第65話「なんてこった、防衛ラインを敷けッ」

 おらぁぁぁぁあああ───!!!!


 ビィトが気合いとともに、『火球』をぶっ放すッ!


 魔法が効くとか効かないは、二の次だ。

 こいつは、ただの牽制でしかない!


 せいぜい、嘆きの谷のゴブリン程度なら効いたが、さすがにオーガにはあまり効果はないだろうと思いつつも弾幕を張る。


 火に、ビビって怯えてくれれば儲けものだ!


「うらぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 魔力充填量最大、練り込まれた魔力にさらに熟練度による高温化!

 熱い、熱ーーーいビィト特製の火球だッ!


 こいつは、何度も雑魚相手に撃ちまくったことのあるビィトの得意玉。


 何発でも───撃ちまくりの、打ちまくりの、射ちまくりだぁぁあ!!


 ポポポッ!

 火の掌に火球の種となる魔力が次々に集まり、赤く熱く染まっていく。

 そいつを間髪いれずに───発射ぁぁあ!



 パパパパパパパパパパパパパパパッッ!



 まるで息をするかの如く、意識せずとも放てるほどに慣れた魔法。

 それが真っ赤な炎の尾を引きながらオーガの群れに連射される。


 オーガに向かって飛んでいく火球を見送りながら、願望とも切望ともつかぬ呟きを、


「……ちょっとでも火にビビッてくれれば、それでいい────」

 

 キュボン!!


「「ぐるぉぁぁあああああ!?!?」」

 

 群れに飛び込んだ『火球』が真っ赤に燃え上がる。


 …………信じられないことに、直撃を受けたオーガが一瞬で火柱に包まれた。


「「ぐるぉぉぉおおおおお──……!!」」


 炎の塊となったオーガが数体、燃えながら転げまわる。

 その様子に恐怖したのか、オーガの群れの先頭がピタリと停止した。


 あ、あれ???

「……う、嘘ぉん?! 火球、めっちゃ効いてるぞ──……?」


 ど、

 どういうことだ?


 「悪鬼の牙城」のオーガも、嘆きの谷のゴブリンの様に魔法耐性が低いのだろうか?


 そう考えるうちにも、次々に発射される火球がオーガの群れを焼いていく。


 炎上し、ジタバタと暴れるオーガを見て、

「やっぱり!───……コイツら魔法耐性が無いんだ?!」


 ビィトの呟きに、エミリィが怪訝な顔をする。


「はぇ? な、何言ってるの!?───お兄ちゃんの魔法が、凄い威力なんだよ!」


 ん?

 エミリィちゃんこそ何言ってるの……。


「──違うよ。だって下級魔法だよ、これ」


 余所見しながらも、ポンポン撃ちつつ首を傾げるビィト。

 高熱を放つ「火球」がオーガの群れに次々に突き刺さっていく。


「……ッ、ぐるるぉお!!」

「がぁぁあ─────!!」


 その度に燃え上がるオーガたち。


 さすがに、その被害に驚いたのか連中の動きがパッタリと止まる。


 ……ありゃ??


 唖然としているビィトに、エミリィは頭を捻ってウンウン言い始める。


「えーと、うーんと──下級魔法って……。う~んんんん、わ、私も魔法に詳しくないから何とも言えないけど、」

 ……多分、何かが違うよ?───そうエミリィは言った。


 いやいやいや。

 ───エミリィちゃんや、たまたまだよ。


 たまたま……!!


 しかし、意外だったな。

 牙城のオーガが魔法に弱いだなんて……。


 いや、もしかすると火魔法だけなのか?


 極端に火に対する耐性が弱く、それがためにこのダンジョンで火の気を察知すると襲い掛かってくるのかもしれない。


「ふむ……? 火魔法が思いのほか効くみたいだね」

 とは言え───ま、偶然かなー。

 そもそも、下級魔法で攻略出来たら苦労しない。


 そう言いつつ、エミリィの疑問顔に苦笑するしかないビィト。


「う、うん……そうかも? だ、だけど、『火球』ってあんなにデッカイ火柱が上がるものかな?」


 ん?

