無自覚系ドS委員長と俺の謎のコミュニケーションの取り方。
百 美栞(ひゃく みかん)
第1話 委員長と俺と義弟
放課後の教室はどことなく告白や恋人との甘い時間を想像させるものがどこかある。だが、新井 杏弥にはそんな空気は全く感じられなかった。
目の前には杏弥のクラスの委員長・久野果林。彼女は見た目がとても美しく、だが委員長と言われれば納得の容姿。誰が見ても綺麗だと答えるであろう美貌の持ち主。そんな彼女と二人きりだというのに杏弥は甘い空気など感じる余裕すら持っていない。
「新井くん。これは基礎中の基礎よ。一年生のときに習うはずよね?」
「はい………」
「あなた普段なにをしているかは知らないけど、せめて基礎中の基礎くらいは理解して欲しいわね」
「返す言葉もねーっす…………」
杏弥を叱る果林の目はとても冷たい物だった。部活に入っていないため一年生の間にせめて基礎中の基礎は理解しているものだとばかり思い込んでいたのだ。教えてみてわかったのは、新井の学力が思っていたよりも壊滅的だという事。このままでは平均点は確実に無理であろうレベル。かろうじて赤点回避といった所か。
「まぁいいわ。私は少し席を外すから、新井くんはこの基礎門題を解いてちょうだい。教科書に解き方は書いてあるはずだから」
「え、久野さんはどこ行くの?」
突然席を立つ果林。その行動を見た杏弥は内心ハラハラしていた。まさか見放されてこのまま先生に教わる事になるのだろうか。それは避けたい。そんな事ばかりが頭を過ぎる。
「先生の所よ。ちょっと事情が変わったの」
「まさか…」
「安心してちょうだい。頼まれた事を途中で投げ出したりしないわ」
杏弥の様子を見て考えている事がわかったのだろうか。果林は先回りをして返事を告げた。果林は性格上、頼まれた事は最後までやり遂げるタイプ。しかし今回頼まれたのは先生だ。しかも条件がついていたから尚更だ。
「ちょっと条件付きで引き受けたものだから。すぐに戻るわ」
果林がそう言って教室を出た後、一人残された杏弥は仕方なく課題と向き合う。が、その時間はカップラーメンが出来上がるよりも短かった。教科書を見てもよいと言っていたが、どこに解き方が書いてあるかもわからない。それほど危機的状況だった事に、今この時やっと理解した。
「早く戻らないかなぁ…久野さん」
「おい」
「うわぁ!?いつから!?」
「今さっさだよ」
杏弥のぼやきに反応するように聞こえてきた声。それに驚いた杏弥は、まだポーカーフェイスには程遠いなと自分を過信評価していた事に気づいた。
杏弥に反し声の主はクラスの違う男子生徒。そこそこ女子生徒に人気のある男子だったはず。と考えていた時にふと思い出した杏弥。
「あんた昨日の変態じゃねーか」
「変態言うな」
彼は昨日、教室で委員長元い久野果林に踏まれている所を杏弥に目撃されていた。杏弥にとってはただの変態という認識しかない。そんな彼が杏弥に一体何の用なのか。
(まさか俺も変態と思われてるんじゃ…?)
「率直に言う。果林には近づくな」
名前呼び。自分は名乗らず関係性も告げず、急にそう言われても素直に聞く事は出来ない。いくらアホだ馬鹿だと言われている杏弥でもそれくらいは理解できるものだ。彼は何者なのか。それを明らかにする必要がある。
「いや、まず名乗ったらどうだよ?俺あんたの名前知らないんだけど」
「俺の名前は久野悠真だ。これで分かるだろ?」
「同じ名字………?双子、にしては似てないな」
「義理だからな。て訳で二度と果林に近づくな」
全く話の流れが掴めなかった。どういう訳なのかさっぱりわからない文脈。これを聞いたのが誰であろうと理解できるのはいないと言い切れるほどの語彙力。彼の頭の中はスポーツでいっぱいなのだろうか。そう考えついた時にそれは自分もかと考え直す。
「どういう訳か全くわからないけど、それは無理だな」
「は、なんでだよ?まさかあんた」
杏弥の言葉を聞いて更に目を鋭くさせる悠真。そんな視線を受けながらも杏弥はある言葉がふと浮かんだ。気づいたらそれを声に出していた。
「まさかのシスコンかよ……」
「シスコンで悪いかよ」
悠真の言葉を最後にしばらく教室は沈黙。それもそのはず、二人が黙ってしまえば必然と場は静まり返る。教室には二人しかいないのだから。
傍から見ればイケメンと言われてもおかしくない男子生徒と、至って普通の平々凡々な男子生徒二人が睨み合っているだけに見える。世で言う腐女子という存在が見たら喜びそうな状況だ。
「まぁとにかく果林には近づくなよ」
状況に耐えられなくなったのか、悠真がいち早く教室を出ていった。またしても教室に取り残された杏弥。一体なんなんだとため息を吐きながらまた教科書と睨み合いを始める。やはりなにがなんなのかさっぱりわからなかった。
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