◆第2話◆「なんだかなぁ、食わせる方法は無いものか?」

「ジェイク様───ご無事で……」


 満身創痍と言った感じでリズが臥せったまま答えた。

 目には涙まで湛えている。


 どうやら無理やり動こうとしたらしく、彼女の壊死した皮膚が床に付着していた。

 その様が実に痛々しい───。


 どうやら、大喧嘩しているビィト達を止めに行こうとしていたらしい。


 それを宥めていたのはエミリィだった。


「お、お兄ちゃん!? だ、だだだ、大丈夫なの?!」


 パンパンに腫れ上がった顔のビィト見て驚いた顔のエミリィ。

 大丈夫に見える?

「だ、大丈夫だよ。かすり傷さ」

 でも強がりを言っちゃうの、だって男の子だもん。


 むしろ、エミリィちゃんや。

 よくビィトだと気付いたものだ。


 そこに、くそアマが、

「はぁぁぁあ?! お兄ちゃんんん~~~───? 兄さん、この子とそういうプレイでもしてんの?」

 

 黙れバーカ。


「そういうんじゃないから……。っていうか、エミリィが凄い怯えてるけど、何したの?」


 リスティに視線を向けられたエミリィが、怯えてビィトの足にしがみ付く。


「さぁ? 知らなーい」


 まったく、このマイペースマイシスターは……。

 本当に俺の妹だっけ───自信なくなってきたわ。


「ったく。ちゃんと物資は提供するから、背嚢はいのうは返してもらうよ」


 そう言って、リスティが奪ったらしいエミリィの背嚢をひったくると、随分軽くなったそれをエミリィに返す。


 形見の肩掛け鞄が奪われなかっただけでも、まぁ良しとしよう。


 あれは彼女の両親の残した大切なものなんだから……。


「おい! さっきから物資の提供など、いらんと言っている!」

 ドッカリと壁にもたれるようにして座り込んだジェイクは、水をがぶ飲みしていた。

 多少なりとも余裕のできたリスティが、水を生成していたらしい。


「水があればまだ十分活動できる。そして、肉はそこにある───おまえの助けがいる状況に見えるか?」


「めっちゃ見えるっつーの」


 本当にこの男は……。

 リズが黙って食われると思うのか?

 

 そもそも人食いの禁忌を犯してまで、ビィトの助けを拒むとか……、もうイカレているとしか思えない。


「はぁ…………なぁ、ジェイク。こうしよう───」

 ビィトも壁にもたれるようにして座り込み、頭をゴチンと当てて呟く。


 この男と話していても、疲れるだけだ。


「───物資を買わないか? 見ればわかると思うけど、俺も結構懐が寂しくてね……」


 これは本当の話。

 結構な数のドロップ品も「鉄の拳アイアンフィスト」との戦いで随分と失ってしまった。


 連中から奪った背嚢には、ほとんど食料しか入っていない。

 そして、元の背嚢から移したものは、大半がエミリィ用の間食だ。


「…………………………なるほど」


 ジェイクが長い黙考の末、ポツリと零す。


「だが、それはできん」

「な?!」


 何言ってんだコイツ?! どこまで意地を張る気だ?!


「いい加減にしろよ! 俺は金が欲しい。ジェイクは物資を買う!───それでいいだろう!?」

「─────────金がない」


 は?


「いや……は? お前結構稼いでるし、ヘソクリとか持ってるの知ってるぞ?」

「…………橋の向こうのクズどもに、くれてやっちまったよ───」


 あー、くそ。

 …………そう言うことか。


「いいよ。貸すからさ───」

 あ、しまった!


