第63話「なんてこった、デカイ音をたてちまった?!!」
や、奴が……!
────来るッッ!!
「ぐるぉぉぉおおおおああああ!!!」
傷つき血だらけになりつつも、オーガの闘志は失せていない。
奴は両手を握り込みハンマーを作ると、ビィトとエミリィをまとめて叩き潰そうと飛び上がる。
(ぐ! 俺は躱せても、エミリィが危ないッ────)
エミリィだけなら余裕で躱せただろう。
そして、ビィトだけでもなんとか躱せただろう。
だけど、今は体勢も悪いしお互いが邪魔で逃げるに逃げれない!
くそッッッ!
(げ、迎撃するしかない───!)
エミリィも同様の考えらしく、スリングショットを引き絞っている。……いるも角度が悪すぎる。
しかもビィトの身体が邪魔で十分に引き絞れないらしい。あれでは大した威力は出せないだろう。
「クソッッ! 静かに仕留めるどころじゃない」
石礫は貫通力はあっても
仮に奴を仕留められたとしても、空中にいるオーガの一撃は余すことなくビィトに降り注ぐだろう。
最後の瞬間まで───。
それは、水矢で迎撃したとて同じこと。
奴の勢いは止められない。
風刃では、威力不足…………。
──ならば?
ならば、衝撃力でとめるにはこれしかないッッ!
「エミリィ! 耳を塞いでッッ」
「え?! 目───耳ぃ?!」
ビィトの片手にキラキラと魔力の光が集中する。
石礫に続いてお得意の魔法────小爆破だ!
はぁぁぁああ!!
「───ぶっ飛べぇぇえええ!」
オーガがジャンプし、足先からパラパラと埃が舞いたち、ゆっくりとスローモーションのように動いている視界の中。
勢いのまま、ぐぁぁぁああ────……と、背景ごと迫るオーガ。
そいつに向かって、ビィトは魔力の籠った手を
闇骨王の杖を構えることも出来ずに、いつもの如くの空手射ちだ。
食らえッッ!
───ズッッッドォォォオン……!!
「ぐるぅぁあッ!!」
空中で小爆破の直撃したオーガ。
奴は、見えない壁に当たったかのように、一瞬静止し──軽く後ろに吹っ飛ぶ。
ズッッシィィイン……!!
オーガがぶっ飛んだ先では埃が舞い上がり、その埃が衝撃派のように波打っていた。
直撃をくらった野郎はといえば、さすがに図体がデカくジャンプの勢いもあったため、遥か彼方にぶっ飛ばすとまではいかなかった。
だが、それでいい!
奴の渾身の一撃は防いだ!
……しかし、その余波は余りにも大きい。
大き過ぎるッ!
やっちまった……。
「くそ────今のは、絶対周囲に響いたよな……!? あー、響いたに決まってる!」
くっそー!!
連中大挙して押し寄せるぞッ。
「エミリィ! 立って」
中途半端な姿勢でスリングショットを構えていたエミリィ。
彼女は至近距離で響いた爆音に耳をやられたのか、ホンの数刻だけ目を回している。
可愛らしい表情で、目玉がクルクルのバッテン状態。
(──って、それどころじゃない!)
「起きて!……しっかりして!」
軽くその頬を
ビィトとて、閉鎖空間で響いた爆音に閉口していたが、普段より慣れている分──いくらかはマシだ。
「ほら、エミリィ! 早く立って!」
エミリィは、フラフラしつつもなんとか自分の足で立つが、
「はぅ~~~……」
はうー、じゃないよ!
は、はははは早く────。
オーガの反撃が……。
「──ぐるるる……!」
こ……、コイツ!?
今しがた直撃を食らわせたオーガは胸の筋肉を大きく露出させ、ボタボタと鮮血を滴らせている。
だが、致命傷ではないらしく、しつこく立ち上がる。
やっぱり一発じゃ無理か!?
