◆第80話◆「なんてこった、どうしてそんなに頑ななんだ?!」

 ───それがどうした!!


 ジェイクの叫びとともに、スラン──……と、鞘引かれる刀。

 冷えわたる刀身が不気味に輝く。

 それはもう、完全に敵を前にした時のジェイクの構えだった。


「よ、よせ!! 俺だよ?! 救助に来たんだ! ギルド中が血眼になって『豹の槍パンターランツァ』を捜索しているんだ───だから俺も、」


「お前の助けなどいるか───!!!」


 シュン!! と一気に距離を詰めたジェイク。

 その刀が、ビィトの首を刈らんとする。


 だけど、

 …………あれ? お、遅い?!


 トン───と軽いバックステップだけで躱してしまったビィト。

 その目の前をジェイクの白刃が振り抜かれる。

 

「ええ───……??」


 ジェイクの行動に驚いたものの、その刃を見てもっと驚いた───。


 血錆のことよりも何よりも、その向き。


「み、峰打みねちち……?」 

「……よく躱したな?」


 ちょっと驚いた顔のジェイク。


 だが、傲慢な彼にしては思ったほど激高していない───。

 ……つまり、本気ではないのだ。


「なぁ、ジェイク。俺のことが気にくわないのは分かってる───だけど、物資を持って来たんだ。まずは体調を整えてから、それから考えよう! 俺が役立たずで、迷惑をかけたことを謝罪してもいい! だから、」


「黙れ! お前の施しなどいらん!! そんなものなくとも、食い物ならある!」


 う、嘘をつけ!

 どう見ても、滅茶苦茶困窮しているだろうが!!


「どこに食べ物なんか───リスティだって、こんなに飢えているじゃないか!」

「はっ! ここにあるだろうが!!!」


 ジェイクを止めようとしていたリズの髪を無造作に掴むと、


「そろそろ、コイツを捌いて食おうと思ってたんだよぉ! ひゃはははははは!!」

「い、痛い、ジェイク様───うぐぐ……」


 な、何を言っているんだ?!


「り、リズを放せ! 痛がっているじゃないか!」


 髪だけで吊り下げられるリズ。

 その姿の痛ましさもさることながら、ジェイクの目───……本気だ。


「たっぷりの肉の塊だぜ!! 痩せこけてるけど、柔らかいぞー! うひゃはッ! お前にも分けてやるよ、ビィぃぃぃいト!!」


 い、

「───いい加減にしろぉぉぉおおお!!」


 闇骨王の杖を構えて、魔法行使の構え───。


「お……なんだよ? やるっつうのか?!」


 ドサリ、ゴミの様に投げ捨てられるリズが「うううう……」と呻いている。

 よく見れば、彼女の足は壊死寸前だ。

 こ、これは……酷い!


「……リズが何をしたっていうんだ」

「ハッ! コイツは俺のもんだ。煮ようが、焼こうが、生で齧ろうが俺の自由だ」


「違うッッ!!!」


 ジェイク……。

 ジェイク…………。


 ジェイク──────!!


「───リズは、誰のものでもない! リズは、リズだ! 可愛い、健気な一人の女の子だ!!───断じて、」


 そうだ、断じて!!


「───誰かの所有物なんかじゃない!! ましてやお前のものでもない!!」


「び、ビィト様…………くぅぅ」


 ボロボロと涙を流すリズ。

 その身をヨロヨロと起こすも、ドスン! と、そこにジェイクが足を落とし、地面に潰す。

「あう!」


「ハッ───なんだ? もしかして、お前この女が欲しいのか?」


 ガン! と顔を蹴り上げ、無理やりリズの顔をビィトに向けると、足を口にねじ込む。


「くくく……。こんな貧相な女がお前の好みだったのか? まぁ顔は悪くない───アッチのほうも中々だぜ」


「ジェイク!!!!!」


 な、なんて奴だ───!!


 なんて奴───!!


 なんて───!!


 ……───ジェぇぇぇえイク!!!


「だが、渡さねぇよ。これから、綺麗な綺麗な『お肉』ちゃんになるんだ───美味しいぜぇぇえ! ぎゃははははははは!」


 く、狂ってやがる───。


「リズ! それでいいのか?! リズ──君は自由だったはず! そうだろ? リズ!」

「…………うぐ。ゲホッ。げほ! おぇえ」


 何か言いたげな気配を察して、ジェイクが足を貫くと、


「───ほら、言ってやれよリズ」

「……は、はい。わ、私は───ジェイク様に尽くします」


 ……この身は、ジェイク様に尽くすと決めております───。


「く、」


 くくくくくくくく!!

 くははははははははは!!


「はーっはっはっはっはっはっは!!」


 ゲラゲラと笑う、ジェイク。

 ガクリと項垂れるリズ───。


 だが、それでいいのか?


「よく言った、よく言った。お前はイイ女だよ」

 優しくリズの頬を撫でるジェイク。

 たが、ガシリ! と、突如力を込めると、


「───そして、」

 美味しく食べてやるぜぇぇぇえ!!


「ひぃぃいい!!」


 吊り上げられ、刀を喉に当てられるリズ。

 恐怖の声をあげる彼女は、ついに失禁してしまう。


 なんてことを!?

 これを、今までずっとやっていたのか?!


 ───こんな場所で!!!???


 バ、カな! 

 一見してリズは感情に乏しくみえるし、従順かもしれないが、リズだって怖いし、食べられたくないはず───。


 そうとも、当たり前じゃないか!!


 それでも、ジェイクに従うリズの気持ちは正直わかりかねるけど……!

 なんで、そうかたくななのか知らないけど──!


 ジェイク……!

 お前は間違っているよッ!


「さぁ、解体しようか。リズぅぅう───」

「い、いやぁぁあ!!」


 ふ、

「──ふざけるな、ジェぇぇぇぇえイク!」


 もう、怒ったぞ!!!!


 ビィト・フォルグだって怒る時は、怒る!


 それが大切な仲間なら当然のこと!

 仲間だからこそ、怒ることもある!!


 リズは───。


 リズは──────!!


「リズは俺にとって大切な、仲間だぁぁぁぁあああ!!!」


 び……。

「───ビィト様ッ!! ううう……!」

 ボロボロと涙を流すリズ。


 だが、ジェイクは意にも介さず、刀を振るおうとする。狂ったように高笑い。


 はははははははは!!


「違ぁぁあう! これ・・は俺のモノだ! お前のじゃあない!!」


 やっかましい!!


「───いっぺん、ぶん殴るっ!」

「は! やってみろ!!」


 リズを放り捨てると、腕捲りしたビィトに向かって、峰打ちの構えで下段に構えるジェイク───。

 

「やってやるぁぁぁぁあ!!」


 魔法行使の気配を見せるビィト。

 そして、両手に収束していく魔力!


 なんで戦うのか誰も知らない。

 ビィトもジェイクもよくわかっていない。


 だけど、敢えて言うならジェイクのプライドのせい───。



 そして、ビィトが間抜けなせい───。





 ……なによりも、リズが他の生き方を知らないせいだ。




 たけど、違う。

 違うぞリズ!!


 リズ──────。


 人は、

「───人は本来、もっと自由なものだろうがッッ!!」


「はははぁ!! それを望まない人間もいるということだぁぁぁぁああ!!」

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