 ……たしかに。


 直撃をうけたオーガは、一瞬で火だるまになっている。


 ────まるで着火剤だ。


「なんだろう? 連中は全身に油でも塗りたくる趣味でもあるとかかな?」


 実際のところは分からないけど……。


 ダンジョン内の生物にも生活があるのは「嘆きの谷」のゴブリンの集落からも分かる。


 ならば、ここのオーガにも生活と文化があり、彼らはアリゲーターフィッシュや、食べた冒険者の遺骸から油脂でも塗ってるのかもしれない。


「──でも、これなら凌げるかもしれない!」


 火魔法が効いたのは僥倖ぎょうこうだ!


 『火球』なら何発でも撃てる。

 直線距離から突進してくるだけのオーガくらい、何匹来ようと物の数ではない!


 おらあぁぁあ!!!

「───いっけぇぇぇええ!!」


 火球を連射!──パパパパパッパ! と、小さな火の弾が命中し、オーガどもを次々に焼いていく。

 

 そして、たまに小爆破を織り交ぜて、連中の突撃を破砕する。

 火球自体は直進するも、面の制圧効果はない。

 だから、小爆破で緩急をつけてやるのだ。


 しかし、それでも圧倒的な数の暴力はジリジリと迫りつつある。

 おまけに、何体かは確実にビィトの射線から逃れてきた。


 その鼻先に闇骨王の杖で強化した小爆破を撃ち込み、奴らの足を止める。


 火球! 火球! 火球! 時々小爆破だ!


 どれも、これも、直撃すれば儲けもの!


 実際に何体かのオーガが直撃を受けて、もんどりうって倒れている。


 それらをすり抜けてくる個体だけをエミリィが狙うのだが、今のところ取りこぼしは無し!


「さっきのオーガも、さっさと火球で仕留めれば良かったかな……」

 ちょっと前の苦戦を思い浮かべると、

 バタバタと倒れていくオーガを見ながらそんな感想を漏らすビィト。


 巨体の焼ける悪臭がここまで漂ってきそうだ。


 いや、……漂ってくる。


 ………………え?

 ここまで匂いが…………くる?


 匂いがくる?……ってことは、

(嘘だろ……?! あ、アイツら、あれで動いてるのか──?)


 そして、牙城内を明々と照らし、炎に包まれ、猛烈な熱気を伴ったオーガがジリジリと、近づいてくる。


 あ、あれれ?

 ちょ……!

 ば、バタバタと───た、倒れ……。


「そ、な、……こ?」


 な、なんだコイツら!?


「お、おおお、お兄ちゃん……アレ──!」


 エミリィが指さす方向──……いや、それを見るまでもない。

 メラメラと燃え盛りながらも、連中……起き上がるッ!


 な、

「なんてこったッ!!」


 ま、マジかよアイツら!

 道理で全然オーガからの圧力が減らないと思ったら……!


「ッッ!───ぐぉぉぉぉぉぉお……!!」


 焼け付き、

 焦げ付き、

 燃え盛りながらも───オーガは突っ込んでくる!


 あぁ、あぁ、そうさ!

 見た目どおりのオーガ!

 タフさだけはある連中だ……!

 

 こりゃまずいぞ!


「───や、やばい!! これじゃ、炎の塊が突っ込んでくるようなものじゃないか!」


 連中のタフさを舐めていた。


 さっきの戦いも、

 門番戦でも、頭部をぶっ飛ばすか急所を突かない限りは、そう簡単に止められないと知っていながら、だ。


 なるほど……。

 ど、道理でこのダンジョンを火魔法で攻略しないわけだ。


 連中、少々の魔法攻撃ならゴリ押ししてきやがる!


「───え、エミリィ! 援護を……!」


 さすがに連中も燃え盛りながらは、いつも通りというわけにもいかず、フラフラとした足取りだ。


 だが、明確に敵意を向けてくるあたり、さすがはモンスター!

 さすがはオーガだ!


