第68話「なんてこった、一息つけそうだ……」
「ふぅ……何とか逃げられたね」
エミリィも汗だくになりつつも、ビィトよりは余裕そうにニッコリとほほ笑む。
一方でビィトは上を見上げる事が出来ずに、一人モジモジとしている。
だ、だって見え───……そうかも。
「う、うん……。エミリィは凄いね」
「?? どうしたの、お兄ちゃん??」
なぜか目をあわせないビィトを訝しがるエミリィ。
けれども、仕事は仕事。
「な、ななな、なんでもないよ。……は、はやく上にいこ! ね!」
「ん───? うん。……結構高いから少し待っててね」
ヒョイヒョイと、軽業師の様に煙突の中を進んでいくエミリィ。
しばらくすると、目の前にパラリとロープが降ってくる。
「───あと少しだよー! 登ってきて」
エミリィの声を受けて、ビィトは再び登攀開始。
もちろんロ―プと釘の回収も忘れない。
ギュリギュリとロープを軋ませながらも、人間が通るにしては巨大な煙突を潜っていく。
そうして、ようやくたどり着いたのは比較的広い空間だった。
多分、牙城の集合煙突───その基部だろう。
「───ぜぇぜぇ……。き、キッツイなーこれは……」
隠れ場所としては優秀だが、こんなに苦労しないと出入りできないような場所は、流石に隠れ場所としては無理がある。
ここにはジェイクたちはいないと確信だけはもてる───多分……、
「──えっと、リズさんたちがいた痕跡はないみたい」
おお、さすがエミリィちゃん。
ビィトの言わんとすることを察知していたらしく、既に探知を終えていたようだ。
もっとも、遮るものもない空間だ。
ここにいれば、探知をしなくとも一目でわかる。
「……そうか。残念───」
見渡せば、どうやらここは牙城内の煙突を一カ所に集めたものらしい。
たしか……集合排気管といったやつか。
「だけど、偶然とはいえここにこれたのは
「へ?」
薄暗い空間でエミリィは首を傾げる。
本来、煤だらけで息をするのも困難な空間なはずだが───、牙城内は実際に城として機能していない。
城内に火の気がないことからも、オーガ達は生息こそしているものの、牙城の設備の使用方法を知らないようだ。
つまり、ここで文明的な生活しているわけではないのだ。
「えっと……?」
ビィトが何を僥倖と言ったのか分からないエミリィ。
「うん……。見てよこれ。───多分、ここならほとんど部屋に通じてると思うんだ」
たくさんの穴───各部屋の煙突に繋がる穴を指さすビィト。
なるほど……。
城の構造上、煤煙を集中排気しているなら、暖炉や竈などを備えている部屋にはほとんど全て通じているはずである。
ただ、牙城の規模は広大なので、同様の施設がいくつかある可能性もある。
また、独立した尖塔や、牙城の
そのため、ビィトは牙城のマップと脳内の立体地図などの記憶と繋ぎ合わせて、煙突を備えている部屋を思い出していく。
「んー…………。うん! 目星をつけている部屋はいくつかあるけど、やっぱりほとんどの部屋に通じていると思う」
やたらとモンスターの通行が多そうな部屋やら、オーガの溜り場となっていそうな場所を排除していくと、独立した尖塔部分を除きすべてに行けそうだ。
「ほんと?!」
「うん。これを見て、エミリィ」
ギルドで貰った地図を広げて明かり魔法を付けるビィト。
ギルドの地図はかなり大雑把で詳細がぼやけているものの、なんとか牙城内の地図らしきものも付属している。
とは言え、牙城内は未だ未踏破のダンジョン故、───情報は少ない。
そもそもが、ほとんど「
ビィトには、ギルドでもらったこの地図以上に鮮明に描くことができる。
そのためか、ぼやけた地図の上に脳内の地図をプロットできるので、あたかも───まるで詳細な地図も幻視しているようだ。
そして、
「───多分、ここと、ここと……ここ」
ぼやけた部分を書き足しながら、捜索場所を絞っていくビィト。
エミリィは、ふんふんと真剣に聞いている。
「───で、このうちどこと繋がっているかは大雑把にしか予想は立てられないけど、」
グルっと周囲を見渡すと、ビィト達が昇ってきた煙突のように部屋中、沢山の穴が開いている。
あれらが多分、それぞれの煙突部分に繋がっているのだろう。
「城の構造上、なるべく直線を描くように作られているはずなんだ」
