第2話

「ヤバいぞ! こっちも光線使えんのか? ヒーローは最後に必殺技で敵を倒すんや。それ情報にあるやろ?」


 すでに死んだ実感を失っている男は、データの波を視覚として捉えられるようになった時点で戦士との合体を完了し、肉体の共有も可能となっていた。


『光線は使用不可だす!』


「はぁ? 『破滅の深淵しんえん』からこの星を守るんやないんか? 肉弾戦だけで勝てる相手やないやろ!」


『駄目だす。打撃によって肉体とエネルギー生命体との分離を実行せねばならんだすよ。それ以外は却下だす』


「なんでやねん」


『生身のまま破壊すれば、大変なことになるからだす!』


 眼前に迫る口内。並びの悪い牙に糸を引く粘液。その向こう側で青い光が膨れ上がった。


 ホンマにヤバい!


 男の防衛本能が発動した。


 全身の神経が接続していく感覚。巨大な戦士の器に自らの意志が膨れ上がっていく。


『駄目だす! 光線は使えんのだす! 生身のままでの破壊は……』


 奇跡が起こった。


 銀色のエネルギー生命体を押し退けて、戦士の肉体を男が奪い取ったのだ。


『ダッ!』


 自由になる両手を、胸元でエックスの形に組んだ。全身から溢れるパワーが両手へと流れ込んでいくのがわかる。そして、両手をゆっくりと前へ突き出すと――。


 銀色の光線がエックスの形で放射されたのだ。


『ダアアアアア!』


 砕け散るスモールヘッドの肉体。虹色の鱗粉りんぷんと化した破片が、風に乗って拡散していく。そこへカラスや雀、野鳥の群れが飛び集まって来る。


 男は戦士の眼を通して、鳥たちの異常行動を観察した。


 なんと鳥たちは、スモールヘッドの鱗粉を身にまとうようにして方方へ飛び去っていくのだ。


『……やってしまっただすな』


 微かに響くその声に力はない。戦士の肉体を乗っ取った男の片隅で聞こえる『声』は、呪詛のように囁いた。


『破壊することで『怪獣細胞』が散らばってしまったのだす。しかも『怪獣』は、鳥という生物を利用して更に広範囲に細胞の拡散を企んでおったのだす。あなたはまんまと敵の思惑通りに行動して、この惑星の汚染に手を貸してしまったのだすよ』


「お、汚染って……」


『無数の『怪獣』が出現するだしょう。この世界の終わりだす』


「ちょっと、待てよ。そんなこと俺知らんやん。もっと早うに言ってや!」


『ちゃんと、止めただす!』


「どうしたらええんや?」


『……合体だす』


「は?」


『なにがあろうと、全ての原因はわたしにあるんだす。かくなる上は、全部責任を取るしかないだすな』


「合体って……誰とするんや」


『ですから、全部だす!』


 戦士の肉体に激震が走る。実体が解かれて光の粒子が空間に広がった。男の感覚も四散する粒子に紛れ込むようにして拡散していく。


『それにしても、人間という存在には驚愕するだすな。ちょっと油断したとはいえ、意志と身体を乗っ取られるとは』


 銀色のエネルギー生命体が、男の意志を凌駕りょうがしていく。


『われわれエネルギー生命体も、元は肉体を持つ知的生命体であったという伝説は、あながち嘘ではないかも知れんだすな』


 男の視界で、街並みが、山が大地がめくれ上がり崩れていく。


「お、おい。これは一体……」


『『怪獣』が肉のまま存在するうちに、この惑星そのものを、わたしが取り込むのだす』


「それって、この地球全部ってことか?」


『そうだす。これは、地球との合体だす!』


 人々の絶叫が聴覚を震わせた。世界中の人間が、突然の災難に見舞われている。


「おい、酷すぎるぞ。『怪獣』とだけ合体すればええんと違うんか?」


『同じエネルギー生命体同士での合体が不可能なんだす。たとえ『怪獣』として一時は取り込めたとしても、すぐにエネルギー生命体への転換で分離して逃げることが可能だすし、エネルギー生命体のままなら、電磁パルスによる次元捕獲という方法があるのだすが、無数に散らばった肉のままでいられてはそれも使えないのだす。しかし、緩衝材として惑星ごと合体すれば、奴を肉のまま取り込むことが可能だす』


 それしかこの世界は救えない。


 銀色のエネルギー生命体はそう付け加えた。


 めくれ上がる大地の底から、赤いマグマが露出していた。すでに人々の絶叫は消え去り、世界はあっという間の破滅を迎えている。


 男に怒りが込み上げた。


 これでは、破壊をする者が『破滅の深淵』から『秩序ちつじょを守るもの』へと変わっただけで、やっていることは同じだ。世界を救うために全てを滅ぼすなんて、ふざけた話だった。