咄嗟の魔法行使は魔力の充填も不十分。
威力に乏しい小爆破ではタフなオーガ相手に一発で倒せるはずもない。
(もう一発食らわせるか? どの道、周囲の連中には気付かれたに違いない……)
違いないけど、もしかして連中───まだ気付いてないかもしれないぞ?
……確信も持てずに、ここでさらに盛大に音を立てる必要があるか?
それよりも、エミリィに仕留めてもらったほうが確実────……あ、ダメだ。まだ目を白黒させてる。
「お、おにいちゃん────そこどいて、」
キリリ……と、ふらつく足取りでエミリィはスリングショットを引き絞るも、狙いは定まっていない。
「いいエミリィ! 俺がやる────君は周辺の探知を!」
エミリィには、今の「小爆破」を使ったことによる影響を調査させることにして、ビィトはなんとかこの一体だけでも仕留めようとする。
──今度こそ接近戦だ!
なんとか、白兵距離で仕留めて見せる。
闇骨ナイフは、さっきのオーガに食い込んだままで手元にはサイドアームすらない。
だけど、腐っても魔術師ビィト。
器用貧乏と言われただけのことはあり、魔法のレパートリーだけは豊富!
抜き手を手刀の形に構えると、うっすらと魔力を纏わせる。
武器を失った魔術師最後の抵抗と言われる「
本来、肉弾戦が苦手とされる魔術師が、魔力の限界値に達し──ろくな魔法も撃てず、サイドアームすら失ったときに使う「無いよりマシ」程度の護身魔術。
名前の通り、魔力の刃だ。
ようするに、魔力を放出せずに、手の周りに纏わせて薄い刃を形成し切り裂くもの。
こいつの特徴は、土や風属性でも、水属性でもないので──あえていうなら無属性になる。そして、この刃は、基本……切れ味がすこぶる悪い。
だが、それはやりようだ。
魔術師が最後の最後で使うからそうなるだけ。
属性を纏わせずにギリギリの魔術でつかえる程度にまで魔力の消費を落とし込んでいるのだから、切れ味が悪くなるのはあたりまえだ。
ビィトは、魔力に余裕のある段階で「魔力刃」を使えば、かなり汎用性が高く使えることを知っている。
もっとも……汎用性が高くとも肉弾戦に慣れない魔術師では児戯に等しい短剣術。
わざわざ使うメリットがないのが現状だ。
今も手に纏わせている「魔力刃」は、申し訳程度の長さ。
それは、刃上の輝きが指二本分くらい伸びているくらい……。
普通に武器を使った方が強いし、リーチも長い。そのため、ビィトも滅多に使うことはなかった。
だけど、
「そうもいってられないよ──な! ッと」
言い切る前に、一気に肉薄するビィト。
その様子に驚いたのはオーガだった。
さっきまで、チマチマと小賢しい攻撃ばかりしてきた人間がいきなり懐に突っ込んで来たのだ。
驚愕と言っていい程、目をおおきく見開くもさすがはモンスター。本能だけで反応して見せる。
驚きと全身の怪我のため一挙動遅れるも、ビィトを迎撃せんと真っ向から立ち向かうらしい。
「今度こそ!」
「ぐるぉあああ!!」
しょぼい魔力刃を武器に突っ込んできたビィトに、オーガは仁王立ちで迎え撃つ。
───拳を、後ろ溜めに構えるとぉぉ!
腰を深く落としての、…………正拳突きィィッ!!
「──って、くると思ったぜ!」
魔力刃はブラフ!
本命はコッチだ!
右手に纏わせた魔力刃に注意を引きつけたビィト。
オーガの動きを先読みし、魔力刃のリーチ外からビィトを打ち据えようとすると予想。
だから、ビィトはリーチを伸ばしてやった。
──こうやってな!!!
「右手は囮だよ──!」
シャキン!
