第69話「なんてこった、オヤツにしよう」

 幾つかの煙突に潜り込んでは、意外と短時間でエミリィが戻るというサイクルを繰り返し、そして、幾度となく見送ったビィト。


 ビィトだったらもっと時間がかかっていたに違いない探索も、エミリィが単独で行けばあっという間だ。

 

 煙突を降りて、その先を探索し───ふたたび戻る。

 たったこれだけのサイクルだが、並みの盗賊には無理だろう。


 下級魔法しか使えない魔術師なら、いわんや……。


 それだけでもわかる。

 ───エミリィは本当に優秀だ!


 そして、しばらく探索を続けること数時間。

 目星をつけた煙突もこれで最後となった。


(大丈夫かなエミリィ……。だいぶ、疲れてそうだけど───)


 揺れるロープの先を心配そうに見下ろすビィトの元に、汗で濡れたエミリィの顔が見えた。


「ただいまッ!」


 上を見上げ素早い動きでロープを手繰り、登りくるエミリィ。

 

 覗き込むビィトに気付くと、健気に笑う。


 けれどもすぐにその表情は暗く落ち込んだ。その様子からも、今回も空振りだったと想像がついた。


「お疲れ様」


 手を差し出し、エミリィを引き上げる。


 ヨッと、

「ありがとう!……でも、ごめんなさい。探知しても何の痕跡もなかったの……」

「うん。わかってる────」


 ビィトの様子にシュンとするエミリィ。

 この子は本当に感情が豊か。


「ご、ごめんなさい……」


 きっと嘘をつけないんだろうな。


「──ううん。ありがとう! エミリィのおかげさ。これで目星がついたよ!!」


 そうだ。


 エミリィの捜索は無駄じゃない。

 むしろ捜索範囲を絞ることができたので、大金星だ。


「え? そ、そうなの?」


 タオルで汗を拭い、水をゴクゴクと飲み干すエミリィ。

 汗と混じった水滴が胸元に垂れていき、妙に艶めかしい。


 激しい登攀で体中が火照っているのだろう。───薄っぺらい服に、パタパタと手で風を送り込むものだから、彼女が下に着こんでいるビキニアーマーがチラチラ見えてビィトは赤面する。


 なんだかんだで、ビィトにはこういった耐性がないのだ。


「え、エミリィ……その、」


 見えてるよ。と言いたいけど、それすら言うのが恥ずかしい。


「何?」

「いや、なんでもないよ。……オヤツにする?」


 これから、ビィトが予想する最後に目星をつけた場所に行くわけだけど、随分疲労がたまってきたと思う。


 ビィトはもとより、エミリィはさっきから動きっぱなしなのだ。


「お、オヤツ!?──ご飯じゃなくて、オヤツを食べていいの!」


 オヤツ───。


 エミリィがことのほか大きく反応する。相変わらず食には素直な子である。

 それにしてもイイ反応……。


 あ、そうか。

 まぁ、奴隷時代が長い子だし……オヤツなんて早々食べる機会なんて───いや、そもそもなかったのかもしれない。


 ベンはケチだったしな。


「い、いいんだよ? ま、こういう場所だし、ご飯を作るわけにもいかないしね」


 安全と言えば安全だけど、煙突の中だ。


 地べたは不衛生だし、なにより煙突を介して匂いが拡散すれば、オーガに勘付かれる可能性もある。


 登ってくるほど頭がいいとは思えないけど、壁をぶち抜いて襲ってくる可能性はあった。


 だから、料理ひとつするにも気を使う。

 結局、簡単に食べれて、そして匂いの強くないものを食べる。


 そういったときには、オヤツ的な軽食は向いている。


「はい。どーぞ! お疲れ様。エミリィ」


 ビィトは保存用の大型ビスケットに、ジャムを、た~っぷり付けてエミリィに差し出す。


 飲み物は水で割ったワイン。

 

「わ、わぁ!!! 綺麗───」

 ご、ごくり…………。


 思わず、エミリィの喉が鳴った。

 色とりどりのジャムは、魔法の灯りを反射して、キラキラと宝石のように光輝く。


 薄いワインは灯籠のように光を増幅し、美しく闇に淡く灯る。


 簡単な割には実に華やか───。


 いいの?

 そう、上目遣いで見つめてくるエミリィに頷き返すビィト。

「あ、あーーん……」

 ポリッ───サク、サク、サク……!


 んーーーーーー♪


「おいひーー!! ほにぃひゃん、ありがほー!」


 お礼を言う前にパクつくエミリィ。

 口の中をパンパンにして、モッサモッサと齧る。

 

 冒険者御用達の保存用ビスケットは、そのままだと硬くて歯が立たない。

 なので、ビィトは下処理として───ほんの少しだけビールに浸しておいたのだ。

 

 それを自分も一つパクリと食べる。


(お───♪)

 イ~イ感じに柔らかくなっており、それでもしっとりとした硬さを保っているため、サクサクとしたクリスピー感も楽しめる。

 

 ジャム類はダンジョンに潜る前にエミリィが買い込んでいたものだ。


 幾つかは「鉄の拳アイアンフィスト」のリーダーによって背嚢ごと破壊されてしまったが、いくらかは残っていた。


 せっかくなので甘いもので疲労回復しようということで大盤振る舞い。


 ブルーベリーや、アプリコットにリンゴの優し~い甘さが体に滲みる。


「プはッ……! ん~~~~~。おいひ~~~ねッ!」


 モリモリ。サクサク!!


