼の絵は、確かにダヴィンチのような絵だった。
『そう、あの子の技術はもうダ・ヴィンチそのものだ。あとはあの子自身がダヴィンチの意識に呑まれれば、ダヴィンチは取り戻される』
憔悴しきった顔でカンバスを見つめる彼の姿を思い出す。それから、自分の描いた絵をつまらなさそうに見る姿を。私が彼の絵を見てダヴィンチだと呟いた時、彼は問うた。これがダヴィンチの絵のように思うか、と。彼は自分の中にあるダヴィンチの意識と向かい合っていたのだろうか。
『あの子は強い子だ。だからこそ、レオナルド・ダ・ヴィンチはあの子の意識を奪い取ろうと必死になっているはずだ。奴はどんな手を使ってもあの子をダヴィンチにするつもりだよ』
男の声はそれが確定された未来だと告げるようなものだった。
『僕らは聞こえないはずの声で話しかける』
彼を抱え込み微笑む男が夕焼けの中にいた。男が何かを囁いていたのは、彼をダヴィンチの意識へと誘う為であったのだ。
『僕らはずっとそうして、ダヴィンチになりたくないという思いのまま、次の誰かをダヴィンチにしようとする』
たとえ何度死のうとも、ダ・ヴィンチは必ずまたやってくる。
『彩子、君をいつも見守っているよ』
男は私を見てそう言った。
『君が僕らを見守っているように』
私はもはや男の顔を認識できずにいた。闇は男を呑み込み、それから私を呑み込む。この闇の中へ来る前と同様に、私の意識は闇に沈んでいった。
ふと目を覚ますと、私は薄暗い美術室の床に寝そべっていた。
電気のついていない美術室に月だけがそっと光を射し込んでいた。うっすらと見える景色に目を細める。闇にいたはずなのに、闇に慣れていない目が美術室の中の景色を見極めようと試行錯誤していた。
遠くで月明かりに照らされたカンバスが見えた。彼の絵だとすぐに認識する。彼の姿も、男の姿も見えない。もう帰ったのだろうか。このように床に寝そべる私を置いて。
ゆっくりと体を起こして絵に近付いてみる。
カンバスの中では、女が微笑みながら赤にまみれて、天使を迎えていた。その異様な光景に眉を顰め、更にカンバスに近付いた。鼻をつく油の匂いと、妙な匂いが混じり合い、思わず鼻を押さえる。それから何気なくカンバスに触れてみると、ぬるりと液体が手に付着した。月明かりで手を確かめてみると、赤黒い液体が光沢を出していた。それが絵の具ではないことがすぐにわかり、一歩後退ったところで、カンバスと少しだけ離れた位置に誰かがいるのがわかった。そちらを向くと、闇の中で男が苦笑して私を―――いや、カンバスを、見つめていた。
『僕らも君も、やっぱり見守るしかできないんだよ』
男の声だけが響き、冷たい海に投げ出されたように体の芯が冷えていくのがわかる。男のそばに座るのは、あれは、
「―――」
名前を呼ぼうとして、彼の名前を知らないことに気が付いた。月明かりに照らされる赤い彼の姿が焼き付いて離れない。
「どう、して……」
目を瞑る彼の体からとめどなく溢れる赤い血が床に水溜まりを作っていく。男は肩を竦めて彼の頭を撫でた。
『レオナルド・ダ・ヴィンチに抗った結果だよ』
男の足が赤い水溜まりの中に入る。
『何人も、こうして死んでいった。この子も同じように、自分を保つ為に死んだ』
喉から飛び出る複数の筆に、男が触れた。こぽりと血液が喉を伝い、水溜まりに落ちる。それをゆっくり眺めながら私は亀の言葉を思い出した。
―――あの子は死んでしまう。
亀の言う通りに、彼は死んでしまった。私は気をつけろと忠告されたにも関わらず、何もできずに見守ることしかできず、彼を死なせてしまった。
『彩子、君が気に病む必要はない』
男が笑い、月明かりがその笑みを照らす。私は身体中の皮膚が粟立つのを感じ、胃の底から込み上げてくるものを抑えきれずにいた。思わず口を手で覆い、ゆっくり深呼吸をする。血の匂いが鼻孔を通じ、頭の中で巡る。くらくらとして、それでも意識を飛ばしてはいけないと自制する。
『さようなら彩子。もう僕と君は会えないけれど、君とこうして話すことができてよかったよ』
男が水溜まりから出て私の手を握手するように握った。
『忘れてはいけない。僕達はいつも、君を見守っている』
男はそう言って手を放し、笑顔を見せる。行かないでくれと言ってしまいそうになった。
男が消えるということは、彼が完全に死んでしまい、彼もまた生まれ変わり、誰かの前世になってしまうということだ。それはつまり、ダヴィンチの意識がまた誰かを殺してしまうということ。ダヴィンチの意識に呑み込まれたとしても、いずれは死んでしまう。レオナルド・ダ・ヴィンチはまた同じことを何度も繰り返すだろう。私やダヴィンチの生まれ変わりなどでは到底どうすることもできない。ダヴィンチの行く末を見守ることしかできないのだ。
