第5話

 教室が朝の挨拶と、みんなの世間話でいっぱいになる。朝のホームルームが始まる十五分前。朝練をしていたら、ちょうど教室に来ていた頃だ。

 少し前に教室に着いた、同じバスケ部の有紀は、私の朝の出来事を聞いて愉快そうに笑っている。

「ねえ有紀、笑いすぎじゃない?」

「ヤマセンのとこまで行ったの、めっちゃ面白い。それまで気付かないなんてこと、普通ないでしょ。」

 顧問の山口先生、略してヤマセンのところに行ったのがそれほどに面白いらしい。私としてはそんなに面白い話ではないのだけれど、面白いというのならそれでも良いかと思った。

 有紀は授業中もこっそりスマホを覗くくらい、スマホは常に確認しているタイプだ。有紀に限らず、そういう子はわりと多い。今も教室を見渡せば、みんなの手の中にスマホがあった。

 私はといえば、今日の出来事でもわかる通り、スマホが無くてもそんなに困らない。連絡はマメじゃないし、ゲームにもあんまり興味がない。

「ほんと朝陽のそういうとこ、男子っぽいよね。」

「別に、女子でもそういう子いるでしょ。」

「いないよ!少なくとも、私の周りにはいないかな。」

「ふうん。」

 そういうものなのだろうか。そういうマメさは、男と女という世の中に二つしかない括りでわけられるようなものなのだろうか。別に、そうだとしても、そうじゃないとしても、どっちでも良いのだけれど。


「じゃあ、また放課後ね!」

 廊下で、そんな声が聞こえた。扉の方を見れば、玲香と隣のクラスの女の子が手を振りあっているのが見えた。多分、吹奏楽部の子だったと思う。意味もなくその様子を眺めていると、こっちの方を向いた玲香と目が合いそうになった。咄嗟に顔ごと背けて有紀の方を見る。有紀はまたスマホを見ていた。

 どうして目を合わせなかったのだろう。合わせて、いつも通り挨拶をすれば良いだけなのに。玲香だって昨日、「また明日。」って言っていたじゃないか。いつも通り過ごせば良いのに。私はまだ、混乱したままだったらしい。とても、玲香の顔を正面から見ることなんて、出来そうになかった。

「今日の練習、早めに終わるらしいよ。」

「そうなんだ。朝練もなかったし、なんかあるんだっけ?」

「運動部の顧問がなんか会議するんだってさ。」

「へえ、そうなんだ。」

 おそらく、部活のグループに部長辺りから連絡があったのだろう。聞かなくても、自分で見れば良い話なのだけれど、私にはそれが出来ない。正確には、出来なくはないのだけれど、私のスマホはまだ、電源を切ったままだった。昨日からずっと、逃げたまま。今の私には、それしか出来なかった。

「部活終わったらさ、ちょっと遊びに行かない?」

 有紀はまた少しの間スマホを操作した後、そう言った。スケジュールの確認でもしていたのだろうか。私は少し迷った。いつも約束しているわけではないけれど、何となく一緒に帰っている玲香のことが気にかかった。でも、今日一緒に帰ったところで、どんな会話をしたら良いのだろう。そもそも、私は昨日の玲香からのメッセージすら読んでいないのに。

「いいよ。部活が終わる時間までね。」

「やった。他の子も誘ってみる。」

 有紀は嬉しそうにそう言った。そうと決まったら、今度は玲香にどうやって伝えるかが問題だ。それは、授業中にでもゆっくり考えることにしようと、私はまた問題を先送りにした。

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レンアイ・マイノリティ @hasuxxx

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