◆第78話◆「なんてこった、ジェイクなのか?!」

 エミリィの心臓の音を間近で聞いているうちに、ビィトの震えが自然と治まりはじめた。


 同時に甘酸っぱい匂いに気付いて顔をあげると、エミリィがぎこちなく微笑んでいた。

 彼女も恐ろしかっただろうに、それでもビィトを慰めてくれる。


「あ、ありがとう」

「う、うん……大丈夫?」


 もう、大丈夫───。

 ………………だけど、別の問題がががが!


 今さらながら、こっずかしい状態に気付くビィト。


 小さな子に抱きしめられたうえ、薄い胸がその───……エラク近くて、それに気付いたビィトのナニがのっぴきならない・・・・・・・・ことになっている。


 だって男の子ですもの───。


 うん…………………………。

 ちょっと、このままでは立てない。


「ど、どうしたの? 大丈夫!? もしかして怪我してる?!」


 いや、幸いケガらしいケガはない。

 むしろ元気です。色々と───。はい。


 だが、エミリィにはそれは伝わらず、やや前屈みになったビィトをみて、どこか負傷したと勘違いしているらしい。

 

「ど、どどどどど、どうしよう! あ、ポーション! ポーション! い、今出すね!」


 慌てて背嚢から荷物を取り出そうと四苦八苦するエミリィ。

 密着した状態で背嚢を無理やりひっくり返そうともがくものだから、エミリィのうっすい服がめくれ上がり───。


 おっふ。もう、やめて!


「え、えええええ、エミリィ! 大丈夫! 本当に大丈夫だから!!」


 これ以上近くでピョンピョンされる方が困る。


 のっぴきならなくて、困る!!


「ちょっと、疲れただけなんだ。わ、悪いけど───この先を少し偵察してきてくれない? きっと、すぐ近くにジェイク達がいるはずなんだけど……」


「あ、うん! わかった」


 エミリィは割りとあっさり頷くと、背嚢を背負いなおし───服もうまい具合に直って、すぐに駆けだした。


 おぅ……。我ながらナイス判断。

 あとは心を落ち着けるだけ────……。


 いけ! ビィトよ───無の境地へ!!


 無……。


 無……。


 ム……。


 ム……───ムラ。


 ムラムラムラ……!!


 ムラムラムラァァァ……!!


 ───おっふダメだ!


「た、溜まってるのかな───……」


 そりゃ色々溜まる。

 うん、フラストレーションとかフラストレーションとか、フラフラフラと!!


 ビィトが悶々としていると、割と近くからエミリィの声。


「───お兄ちゃん……。ここだと思うよ! 弱々しいけど……。うん、人の気配があるよ!」


 え?!


 じぇ、ジェイク達が!!??


「い、今行く!!」


 慌てて起き上がったビィトは、エミリィの声目掛けて一気に距離を縮める。


 エミリィは尖塔の部屋のうち、牙城にしてはこぢんまりとした部屋を覗き込んでいた。


 エミリィのスキルと五感が間違った事はない。


 ならばこれは───……。



 そう、

 ジェイク達だ!!


 それ以外に考えられない……!!



「ほ、ホント!? み、皆───い、生きてるんだよね?!」


 信じられない思いと、ようやく見つけた安堵感でビィトは感極まっていた。

 まだ顔を見たわけではない。

 だけど、こんな場所で生存し続けられるなんて、ジェイク達以外に考えられない──!


 最強のSランク冒険者。

 そして、ダンジョンの深部にもっとも近づいた強者つわもの


 そう、人は言う───。

 ダンジョン都市始まって以来の有望株。

 地獄の窯、その深淵に届き得る英雄と──────……。


 それが、ジェイク!


 最強のSランクパーティ───『豹の槍パンターランツァ』のリーダーだ!!



 ああ、良かった!!

 生きててくれた!!!


 ジェイク!!!

 リスティ!!


 リズ──────……!!!!


 エミリィが室内に踏み込み、用心しつつも彼らが潜伏しているであろう場所を覗き込んだ。


「うん。大丈夫。皆生きてると思うよ───この中、」


 ───う……!!


 エミリィが覗き込んだまま、体をビクリと震わせる。

 まるで見えない何かに掴まれたかのように───……。


 彼女の緊張と嫌悪が、その後ろ姿を通して伝わってきた。


「な、何……この匂い──────」


 ドサリと背後に倒れ込むエミリィ。

 それを危うく支えたビィトは彼女の顔を覗き込む。


 その目……!!

 その目は───?!


「な、何があったのエミリィ───?……ジェイク達は??」


 エミリィとジェイクは面識があっただろうか? などという事を露とも考えず、ビィトは素で聞いてしまう。


 だが、エミリィは答えずブルブルと震えながらその先を指さした。


 ……彼女の差す方向。

 先ほどエミリィが覗き込んだ場所──……牙城の内にある、火の気のない暖炉だ。


「あそこに、ジェイク達が?」


 コクコク。


 無言で頷くエミリィ。

 だが、その手が怯えに包まれ離してくれない。


「エミリィ。落ち着いて───。ジェイクたちは無事なんだろ? ちょっと見てくるからここで待ってて」


 だが、エミリィは簡単に放してはくれなかった。

 まるで、行くな───見るな───……聞くな!! そう言っているかのよう。


 だが、ビィトはそれを拒む。

 

 ようやく……。


 ようやくここまで来たのだ。


 一度は追放されたとはいえ、長い付き合いのあったジェイク達。

 心には、わだかまりも当然ある。

 だが、それ以上に彼らが心配だったし、懐かしい顔を見たくもあったのだ。


 なにより、救いたい───。


 救いたかった! 本当に心の底から──!


「放して、エミリィ」

 少し強めに言ってみても放してくれないエミリィに、若干の苛立ちを覚えて、ビィトは少し強めに彼女の腕を振り払った。


 それでも、彼女は中々放してくれなかったので、半ば強引に振り払うと、暖炉の前に立つ───。


 


 じぇ、

 ジェイク……。


 ジェイク──────。


「──────ジェイク……?」


 いるよな?

 生きているよな?

 無事なんだよな……!!


 ジェイク───!!!


 ビィトの呼びかけに反応するように、暗闇の奥の方で人影が動く。






 そして、





「………………ビィト」




 ジェイクが応じた───。

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