「……そういうことだったのか」
そこで私は自分の役割を認識したような気がした。私はダヴィンチの行く末を見届けなければならない。その為に、私は私として生まれ変わっていくのだろう。
ならば私は。
男と彼を見遣り、私はその中にあるであろうダヴィンチの意識に目を向けた。
「私も、いつも見守っている」
男が返事をするように笑うと、すっと消えていった。本当に、彼も男も消えてしまったのだ。私と熱のない彼の体だけがその場に残り、カンバスの中では女が天使を迎えている。彼の魂を、天使は迎えてくれないのだろうか。
あれから私は気を失い、目を覚ました時には病院であった。血生臭い匂いはせず、消毒液の匂いだけが私を包んでいた。
学校の先生や警察が度々訪れ、彼との関係を聞いたり、彼の死因を聞いたりしてきたが、私は何も答えなかった。答えられることは何一つとして存在しなかったからだ。私が彼を殺したのではないかと噂も流れたが、彼の筆から私の指紋は一切見つからず、結局のところ彼の自殺で片付けられた。
今でも忘れられない、彼の姿。
彼は一人きりで蛇の声に耐え忍び、自らを守る為に命を絶った。彼は彼のエデンを守ったのだ。
そう言えばあの男はどこへ消えたのだろうか。前世の前世を見ることはできないので、確かめる術を持たない。亀に聞いてみてもそればかりは寝たふりをされてしまう。このことについては何を聞いても無駄だと判断した。
十数年経った今でも、ふとした瞬間に思い出す、名前も知らない彼のこと。彼はどうしているのだろうか。世界は広く、彼が生まれ変わっていたとしても会うことは叶わないだろう。ダヴィンチの意識が途絶えるとは思えないので、人間に生まれ変わっているとは思うのだが。しかしそれも一つの可能性でしかないのだ。この目で確かめるまで、彼の生まれ変わりを信じることはできない。
ふと、交差点で向かいの道路に立つ小学生を見た。きらきらと輝く瞳をきょろきょろと忙しなく動かす少年の後ろに目をやると、時間が止まったかのように思えたのだった。
「―――」
かつてないほどの衝撃が私を襲う。名前も知らなかった彼が、そこにはいたのだ。少年の後ろに立つ彼の視線がこちらを向き、視線が絡まる。彼の姿は最後に見た赤い姿ではなく、真剣な表情でカンバスを見つめていたあの姿であった。
彼は一瞬だけ口元を緩め、私に微笑んだ。それは私をあの時の私だと認識したからだろうか。それとも、私を前世が見える変わらない存在として認識したからだろうか。離れた位置にいる彼の真意はわからず、ただ彼の雰囲気が彼の前世であったあの男と似たものになっていることだけが見てとれた。
男は彼の中に存在しているのだろうかと考え、見つからない答えに考えることをやめる。
信号が赤から青に変わり、周りの人々が横断歩道を渡っていく。走り出した少年を追いかけるように歩き出した彼との目は合ったままだ。少年が横を通り過ぎた時、彼は小さく口を開いた。
『俺達は、いつでもお前を見守っている』
生前と変わらぬ声で彼は言った。横を通り過ぎてから、私は横断歩道の真ん中で彼らを振り返る。
彼はもうこちらを向いておらず、私に背を向けて走り去る少年の後を追っていった。
あの少年にはまだダヴィンチの意識が芽生えていないのだろう。彼は悠々と歩き続け、やがて見えなくなった。私は信号が点滅していることに気付き、慌てて彼らに背を向けて歩き出した。
あの少年もまた彼のように絵の才能に目覚め、そしてダヴィンチの意識が芽生えるだろう。そうしてイヴであった彼は男のように蛇に成り代わるはずだ。蛇の聞こえぬ囁きに応じ、少年がダヴィンチを取り戻すのか否かはわからない。私は結局いつの時代もそれを見守るしかできないのだから。
渡りきった横断歩道を再度振り返り、私はかつてダヴィンチの生まれ変わりともてはやされた彼と、その前世であった男と、見たこともないダヴィンチへと想いを馳せた。
ピロロロロ……
いつか聴いた鳥の鳴き声が聞こえる。
やはりあれらは私をいつも見守っているようだ。ならば私は彼らの行く末を見守ろうではないか。
前世の生き物が混在する世の中で、私は私として生きていくが、ダヴィンチの意識を持った彼らはダヴィンチとして生きていくことにもなる。願わくば、彼らに幸あらんことを。そう思わずにはいられなかった。
こうしてレオナルド・ダ・ヴィンチは今もなお、生き続けている。
ダヴィンチの命 束川 千勝 @tsukagawa-tikatsu
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