◆豹の槍17◆「なんでこんなことを!」

 空腹を感じつつもジェイクは少しばかり血の気が戻ってきたことを実感していた。

 腹に貯まったような何か──。


(あれか…………)

 口に蘇ってきたあの泥のような味。

 つまりは、オーガの死体を口にして、多少は血が腹に入ったのだろう。


 ……あれを腹の足しにと言うのは気でも狂ったとしか思えない所業だが、多少なりとも動けるようのは事実。


 その機会を逃さず、ジェイクは作業を開始する。

 動けるうちに、まずは死体の処分だ……。


 苦労して狩ってきたものを、また苦労して捨てにいく。

 ……もはや、自分でも何をしているのは分からない。だが、これを怠ると腐敗臭と血の匂いでオーガをおびき寄せてしまう。


「くそ! 固いな……」


 刀を振いオーガを切り分けていく。

 そして、なんとかかんとか解体し、小分けにしたオーガを袋に詰めていく。

 その死体をオーガ連中の仲間に見つからないように牙城の窓まで持っていくのだ。


 周囲を警戒しながら、袋を担いでなるべく遠く離れた場所まで移動する。


 まるで夜盗のようにコソコソと──。


 潜伏場所から、そこそこの距離を取ったなら、ジェイクは壁蹴りの要領で登っていく。

 酷く高い位置にある窓に、なんとかよじ登るとそこから中身を地底湖に投げ捨てた。


 ボチャン、ホチャン! という音にオーガどもが反応しないか心配だったが────幸い動きはなく、杞憂に終わったようだ……。


 眼下では激しく水面が泡立ち、アリゲーターフィッシュどもが投げ捨てた肉を貪り食っているのだと予想がついた。


(あんなものが食えるのか……羨ましいぜ)


 人間様はオーガを食えるようにはできていないのさ。

 他のもの・・・・なら食えそうなんだけどな……。


 食べることに意識を集中すると、たちまち飢餓感に襲われる。


 もう、何日も……虫しか食べていない。

 それもここでは僅かしかいないのだ……。


 なにもかも、なにもないダンジョン!


 くそぉ!

 ────せめて火が使えれば……。


(そうとも、まだある。まだ食える物はある!……もう少しだけ、食いつなげる)


 ジェイクは決断した。


 最後の手持ちの食料・・・・・・に手を出すことに……。


 だが懸念事項だらけ。

 ──機会もそう多くない。


 火を使えば、間違いなく激しい戦闘になる。

 ……きっと、火の気配をオーガどもは敏感に感じ取るだろう。


 それを凌ぎつつ調理する・・・・のだ。


 できるのか?

 いや、やるしかない。


 そうとも、

「───もう、限界だ。やるしかない……」


 決意を新たに、ジェイクは帰路の途中で、牙城内にある家具から木材や冒険者の残骸からボロ布を回収する。

 そんな作業ですら、もうフラフラのジェイクに厳しいものだった。

 なんとか資材をかき集めると、ジェイクはヨロヨロと帰路につく。


 その姿は遠目に見ても亡者……。

 誰があのSランクパーティのリーダー、ジェイクだと気付けるだろうか……。


※ ※


「俺だ。戻っ──」


 ちゅーちゅー……。

「んふ! んふーーー!」


 潜伏場所に戻って一目見て絶句するジェイク。

 リスティがリズの足の傷に顔を突っ込んで、何やらモゾモゾとしていやがる。


「んーーーーー! あまぃ~……甘い♪ 甘いよぉォ!!」


 こ、こいつ!

「てめぇぇぇえ! 何やってんだよ」


 背後から頭を蹴り飛ばすも、貪りついたリスティは離れない。


 ──勝手に食うなっつってんだろ!


「この野郎ッ!」

 ブチブチブチ……。

「あぅ!」

 ジェイクに髪を引っ掴まれ、無理やり引きはがされると、顔中をベタベタにしたリスティが仕切りに口周りを舐めながらジェイクを睨む。


「な、なにもしてないわよ!」

「うるせぇ! 出せ!」


 思いっきり口を掴んで無理やり開かせると、口中の物を取り出す。


 それを一目見て──分かった……。

 ウゾウゾと蠢くそれ。


「……蛆虫がそんなにうまいか?」

「美味しい! 美味しいよぉ♪」


 まだ、モグモグと咀嚼しつつ残ったそれをゴクリと飲み込むリスティ。

 

 ち……。


 いかれてやがると思いながらも、ジェイクも奪ったそれをジっと見つめると、ウゾウゾ動くそれをパクリと口に含んだ。

 すると、たんぱく質の甘い味が口に広がる。


 思わずもっともっと、身体が欲するため────リズの傷口を物欲しそうに見てしまう。


 ……く──! そ、そうじゃないッ。


「ふざけるな!──それより……そろそろ、コイツを食うしかない」


 そう言ってリズを指さすジェイク。


「ちょ……じょ、冗談だよね?」


 リスティは一瞬躊躇ったように見えるも、ジェイクは見ていた。

 奴の喉がゴクリとなるのを……。心なしか笑ってさえいる。


「……いいから、準備しろ。お前は火を起こせ。俺はその間──群がる連中オーガの相手をする。ここには近づかせないからさっさと料理しろよ」

「────……鍋の見張りはするけど、絞めるのも、捌くのも、剥いだりとかは嫌よ。そういうのは、ジェイクがやってね」


 ……コイツ!


 嫌なことは全部ジェイクに押し付けるリスティ。

 だが、仕方ないか……。


 リズはジェイクの言う事なら何でも聞く。


 だから、








「────起きろ。リズ」


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