◆第79話◆「なんてこった、無事なのか?!」

 のそりと出てきたジェイク───。

 その姿の痛々しいことと言ったら……。


「だ、大丈夫か、ジェイク!?」


 駆け寄ろうとしたビィト。

 だが、一瞬躊躇ためらってしまった。


 まるでジェイクの体が瘴気のようなものを纏っているように感じ、その目付きと相まって、抜き身のナイフを突きつけられたような殺気を感じたのだ。


 ───だが、どうして?


 ジェイクの姿はボロボロ。

 防具は破損し、服もドロドロに汚れている。


 大事に使っていたはず愛用の刀も、柄や鞘が血で汚れ切っていた。

 その分では、きっと刀身も万全ではないだろう。



 そして、匂い…………。



 ゴブリンでもここまで臭くはないんじゃないだろうか───と、感じるほどの体臭だ。


 汗、垢、糞尿、そして───血。


 腐った血でも被ったのだろうか?

 人間のおりだけではない、すさまじい匂いを放っていた。


 だが、


 だが生きている───。


 ………………生きていてくれた!!


「ジェイク……!」


 憔悴しているのは見て分かったものの、二本足で立っている。

 そして、傷だらけであっても五体満足だ。


「無事でよかったよ、ジェイク!」


 先ほど、一瞬怯えたことを誤魔化す様に、ビィトは笑みを浮かべてジェイクに近づこうとしたが、

「兄さ~~~~~ん!!」


 脇から出てきたリスティが、ガバチョと足に抱き着く。

 ……リスティも、ジェイクに負けず劣らずにひどい有様だ。


 汚れていない場所を探すのが、困難なくらいドロドロのベタベタ……。


「会いたかった! 会いたかったよ──!」


 ズルズルと、亡者の様に足から体へと這い上がるリスティの目つきに、およそ狂気の様なものを感じて思わず仰け反るビィト。


「───リスティも無事だったんだね、良かった!」


 良かった……!

 良かった…………!!


 少しは覚悟していたものの、肉親が生きていた。

 もしかして───を、考えなかったわけではない。


 だが、


 だが、生きていた───。


 生きていてくれた!!


 良かった!


 リス───、

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!! ご飯ちょうだい!! ご飯! ご飯!! ご飯!! ご飯!! ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯、ご飯を出せやぁぁあああ!!」


 いつの間にか胸倉をつかんでビィトをガックンガックンと揺さぶるリスティ。

 もちろんそんなことをしなくても物資を分けるつもりなのだが───。


 リスティはビィトの背嚢に目を付けたが、それより先に床にしゃがみ込んでガタガタ震えているエミリィに気が付くと、彼女の小さな背嚢を見て目を光らせた。


「あは♪ 奴隷の子だぁぁ!! 奴隷の物は主人の物! 主人の物は妹の物だよね!! あは、あはっははは♪」


 あはははははははははははははははははははははははははははははは!!


「おらぁぁあ!! 食い物寄越せやぁぁぁあああ!!」

「ひぃ!!」


 ビィトを押し退けると、リスティはエミリィに素早い動きで掴みかかると、彼女を押し倒し、足蹴にして背嚢を奪おうとした。


 その動きはまるで捕食者───。


「ちょ、リスティやめ」


 ゴキィ!!!


「ひぎゃあ!!」


 シュン!! と鋭い空気の動きを感じたと思った瞬間、ジェイクの身体がブレて見え、代わりにリスティが無様な格好で壁に叩きつけられた。


「……いい加減にしやがれ、クソアマ」


 更に追撃を加えんとして、壁に潰れているリスティを背後から蹴りつけギリギリと体重をかける。


 そして、髪を掴むと───。


「おらぁ!」

「ひゃめ───ぶがっ!」


 ごきぃ!! と思いっきり壁に顔面を叩きつけた。


「ジェイク!!」

「ジェイク様───!!」


 思わず止めようとするも、一歩早く小柄な影が暖炉から飛び出し、リスティに覆いかぶさる。







 り、

「リズ──────?」


「退けッ。リズ──────邪魔をするなッ!」


 リズごとブチ殴ろうとジェイクは拳を振り上げたので、ビィトは思わずその手を掴んで止める。


「よ、よせって! ジェイク何をしている、ぶッッ!!」

 

 ガスッ!!


「うぐぐ……」


 目の前がチカチカしたかと思うと、ジェイクの拳がビィトを殴り抜いていた。


「邪魔をするな──────役立たずが!」


 さらに、ビィトもう一撃くれてやるとばかりに振り上げられた足。

 そこに、リズがすがりつき、ジェイクをとめる。


「おやめください、ジェイク様!! 止めてください!!」


 ……退けと、

「───言っただろうがぁぁぁああ!!」


 その蹴りをリズに叩き込まんとするジェイク。もう、どう見てもまともじゃない!!


 リズに庇われていたリスティは、いつの間にか這い出て、ゾンビのようにズルズルとエミリィの背嚢を目指して進む。


「ご飯♪ ご飯♪ ごっ飯~♪」


 ど、どうなってんだこりゃ!!


「いい加減にしろ!!」


 思わずジェイクを突き飛ばしたビィト。

 いつもなら簡単に躱されるのだろうが、どうやら相当弱っているらしいジェイクは簡単に倒れてしまった。


 だが、それが不味かったらしい……。


 完全にビィトを敵として認識した目だ。


 せっかく救助に来たのに、こんなことって──────。


「ジェイク落ち着け!! 俺だ。ビィトだ! ビィト・フォルグだよ」





「そ・れ・が・ど・う・し・た!!」





 スラン───……と、鞘引かれる刀。

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