「ふざけるなッ! お前に貸しなど作るかッ!」

「あーはいはい!! そーーーでしたね!」


 くっそ、マズったな。

 コイツは、こういう・・・・奴だ。


 プライドに障らないように、なんとか、対等かそれ以上の条件を提示できるように・・・・・・・・してやらないと──。


「なんでも、いいっつーの。なんかあるだろ? ドロップ品とか、装備とか……」


 と、そう言ってからジェイク達の様子を見る。


 うん。

 …………どう見ても、浮浪者一歩手前だ。


 交換できそうなものは何一つない。


 そういえば、「鉄の拳アイアンフィスト」の拠点に、ジェイク達の装備の手入れ具や、予備の武器まであったな。


 ということは───冗談抜きに、本当に何もないのか……。


 ドロップ品といっても、オーガの目玉やなんかはこの状況では回収していないだろうし────……くそッ! 八方塞がりだ。


「わかっただろう! もう、俺達のことは構うなッ! お前とはたもとを別ったんだ。───もう、パーティじゃない」

「くっ……! だ、だけど、同じく国の人間で……!───幼馴染だろう?! 心配して何が悪い!!」


 だめだ……。

 コイツに、何かものをわからせるのは無理だ──。


 リスティなら遠慮なしに受け取るというのに、パーティのリーダーのコイツがこれじゃあな……。


 こっそりリスティに渡したとしても、ジェイクは食わないだろう。


 わかってる。

 そういう・・・・奴なんだ……。


それ・・が余計なお世話だというんだ! もう、いいから出ていけ───!!」


 心底疲れ切った様子でジェイクがビィトを拒絶する。


 ふざけろ……!

 俺が出ていけば、お前───マジでリズを喰いかねないだろうが!

 そんなこと、見過ごせるわけがない!


 しかし、どうしたものか……───と、思案するビィトをみて、エミリィが不安そうにクイクイと服を引っ張る。


「どうしたの?」

「喧嘩───やめよ? それにリズさん、このままじゃ死んじゃうよ?」


 あ!?

 そ、そうだった───。


「ごめん! 今治療するから、待ってて!」


 慌ててリズに駆け寄るビィト。

 だが、そこに鋭い制止の声が降り注ぐ。


「ヤメロ!! お前のほどこしは受けんと言ったはずだ!!」


 こ、コイツ───!?


「馬鹿言うな! このままじゃ、リズが死んでしまうぞ?」

「それでいいんだ。死んだら血抜きして、捌いて食うまでさ。───リズ、ビィトから施しを受けることは許さん。……いいな?」


 ジェイクの言葉が無情に響く。


 リズが、黙ってこんな言葉を受け入れるはずが───。


「………………は、はい。わかりました」


 り、リズ?!


「ば、何言ってるんだよ?! 死ぬぞ?!」

「………………でしょうね。ですが───」


 フルフルと力なく首をふるリズを見て、ビィトの頭がクラクラとする。


「───君までコイツに付き合う必要はないだろう?! なぁ、リスティ───何とか言ってくれよ?」


「ふぁ? はんとか何とか?」


 モッシャモッシャと、瓶詰のジャムとビスケットを頬張り続けるリスティが振り向くも、ジェイクとリズの顔を交互に見て肩をすくめる。


「んぐ……。ぷぅ───知らないわよ。当人同士がそれでいいって言ってるんだから、いいんじゃない?」


 ポンポンと腹をさすりつつ、興味もないとうそぶく。


「お前まで……! ほら、頼むから回復してやってくれよ」


 荷物からマジックポーションを取り出すとリスティに渡す。

 彼女は、ちょうど飲み物が欲しかったとか言ってグイグイと飲み干していく。


 その様子を苦々しくジェイクが見ているが、もう止める気はないようだ。


「ん───ありがと」


 プゥと、満足げに息を吐き、空瓶を返すとトントンと軽い調子で立ち上がる。


「あは♪ 魔力が満ちてくるのっていいわね───」


 はい───。


 そう言ってリスティが高位神聖魔法の回復を唱える。

 相変わらず速くて正確だ。


 だが、対象はリズではなく───。


「お、俺の回復はイイからリズを!!」



 ポワワ……! と淡い光がビィトを包み、彼の変形してボコボコになっていた顔を一瞬にして回復させた。


 驚愕すら覚えるほどのその威力!

 ビィトの下級魔法の回復など、足元にも及ばない。


 確かに、これならリズでさえも治せるだろう。だが、リスティは「どうしよっかなー」と迷っている。


「私はいいんだけど、こういうときのリズって、すごくかたくななのよね───」


 う……。

 それは確かに───。


 でも! うぐ…………。

 くそッ!


 だったら、どうすればいいんだ?!


 あーもう、と頭をグシャグシャとかき回すビィトだが良案は出てこない。

 

 リスティだけは満足気にしつつ、エミリィの間食用のジャムに手を伸ばして、モッチャモッチャと好き勝手に食っている。


「ジェイク……。意地を張るなよ! 何でもいいから、交換すりゃ気が済むんだろ?」

「ふざけろ! お前の見え透いた施しを受けるくらいなら、コイツらを食ってから死んだほうがマシだ!」




 くっそ……。いい加減にしろよ!

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