 器に盛ったビスケットがドンドンよエミリィのお腹に消えていく。

 ブルーベリー、アプリコット、リンゴ、木苺……各種ジャムに加えて───。


 風味豊かなラードにバター。

 そして、つうな人好みのレバーパテ。


 瓶詰にしているおかげで、どれも風味が損なわれていない。


「……あんまりお腹に詰めると、あとで動けなくなるから、ほどほどにね」


 ビィトの分もあるんだけど、エミリィは遠慮なしに「全部食べゆ──」って感じでガツガツ食べていく。


 君ぃ……。

 ジャムとか、バターとか、全部試す気でしょ。


 うーむ。

 ちょっと遠慮しなさいよー。


 な~んて思っているうちに、あっという間にエミリィに食べ尽くされてしまった。


「んぐんぐんぐ……ぷはー♪」


 最後にワインで喉を潤すと、ケプッ───と可愛いオクビを漏らすエミリィ。


 うん……。

 オッサンかね、君は!


「だ、大丈夫? 急にドカ食いしちゃ、お腹壊すよ?」


 ビィトが何か言う隙も与えぬほど、気持ちいくらいに完食したエミリィ。

 まぁ、この子に限って早々お腹を壊すとも思えないけどね……。


 なんせ、ちょっと前まで主食がかびたパンだった子だし。お腹は人一倍強そうだ。


 あ、でも───そういえば……。

 一度、目の前で盛大にやらかしてくれたっけ……?

 

「ふぅ、ごちそうさまー……。あー美味しかった!」


 ニヒヒと、悪戯っぽく笑うエミリィ。

 食べるの大好きっ子なだけあって実に正直だ。


 ビィトが食事量については特に注意しないことを学習しているらしい。


 もっとも、ビィトもエミリィのお母さんじゃないので、一々口うるさく言うつもりはない。

 

 ビィトとエミリィは仲間であって、保護者ではないのだ。

 仲間のやることに意見は出しても、注意も指摘もしない。

 お互いに、尊重し合うものだと思っている。


「じゃ、人心地つけたら……ここに向かおう。多分、ここにいると思う」


 ビィトは地図を広げ、目星をつけている場所を指し示した。

 そこは現在地からかなり離れており、牙城の中でも目立たない場所だった。


 牙城が城として機能しているなら、国の要人が隔離されていたり、幽閉されたりするであろう場所だ。


 つまり、離れの尖塔───。


「と、遠いね……」


 煙突を伝って行ったとしても、かなりの距離がある。

 オーガを避けながら行くのは至難の業だ。


 牙城内も、まだまだ騒がしい。


 ビィトたちが激しく戦闘したため、オーガどもが興奮し、その勢いが波及するように活発化しているのだろう。


「……大丈夫。俺達ならいける────きっとジェイクたちのもとまで、たどり着いてみせる」


 力強く頷くビィトにエミリィもまた頷き返す。


「うん!───お兄ちゃんが言うなら大丈夫だね! 先導は、私に任せて!」

「うん! お願いするよ。今度は油断もおごりもしない。……俺もちゃんと警戒するから」


 一度、失敗した。

 だからって悔やんでもしかたない。

 ───二度目は失敗しないようにすればいい。……それだけさ。


 それに、オーガたちとの戦い方も分かってきた。

 ───奴らはすさまじくタフだが、魔法耐性が低いらしい。

 じつに、炎も氷もよ~く効く。


 だが、炎は連中を引き寄せてしまうため却下。

 そもそも一撃食らわせても、しばらくは平気で突っ込んでくるような連中だ。

 火だるまのオーガに抱きつかれるなんてゾッとしない……。


 そんなもんだから、危なっかしくてしょうがない。


 ───それよりも氷だ。


 エミリィの機転のお陰で、氷魔法の有用性に気付くことができた。


 そして、氷なら全身を凍らせることは不可能でも部位欠損状態にできる。

 連中の突進速度を生かせば、さらにダメージを与える事も可能。


 いける。

 行けるさ!


「───行こうッ、エミリィ!」

「うん!」


 ガシリとビスケットの粉だらけの手をつなぐ二人。

 どちらともなく、フフフと笑い合う。


 まだまだパーティを結成したばかりだけど、連携だっておぼつかない所もあるけれど……。

 信頼しあった、たった二人だけのパーティだ。


 でも、エミリィとならビィトはどんな困難にも立ち向かえそうな気がする──。

 そして、もう一度…………あのジェイク達の前に立つことも出来る────!


 もう少しだ。

 待っててくれ、ジェイク……!


 コクリと頷きあうと、エミリィは慣れた様子で煙突に潜っていった。


 その後を追い、彼女の張ったガイドロープに掴まりながらビィトは再び牙城の奥へと向かう──。




 牙城の離れへと──────。

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