◆豹の槍16◆「なんでこんなものを!」


 ───オマエカラ・・クッテ・・・ヤッテモイインダゾ



 ───お前から喰ってやってもいいんだぞ……。


 お前から────……。


「ひぃぃ!」


 冷え切ったジェイクの目。

 それは十分に本気であると分かる。


 そして、間近でぶつけられる『食欲』に完全にパニックに陥るリスティ。


 そう、ジェイクが言うのだ。

 お前から────食べたい……と。


「ひぃぃぃ! や、やだ!! やだよ!」


 急にジタバタと暴れるリスティ。

 本気で殺されると思ったのか、必死に懇願している。


 全く抵抗らしい抵抗もできないまま、ジェイクに取り押さえられてしまうリスティ。


 よほど恐怖を感じているのだろう。

 そのうちに、突如アンモニア臭が漂い始めた。


 ───こいつ!

 

「ちぃ! ここで匂いを立てるなッ!!」


 ガンと地面に顔を押し付け、噛み付かんばかりの距離で、リスティの耳元にがなり立てるジェイク。


 そのままキョロキョロと外を窺い、耳をすませると周囲を警戒し始めたジェイク。


 ───オーガの連中は鼻がいい。


 すぐにでも誤魔化さないと、この潜伏場所がバレてしまう。


 ここにある肉・・・・・・・もなんとか隠し通しているが……。

 くそ! どこまでも面倒な女だ!


「やだ、やだやだやだやだ! お願ぁいしますぅ! 食べないで、食べないでぇぇえ!」


「うるさい! 黙れッ」


 それでも恐慌状態に陥ったリスティは叫び続ける。

 周囲の状況などお構いなしなのだろう。


 クソぉ!!


 面倒になったジェイクが、リスティの口にズダ袋を押し込んで黙らせようとする。

 その手つきに危険なものを感じたリスティがより一層騒ぐ。


 もう、無茶苦茶に!


「やだやだやだ! やめてぇぇぇぇ! ぎゃーーーーーーー! リズ! ねぇ、リズから食べようよーーーーー!! やだーーーー、あぐぐ…………ッッッ!」


「いい加減黙れッッ!!!」


 グイイイ──と思いっきり、ずだ袋を口にねじ込んで黙らせる。

 その際に指を思い切り噛まれるも、強引に口の奥に押し込んだ。


 指の痛さも忘れて、リスティを黙らせると、そ周囲の様子に耳を澄ませるジェイク。


 オーガは──────。


「うーーー。うーーーー……! ?? ふぁふぁんだーパンだぁあ♪」


 うへへへ、とだらしなく涎を垂らしながらズダ袋を啜りだすリスティ……。


 オーガは来ない……。

 咆哮も聞こえないところをみると、今のところは感付かれなかったらしい。


 だが、匂いも、血も、このままでは誤魔化しきれない。


 クソッ!

 いい加減にしてくれ!


 ジェイクが顔を覆って天井を仰ぐも──助けなどない。


「くそぉ……」

 疲労と餓えで頭がクラクラと揺れる。


 もう…………。

 ……──もう、限界だ。


ふぁんだーパンだぁあ♪ おいひーよー♪」


 うるさいッ!

「いい加減にしろッ」


 どいつもこいつも……。

 ドカッ! っと、床に転がる肉片を蹴り飛ばす。


(───コイツも片付けないとな……)


 臭い、

 臭い、

 臭い肉!!


 地獄のような悪臭漂う潜伏場所。

 息をするのもやっとなほどの悪臭に包まれている。


 ……幸いにも、今のところはオーガに嗅ぎつけられなかったが───。

 だが、それはたまたまでしかない。


 ───気付かれたが最後。


 こんなところで戦闘になったら、もうどうしようもない……。


 だからジェイクは足掻く。

 すこしでも生存率をあげるために、匂いの元を断つ。


 そのため、振り返ったジェイクは、リスティを放置し────刀を手に、肉の解体作業に移った。


 食えないと分かりつつ、敵の目を盗んで切り倒したオーガの肉・・・・・を……。


 こんなもん……。

 ──どうやったって食えやしない。


 焼いて食う? 冗談キツイぜ……。


 堅く、生臭く……この世の反吐を集めたような肉。


 どう調理しても無駄だ。

 何をやっても食えたものじゃない。


 あぁ、腹が──腹が減った…………。

 腹が減ったんだ……。


 あと、

「──あと、何日もつ……?」


 もう、ここ何日もろくに食べていない。


 ほとんど水しか口にしていない日が、ここのところ随分と続いている。


 どう取り繕っても、限界だ。

 そして、




 リズが………………動かなくなってもう、二日……。




 ──そろそろ決めないとな……。


 ブゥン──と、どこからともなく虫が飛んできて、リズに集る。


 それを神速の手さばきで捕らえると……ムシャムシャと食べるジェイク。


 これでも、少しくらいのエネルギーにはなるだろうか……。


 あぁ、腹が減った……。



 そういえば。

 ううん……熟成肉の匂いがするなぁ──。


 凄くいい匂いだ……。



 チラチラとリズを見ながら、黙々とオーガを解体していくジェイク。

 まるで、何かの予行演習の様に……。


 そして、

「──おい、これを棄ててくる────……それ・・を勝手に食うなよ?」


 それ・・を。


「あは……あははは! パンだ、パンだぁ♪」


 ちゅーちゅー……。


 しつこく、いつまでもずだ袋を吸い続けるリスティ。

 ジェイクの言葉など耳に入っていないようだ。

 

「チ……」


(いかれてやがる──)


 だけど……。

 肉──────か。


 リスティの、肉の詰まった太もも・・・・・・・・・をチラリとみてゴクリと喉を鳴らすジェイク。

 

(コイツも、水が生成できるのはあと数回か……それ以降は────)





 あぁぁぁ────。


 


 ハラガヘッタ……。

 ハラガヘッタゼ……──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る