「やめろ!」


 男が唸る。もう放っておくわけにいかなかった。男は、銀のエネルギー生命体そのものを乗っ取る為に思念を凝らしたのだ。


 思わぬ行動に、銀色のエネルギー生命体は慌てた。


『勘違いしないだすよ。これは滅びではなく、世界の全てをわたしの中で生かすことだす!』


 それでもやめない男に、見えない壁が張り巡らされる。膨れ上がろうとする思念をブロックする為の壁だった。


『無数の『怪獣』に蹂躙じゅうりんされながら死を迎えるよりも、高次元の存在であるわたしの一部として生き残る方がずっと幸せだしょう!』


「アホか! 自由を無くしてなにが幸せや。おりの中で生きるくらいやったら『怪獣』と戦って滅ぶ方がなんぼかマシやわ!」


 その叫びに呼応するかのように、男の言葉への賛同が思念の嵐となって押し寄せてきた。人間たちの声。動物たちの唸り。植物の葉ずれの音。いづれもが吹き荒れる嵐となって男の背中を押したのだ。


 雲が渦巻き、稲妻が雨の如く降り注いだ。その刺激を受けて空間に溢れ出たのは、無限の生命力。


 地球そのもののパワーによって、張り巡らされた見えない壁に亀裂が生じた。


『や、やめるだす! 高次元の存在に、下等なあなた達が勝てるわけ……』


 壁に無数の亀裂が走る。


「下等って、それがお前の……本音かい!」


『やめるだす。こ、この……!』


 粉々に砕け散る壁。


 ――今だ!


 と、膨大な数の言霊が響く。


 男が全身に纏うのは、生命。


 地球に住む、あらゆる動植物の生命の力であった。


「乗っ取るで!」


 銀色のエネルギー生命体を、地球の集合生命体が凌駕していく。その男を媒介にした超エネルギーの膨張力は圧倒的だった。そして、存在そのものを乗っ取った瞬間、時間の逆行が始まった。


 めくれ上がった大地が元に戻っていく。崩壊したビル群がパズルのピースをはめ込むように形を作り、煮立った海に青い色が復活した。


 地球の集合生命体が選んだ方法はしかし、莫大なエネルギーの消費をもたらした。こうする間にも、エネルギーはどんどん消費され、さしもの高次元エネルギー生命体といえど、消滅寸前までに疲弊ひへいしている。


 逆行は、スモールヘッドが破壊された後にまで進んでいた。もう少し戻りたがったが、エネルギーが底を尽きそうだった。これ以上は、危険だ。


 時間が安定する。


 戻った世界で、銀色の巨人が背中を見せていた。スモールヘッドを光線で破壊した後の姿だ。これから世界崩壊の選択をする巨人を、このままにしておけない。


 鈍い光に包まれて男の肉体が実体化した。右手には白地に赤いラインの走るスティックが握られている。地球集合生命体の意志により生み出されたアイテムであった。


 男は、スティックを頭上に掲げた。


「おりゃああああああああっ!」


 スティックの赤いラインが光を放つ。背中を見せた巨人の姿がボロボロと崩れて、スティックへと吸い込まれていく。


 かくして、スモールヘッドが暴れた廃墟は残ったが、地球の崩壊は無かったことになった。


 しかし――。


 ◇◇◇


『各地で、『怪獣』被害が続出しています』


 テレビニュースが伝えている。


 スモールヘッド被害から半年。破壊され拡散したスモールヘッドの細胞は、日本各地で『怪獣』として復活。甚大な被害をもたらしていた。


『あっ、ご覧下さい!』


『怪獣』出現の現地取材をするレポーターが叫ぶ。


『またもや、光の巨人が現れました! 今回の巨人も、前回北海道に現れたものとは別のタイプであると思われます!』


 そう、あの時。男がスティックで銀色の巨人を吸収した時。無数に散らばった『怪獣』細胞に対処するために、男の他に何百人もの男女が選ばれてスティックが与えられた。今まさに、銀色のエネルギー生命体から奪った力を使って、多くの戦士たちが誕生しているのだ。


 そして、男は。


 巨大な『からす怪獣』によってパニックに陥った大阪駅にいた。


 逃げ惑う人々の間を縫って、ビルの陰へと身を隠すと、人の目が無いことを確認してスティックを取り出した。


「これが、俺らが選んだ道や」


 男はスティックを掲げた。


「変身!」


 銀色のスパーク。


 光の戦士が暗黒を突き破って登場した。


『鴉怪獣』に飛びかかる光の戦士。


 人々は彼を、『シルバーウイング』と呼んだ。


 その名の通り、戦士の背中には銀色の巨大な翼があったのだ。


『デヤッ!』


 稲妻の如くチョップが振り下ろされた。


『怪獣』の咆哮。


 足を止めた人々が戦士を見上げた。


 ――頑張れ、シルバーウイング!


 おわり

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怪獣遊戯 関谷光太郎 @Yorozuya01

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