第2話 ドSとドMと俺(1)



悠真が教室を出てそんなに時間は経っていない。以外と早く果林は戻ってきた。何の用事だったのか気にはなるが、それよりさっきの事と教科書の問題がさっぱり理解できない事に後ろめたさがあった。


「新井くん、進んだ?」


「いや、全く……」


杏弥の答えに教室の空気が一気に冷えた。みれば果林の目が今までに無いくらい冷たい物となっていた。それを見た杏弥は、思わず謝罪の言葉が口から出てしまった。


「悪い。本当に問題を解こうとはしたんだ。だが教科書を見てもどれが解き方なのかさっぱりわからないんだ。本当に悪い」


「私は謝ってほしいとは言ってないわ」


咄嗟に謝ると、果林の反応は思ったより困ったような感じのものだった。どうやらわからない事はむしろ聞いてくれた方が助かるとの事。人に教えるのは苦手所か好きとも言っていた。さすがは委員長に自ら立候補しただけはある。


「それで、なにがわからないの?」


「そもそもどれが解き方なのかすら……」


「そう。じゃあわたしがわかりやすくまとめるから、今日は別の教科をやりましょう」


果林は髪をいじりながら言うが、雰囲気ほど怖い印象は不思議と感じられなかった。杏弥はなんとなくだが、果林に異変を感じていた。それは確かなものではなかったが。


杏弥が1人決意している時。果林はある事で頭がいっぱいだった。


(新井くん、悠真からなにか聞いたのかしら……もしそうだとしたら、私は……)


「あの、さ。久野さんさ、」


「え、?なにかしら」


杏弥が声をかけると、果林は思わず動揺してしまった。考え事をしてために反応が遅れた事を反省する果林の瞳は、どこか迷っているように見えた。


「久野さん、何か困ってる事とか無い?」


「……どうして?」


「なんとなくだけど、困ってる感じがしたんだ」


言われて果林は何故困っている事を気づかれてしまったのか、不思議で仕方なかった。普段誰にも気づかれまいとポーカーフェイスを貫いていたが、彼には分かってしまったようだ。それが何故かは分からないが、自然と話しても良いかもしれないという気持ちが湧き上がってきた。


「そうね。あなたが……新井くんがテストで平均点をとれたら。話しても良いわ」


「平均点、か」


わずかに開いていた窓から入る風で果林の髪が揺れる。それを見た杏弥は、少しの期待と大きな不安に胸を支配されていた。もしかしたら果林と今より仲良くなれるかも知れないという小さな期待。そして何より、仲良くなるにはテストで平均点をとらなくてはならないという大きな不安。それらをなんとか頭から追いやり、まずは目の前の課題を終わらせる事に集中しよう。杏弥はそう決めた。


「そのためにはまずこの課題をクリアしないとな」


「課題を終わらせる前に、基礎を覚える事からよ。新井くん」


「そうだった……」


1人呟いただけの言葉をどうして聞き取れたのか、果林がツッコンできた。普段の態度からは勘違いされやすいが、彼女は以外と普通の女の子なのではないだろうか。課題と向き合う前にそのような結論をだした杏弥。考えながら果林を見ると、現文の教科書を鞄から出していた。


「久野さん?なぜ現文の教科書を……?」


「人の話を聞いていなかったの?数学は私がわかりやすくまとめてくるから今日は別の教科をやりましょう、と言ったはずよ?」


先程までの柔らかそうな表情はどこへ行ってしまったのか。再び冷たい眼差しで見られ、杏弥は凍りついた。だが、凍りつきながらも果林の表情を改めて見てみるとある事に気がついた。


(笑ってる……?)


わずかながら、笑っているように見えたのだ。まるで道端にポイ捨てされたタバコの吸い殻を見るような目をしながら、口元はわずかに笑っていた。確かに、笑っていた。見間違えてはいないはずだ。


「さぁ、新井くん。現文なら難しくないわ。時間までみっちりと……教えてあげるわ」


「お手柔らかに……お願いしたいっすね……」


果林の容赦ないプレッシャーを感じ、怖気付く杏弥。ここで引いたら男が廃る。と思ったものの、顔を引き攣らせながら彼女の挑戦を受ける事を示した。


「それじゃあ始めましょうか。新井くん?」


果林のこの言葉を最後に、この日は最終下校時刻まで休む事無く勉強をする事となった。その間、彼女の表情は分かりにくいが楽しそうな表情をしていたように思う。分かる人にはわかるのだが、その違いは大半の人には決してわかる事の無い程小さな違い。普段彼女を見ている人にしかわからない違い。杏弥もまた、果林を見ている人の1人だった。

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無自覚系ドS委員長と俺の謎のコミュニケーションの取り方。 百 美栞(ひゃく みかん) @hyakumikan

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