 その足取りは、迷走しつつも確固たるもの。


 死に体しにていとは言い難く、ビィトを仕留めんとする意志を強く感じる。

 

「お兄ちゃん退いて!───ッてぇぇい!」


 カシュン────……!


 エミリィの放ったボウガンの矢が先頭をフラフラと歩くオーガの脳天を直撃し、一撃で意識を掠めとる。

 ドゥ……と倒れた背後からも、まだまだ燃え盛るオーガの群れ!


 だが、それ以上に……!


 エミリィの援護!

 ビィトの魔法攻撃!

 それらがありながらも、オーガは迫りくる!


 なぜなら、

「───しゃ……射線が遮られて後続が狙えない!」


 死兵となったオーガが何発も直撃を受けつつもビィト達への通路を啓開していくのだ。

 いくらかあった距離も、徐々に埋め尽くされ、無傷のオーガが燃えるオーガの背後から続々と集まりつつあった。

 

 さらには城全体を揺るがさんばかりの振動!


 燃えたオーガの匂いと炎の気配に、牙城中のオーガが気付いたのかもしれない。


「ほ、本気でヤバイ!」


 これはヤバイかもしれない。このままだと押し切られてしまう!


「え、エミリィ! 連中の第二波が来るかもしれない!」

「う、うん! わかってる────どんどん増えてる!」


 やっぱりか……!

 派手な音と火の気配は厳禁────……もう、学習したよ!


 ──くそぉ、これ以上は無理!

 もう、いっぱいいっぱいだ。


 ……だけど、諦めるわけにはいかない!

「え、エミリィは探知を続行、その間にも弱った奴を仕留めてッ!」


 『火球』が全く効かないわけじゃないんだ。

 だけど、一撃で仕留め切るのは無理ッ!


 現状、メラメラと通路中を埋め尽くす様に燃え盛るオーガが最前列。

 だが、その後方には無傷のオーガが牙を研いでいる。


 なんとか後列にも攻撃を加えたいが、オーガの死兵は図体ずうたいを盾に後方への攻撃を防いでいる。


 もっとも、狙ってやっているわけではないだろうが、結果として盾役を果たしたおり、最前列の後方には無傷の主力が控えている状態だ。


 これは、まずい!

「───エミリィ! 後退戦闘だ! 少しずつ後退しながら撃って!」

「うん!」


 パシュン、パシュン! とエミリィの射撃が的確にオーガの脳天を貫いていき、手負いの最前列をバタバタと倒していく。


 しかし、その死体を乗り越えてウジャウジャと後続が湧き出してきた。


 もう火球は使いたくないが、これしか方法がない!


 小爆破も効くには効くが、致命打を与えるには複数発命中させる必要がある。

 それくらいならエミリィの様に石礫で頭部を狙撃した方がいいだろう。


 だが、動きながらの戦闘で頭部を狙うのは至難の業だ。

 それに敵は一体じゃない。

 複数のオーガが相手になる。


 連射で仕留めても、一体を倒すのにどれほど時間がかかると言うのか……。


「お兄ちゃん! オーガの数は正面に…約50ッ! そこから、距離で1~2分ほどの場所から、それ以上の数が向かってくるよ!」


 な!

 ここだけで50体も?!


 しかも、増援到着まで60秒くらいしかない……!


「わ、わかった! 何とか第一波をここで凌ごう! 時間制限あり───60秒以内に仕留めて、残り60秒で身を潜める!」


「60秒?!」──む、無理無理無理!!!


 エミリィの顔がそう物語っているが、それしか手段はない。

 50体でも倒せるか分からないうえ、それ以上の増援が来れば確実に物量で攻め切られてしまう。


「───大丈夫! 俺達なら出来る!」


 出来る、出来る、出来る!

 ……多分───出来るッッ。


「うー……わかった! 援護するねッ」


 エミリィは不安な表情を押し隠すと、ボウガンの矢を立て続けに発射。

 動きの鈍ったオーガを次々に仕留めていく。


「さて、ここからが本番だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る