ビィトが後ろ手に隠していた、闇骨王の杖。
そこにも同じく魔力刃を纏わせると、かの杖の効果により、最大限の効果を発揮──さらには、ビィトなりに魔力を練り込み、ダメ押しに魔力の最大量まで充填!
槍の穂先の様に鋭くとがった「魔力刃」が、闇骨王の杖の先端にあらわれて、オーガの正拳突きを横合いから斬り飛ばす!
「ぐぉぉああ?!」
ブシュウゥゥゥ……。
鮮血がほとばしり、奴の腕が勢い余って前方をすっ飛んでいき、エミリィの間近に着弾。
「きゃああ!」
彼女の悲鳴を聞きつつも、無事だと判断しビィトは追撃に移る。
その
「貰ったぁぁぁあ!」
槍の心得などないビィト。
だが、見よう真似で右手を伸ばし、杖を両手で握り込むと、まさに槍の如くオーガに突き出す。
素人丸出しの構えだが、当たれば無事ではすまず────……!
ズンッッッッ!!!
「ぐ、ぐるぉ……」
ビィトの顔にバシャリと黒い吐血が浴びせられかける。
一撃の元に奴の心臓付近に突き刺さったのは『魔力刃』。
切れ味は鈍いとは言え、ビィトは魔力を充填するとともに、そこに『石礫』同様に高圧縮した土属性を練り込んでいた。
その魔力が、魔力刃を覆いつくして変化させると、まるで薙刀の様に幅広の刃を形成した。
そいつが、オーガの胸を深々と切り裂いている。
それでも、事切れないオーガ。
呆れるほどのタフさだ。
「普通の刃だったら、ここでガシリと掴まれるんだろうけどね」
ピクリとオーガの顔が歪む。
人間の言葉が理解できるのかどうかは知らないが、ビィトに思考を先読みされたことに気付いたのだろう。
実際、ビィトの腕を杖ごとつかみ取るため、胸の筋肉に力を入れて、刃を抜けなくしてやろうと画策していたらしい。
だが、あっさりと杖に形成された刃は消える。
魔力の刃だ。
魔力の供給を立てば、当然霧散する。
そのため、オーガの傷口はポッカリと空き、その穴───心臓付近からドバドバと鮮血があふれ出した。
それを躱しつつビィトが一歩下がると、そこにオーガの腕が伸びる。
「ぐ…………が!」
「ウォッ───とと、タフだな!」
間一髪で掴まれずに済んだようだ。
もし本当の槍だったら、筋肉に埋もれて刃が抜けなくなり、ビィトは最後の一撃を頂戴することになっただろう。
しかし、それもかなわず──オーガの腕は虚しく宙を掻き、それと合わせて奴がガクリと膝をつく。
いくらタフでも、致命傷を負ってはそう長くない。
「悪く思うなよ────」
今一度、「魔力刃」を形成すると、顔を起こしたオーガの脳天目掛けて振り下ろした。
ボン!!……ゴン、ゴロ……。
身体強化を含めて渾身の力で振り下ろした刃は、オーガの顔を真っ二つにして左右に切り落とした。
これでようやく一体────。
「ふぅ……。音も火も出せないってのは結構しんどいぞ──」
不期遭遇であったとはいえ、思いがけない戦闘で随分と苦戦してしまった。
これくらいなら、門番戦のほうが楽とすら思える。
実際、門番戦は敵の増援という要素を気にせず戦えたので、いっそビィトらしい戦闘ができたのだが、こと牙城内での戦闘は制約が多すぎる。
さて、……一発ぶっ放してしまったけど、今のところ静かだ。
大丈夫だったかな?
「エミリィ────周囲の敵は……」
クルリと振り返った先、エミリィの顔を窺うビィトは、そこでダラダラと冷や汗を流す顔を見た。
「あ……あ……」
ん?
「エミ────」
「来るッッ!」
え?
「すっごい沢山来るよ!!」
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