◆豹の槍18◆「なんでここまで!」

 ────起きろ、リズ。


 ジェイクはそう言って、小さな薬箱からキツイ香りのする水薬を取り出した。

 それをリズの口に少量を流し込むと──。





「ッッスハァァァァーーーーーー!!!」




 途端に、リズが体を弓なりに仰け反らせて大きな呼吸を一つ……!


「ッッぐぅ! ごほ、ごほッ、ごほぉぉぉ……おぇぇえええ──!!」

「リズ!落ち着け! 大丈夫だ。俺だ! ジェイクだ!」

「ジェイク……さ、ま?」

「……ほら、水を飲むんだ」


 パチャパチャ……と軽く振って中身の残量を確認すると、リズの口に含めていく。

 リズにしては珍しく、貪るようにそれを飲み干そうとする。

「んく! んく! んく! んくッ!」

 ゴクリゴクリとリズの頤が蠢き、

「───それで終わりだ! 飲むなッ」


 ジェイクは、それを無情にも取り上げる。


「あ!──────かふ……ぅう」


 ───げぇぇ……!

 リズが黄色く濁った液体を口から吐き戻した。


 当然、胃のなかは空っぽ。

 ほとんど、水しかでない。


 腐敗した胃液だろうか?


 悪臭がするそれは、酸っぱい匂いをたてており、間近にいたジェイクを不快にさせるも、

「──大丈夫か、リズ?…俺が分かるか?」

「………………は、はい」


 たっぷりと時間をかけて、リズは息も絶え絶えに答えた。

 まだ、焦点は合っていない……。


「そうか……。まずは、聞け────あれから二日経った。……俺たちの手元には何もない・・・・・・・・


「…………はい」


 自ら進んで仮死状態になっていたリズは、ボンヤリとする頭で答えている。

 理解は、まだ追い付かない。


「救助も来ない。物資も奪われたまま……つまり、有り体にいって────限界だ」


「……………………はい」


 限界。

 そう聞いて、明らかに体を震わせたリズ。


 その姿をみてジェイクは気付く。


(──受け答えが遅い?)


 しかも、ジェイクの知っているリズよりも、感情豊かに応えているようにすら感じられた。


 そう、恐怖という感情に───。


 そして、リズはといえば、彼女にしては珍しく、僅かに怯えの混じった目でジェイクを見ている。


 そう。

 あのリズが──怯えているのだ。


 ジェイクへの忠義に厚く、誰よりもジェイクを信頼しているリズが、怯えているのだ。


 例えなにがあろうとも裏切らないリズが。

 ジェイクが死ねと言えば、死ぬだろうリズが。──そのリズがジェイクに怯えている。


 なぜ?

 何があった?


 ジェイクにもリズにもわ分からなかったが、もしかすると、仮死状態になったことで脳に異変でもあったのかもしれない。


 リズの強靭な精神を破壊するほどの負荷。

 そして恐怖。


 ……それほどに、仮死状態を維持するのは危険なことなのだ。


「───俺達はもう限界だ。だから…………すまんな。リズ」


「あ、ぅ。は……………………はい」


 ビクリと体を震わせるリズ。

 自分の身を守るように、キュっと目をつぶり体を抱き締める。


「大丈夫だ……。すぐ、済む────その前に、」


 そうだ。

 まだだ……。







「脱げ──────」







 ビクッ! と最大限に体を震わせたリズは、恐る恐る目をあけジェイクを見る。

 そして、ジェイクはその目を真っ直ぐに見据えた。


「───お前のことは嫌いではない……。嘘じゃあないぞ?」


 そう言いって、シュルリとズボンのベルトを外しリズに迫る。


「お前のが一番なんだ──……わかるな?」

「ぁ…………は、はい。え、ええ?!」


 ベルトをタユンと揺らしながらリズに迫る。

 それを少しだけ後退りして逃げるリズ。


 だが、仮死状態から覚めたばかりで体が動かないうえに、ガタガタと震えが止まらない。


「リズ──────」


 ジェイクはリズを壁に押し付けるように追い詰めると、その頭を優しく撫で、

「どうした? 早く脱げ」


「い、」


 プルプルとリズが弱々しく頭を振る。

 だが、

「……………………早くッ!!」


 ヒッ!


「わ……わかりました!」


 これが、あのリズ?

 以前の無表情のリズとは思えない有様。


 ───これでは、まるで無力でか弱い小娘……。


 だが、それらを押し隠してでもリズはジェイクに尽くす。


 カチャカチャと彼女の装備品であるハードレザーの軽鎧を脱ぎ、肌を守るピッチリとした革のツナギも脱いでいく。


「それでいい────」


 ジェイクは自分の革のベルトをストンと落とすと、リズにジリジリと迫る。


 それを目をつぶって震えながらも受け入れるリズ────。


 次に何をされるのか、彼女とて知らぬわけではない。


 だから──────。

 「ビィ…………」思わず、口をついて出そうになる想い。


 ジェイクには聞こえない。


 そして、






「何をしている? インナーは着たままでいいぞ?」

「え……?」





 ジェイクは床に置かれたリズの皮鎧などをベルトで一纏めにする。


 その後では、なぜかインナーに手をかけ始めたリズがいて、


「何のつもりだ?……これで十分だ」


 そういって、服を脱ごうとした彼女を止めた。


「じぇ、ジェイク様?」


 自分はベルト一本だけ外し、それ以外は何もせずリズの装備を担いだまま潜伏場所をでていくジェイク。


「あの──……」

「寝てろ。……俺も、もう少し足掻いてみるさ──」


 そう言い置くと、近くで鍋に湯を起こしていたリスティの下へ行った。



 ドクン……。

 ドクン……ドクン……。



「………………ふぅぅぅ──」

 深く深くため息をつくリズは、ぎゅうううと、自らの身体をキツクキツク抱締める。


 心臓が大きく跳ねている。

 凄まじい恐怖のあとに感じる過剰な心臓の動き……。


 こわい……、

「──こわい……怖いよぉぉ」


 皆の目が怖い。

 匂いを嗅ぐリスティ様が怖い。

 喉を鳴らすジェイク様が怖い。


 皆が怖い……怖い、怖い……。


「────────ビィトさま……」


 そっと、背嚢を引き寄せ、中から『虫の知らせ』を取り出し抱締める。


 パーティを追放されたが残していった唯一の繋がり────最後の希望。


 そして、リズの宝……。


「──………けて」


 地獄のような匂いの漂う潜伏場所の奥で膝を抱えてリズは一人震えていた。

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