窓辺にて待つ

鍋島小骨

窓辺にて待つ

――冬至の夜に吹雪いたら、窓辺に明かりを灯してはいけないよ。目印になってしまうから。


 子供時代、祖母にそう言われたことがある。

 私がそれを思い出したのは、向かいの部屋の留学生が冬至に食べる餃子の材料と南瓜を買いに行くと言い出したせいだった。


「今から? よしなよ、猛吹雪だよ」


 そう答えながら私は、冬至の夜の吹雪だ、と気付き、昔祖母から聞いた話を思い出した。

 留学生と別れて部屋に戻る。窓の外は暗くて白い夜のブリザード。間接照明をつけたのみで薄暗い部屋の中、私は戸棚から硝子のキャンドルホルダーを取り出した。

 オレンジとグリーンのピラーキャンドルを入れて出窓に並べ、マッチを擦って火を灯していく。小さなにんじん色の炎たちはほんの僅かな風にも瞬き、長く柔らかく伸びた光と影が重なり合いながら放射状に広がって、私は暫し我を忘れた。


 この吹雪の向こうから、最も深い夜の彼方から、揺れるこの火を目印にして来るがいい。


 曾祖母の額には九芒星の傷があったという。

 冬至の夜、吹雪の窓辺に明かりを灯して『呼んで』しまったからだという。

 それは吹雪の向こうから、真っ直ぐに窓に向かってくる。そして明かりを灯した者を見付け、窓硝子越しに顔を見る。

 目が合ったなら、もう終わり。

 それは夜闇のように硝子をすり抜け、目印の火を灯した者に指を触れる。

 触れたところに九芒星が刻まれ、その契約は二度と解かれない。


――冬至の夜に吹雪いたら、窓辺に明かりを灯してはいけないよ。

――死者の魂がおまえを見付ける目印になってしまうから。


――いちばん短い昼のあと、次の一年のため太陽がまた生まれ変わる夜に、間違ったものが蘇ってしまうから。


 間違ってなどいるものか。私は窓辺であなたを待つ。

 あなたの目が私を見て、あなたの指が私に触れるのを待つ。


 やがて地上五階の窓の向こう、吹雪の奥にぼんやりと、なつかしい人影が近付いてくる。





〈了〉


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