煙突はやむを得ず作る場合以外、基本は直線で作るものだ。
その特性を考えつつ、
そうして、地図中に薄ーーーく四角の部屋を書き込み、そこから直線をのばして捜索場所の部屋に繋げていくと───。
ギルドでもらった地図にたくさんの補助線が書き込まれていく。
直線やら、点で描かれる立体……。
点線だけで四角く描いたのは、地図に載らない現在位置──つまり中空にある隠された集合排気管の位置だ。
伸ばした補助線は各部屋から繋がる煙突。
「わぁ! すごい……!!」
ビィトが描いた地図に合点がいったのかエミリィが尊敬のまなざしでビィトをみつめる。
お、おう。
慣れてるんだけど、これくらい冒険者ならできるやつは多い。
むしろ、これ『盗賊』なんかが本職なんだよ。
だから、手離しに誉められるとね。
うん。
……恥ずかしいからやめて───。
「誉めすぎだよエミリィ。───そ、それより……。えっと、ほら、ここらへんを捜索したらかなり範囲は絞れるんだ」
補助線と繋がる部屋は多い。
それを除けば、あとは独立した尖塔部分か。
ここは通路が狭いため、護りに容易でかつ───わざわざオーガも近づかないという好立地だ。
……潜伏することに前提にして、その目的に特化してなら、だけどね。
だから、ジェイクの考えを読むとすれば、牙城の奥───そこにある尖塔部分だ。
そう、……本音で言えばここが大本命なのだ。
常識に照らし合わせるなら、ここは潜伏場所としては不向き。
なにせ、一番遠いうえ、オーガの溜り場も多い。
何より救助隊が来た場合に発見されづらい場所だ。
(いや……。だからこそ、ジェイクならここを選ぶだろうな)
地図に描かれた尖塔部分をそっとなぞる。
「生きていてくれよ……」
「お兄ちゃん?」
ビィトの呟きが聞き取ったのか、エミリィは不思議そうな顔をする。
「うん……。なんでもないよ────じゃあ、ここから捜索しようか」
妙に神妙な顔つきになっている自分に気付き、ビィトは無理やり話題を変えて捜索に行こうという。
エミリィは何か言いたそうにしていたが結局は何も言わず、黙って器材を揃え始めた。
ロープ。
太い釘の様なもの。
そして、いつもの七つ道具に、腰に闇骨ナイフを一振り。
背嚢はこの場に残置するらしい。
「エミリィ?」
「──お兄ちゃんはここで待ってて」
え?
「場所が分かってて、煙突から行ける範囲なら、私一人で言った方が早いし、確実だよ?」
エミリィはそう言うが早いか、手早く装具を整え、釘を打ち付ける。
「ちょ───……エミリィ?!」
慌てたビィト。
だがその様子を尻目に、ビィトが目星をつけた煙突に潜り込んでいく。
「ま、待って……! 一人じゃ危ないよ!」
「大丈夫。煙突の中からでも探知できるし、お兄ちゃんが来ても、何もできないと思うよ」
───うぐ!
そ、それは確かに……。
でも、
「うん……一人で行くなっていうのはわかるよ。───心配してくれるのも嬉しいけど、」
エミリィは一拍置くと言い切った。
「──私を信用して!」
ね?
そう───意志の強そうな目線に射抜かれるビィト。
だけど……、
「お願い───。ね?……無茶はしないから」
そう言われてしまうと、ビィトには何も言えない。
実際、目星をつけた部屋に直通でいけるなら、ビィトが同行したところですぐには役に立たない。
ジェイク達を発見してからならともかく、捜索だけの段階ではビィトは完全に戦力外なのだ。
「……………わかった。でも、危険だと思ったらすぐに戻ってきて」
「うん! ありがとう!」
美しい笑顔を向けるエミリィに、ビィトはもう本当に何も言えない。
(あ、ありがとう──は、こっちのセリフだよ)
無責任かもしれないけど、ここはエミリィに任せよう。
それが彼女への信頼にもつながるし……実際、信頼している。
ついていきたいというのは、ただのビィトの我儘でしかない。
……ちっぽけな、男のプライドという奴だ。
だから、そんな唾棄すべきものに縋るつもりもないビィトは、後ろ髪を引かれる思いを抱えつつも煙突に消えていくエミリィを見送った。
……エミリィなら大丈夫。
大丈夫さ。
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