第49話「なんてこった、先へ進もう」

 ビィトが一度目の睡眠につき、浅く眠ったのち……焚き火の前で船を漕いでいるエミリィを起こす。


 涎を垂らしている彼女を起こすのは忍びなかったものの、これでは見張りにならない。

 苦笑しつつ、仮眠を交代するビィト。


 体感的にはほとんど寝ていない気もしなくはないが、ダンジョン内では時間があいまあいなのでなんとも言えない。


 エミリィの事だから、交代してくれと言えなかった可能性もある。


「交代だよ……」

「んー? うー……?」


 ショボショボと目をこするエミリィはそのまま、モゾモゾと寝床に潜り込む。


 相当眠いのだろうか?


 とはいえ、交代は交代だ。

 あとで、適当な時間に彼女を起こそうと決意するビィト。

 それから数時間、何度か仮眠し交代を繰り返しながら二人はしっかりと休息を取った。


 薪が燃え尽き、燃料がなくなるまで休んだため、眠りは浅いものの──疲労はどこかへ飛んでいってしまった。


 その間、一度としてモンスターが来ることはなかった。

 やはり、エミリィの偽装やビィトのバリケードは完璧に機能していたのだろう。


「おはよ」

「おはよー、お兄ちゃん!」


 休めるときに休む。

 それがベテランの冒険者だ。


 ……ビィトもエミリィも、知らず知らずのうちにその域に達していたらしい────。


 そうして、休息を取った二人は、ビバーク地点を後にしていよいよ『石工の墓場』を抜け、一路『悪鬼の牙城』へと向かう……。


 ※ ※


 あれから何度かの休息を挟み、何度も食事と睡眠を重ねて先へ進む二人──。

 その間にも、訓練と連携を確認しながらひたすら長い地下通路を進んでいった。

 封鎖区画以外は『石工の墓場』なんてのは楽なルートだ。

 その分旨味は少ないものの、安全は何物にも替えがたい。


 そして、ややルーチン化しはじめた探索の日々。


 1日の流れが酷く遅い。

 進んでいるのか、進んでいないのか。


 だが、着実に歩を進め、油断することなくダンジョンを進んでいく。


 着実に着実に。

 疲れないうちに休息をとり、食事と睡眠を済ませる日々。


 それにしても、地下通路はうんざりするほど長い──。

 しかも、空が見えないものだから時間の感覚が狂って来ている。


 幸いにも途中途中で休息に使える部屋があったので遠慮なく活用させてもらっていたが、そろそろこの景色に飽きてきた頃だ。


 似たような景色がずっと続く『石工の墓場』は、本当に先へ進んでいるのかわからない。


 エミリィの嗅覚だけが頼りだが、これほど遠距離から分かるものなのだろうか。


 くんくん……。

 うん──。何の匂いもしない。


「こっちであってるよね?」

「?──うん。湿った匂いが随分強くなってきたよ。多分、今日中にはつくと思う」


 すごいな、この子……。

 俺には全く分からない。


 延々と通路を歩きつつ、時々戦闘。

 そして、たまに休息を取りつつビィト一行は進む進む。


 現れるモンスターはゴーレムのみ。楽な相手だ。


 そのため危なげなく敵を撃破しつつ、順調にすすむ。


 この頃には先日以来の打ち合わせの効果もあり、エミリィもビィトとの連携を意識しているのかしっかり距離を保ちつつ先行し過ぎることもなく探索をこなしていた。


 エミリィは探知距離が大きいため、ついつい敵がいないとわかると早足になってしまう傾向があるらしく、普通に歩いているようでビィトが知らず知らずに置いてきぼりになってしまうことがある。


 かと言って小走りで追従していてはビィトの体力が持たない。


 結果として、ビィトに合わせてゆっくり進んでもらうしかないのだが、トラップがないのか、エミリィの活躍場面は限定される。

 どうも、この派生ダンジョンはいささかエミリィには退屈なようだ。


 なんだかんだで、エミリィも純粋に強いため、一体や二体のゴーレムでは苦戦すらしない。

 ビィトが傍にいて援護しつつ、敵を駆逐しているのだからなおさらだ。


 そのせいもあって、敵との戦闘で余裕が生まれたためにエミリィは武器の訓練も兼ねて闇骨ナイフと闇骨の弓を使って戦闘している。

 どうも、ゴーレム相手に練習しているようだ。


 ただ、木の矢でゴーレムを貫くのはどだい無理な話なので、手負いにしたゴーレムの核を狙って矢を射るのみ。


 手作りの矢は時々迷走するも、それなりの精度でゴーレムに命中している。


 有効射程は50mと言ったところだろうか。


「エミリィ、そっちだ!」

「うん!」


 キリリリリリリ……。

 

 引き絞った弓がよくしなる。

 エミリィが調整し、彼女の体格に合わせて柔らかく弦が伸びていく。


「フッ!」


 シュパァン!

 弦が空気を打つ音とともに、高初速で矢が飛びすさる。


 その先にいた小型のゴーレムが核を撃ち抜かれてガクンと動きを止めた。


「当たったぁ!」

「おお!」


 何度かの失敗を重ねながらもエミリィの弓の技術は向上してきている。

 元々才能があるのだろう。そうでなければ弓矢の技術は一朝一夕で上がるものではない。


「エミリィ、凄いじゃないか!」

「え、えへへ。そうかな……」


 照れ照れと顔を赤らめて、モジモジとするエミリィ。


 だが、掛け値なしに凄いと思う。


 精度を度外視したありあわせの矢で狙撃を成功させているのだ。

 サイドアームとしては十分に使えるだろう。


「うん。凄い凄い! 途中で矢を作ったり、敵のものを奪って補充していくからドンドン使っていいよ」


 丈夫な木を削るだけだから楽なものだ。

 それで命中させるエミリィの腕があってこそではあるけども……。


「練習できる時には練習しながら行こう。──この先は補給も練習も難しい場所が続くからね」


 『石工の墓場』を抜けた先────『悪鬼の牙城』まではもう少しかかる。


 この石工の墓場も石材や古木以外は資源らしい資源はない。


 封鎖区画を探してみれば墓所以外に場所があるのかもしれないが……探索よりも救助に向かうビィト達にとってそこへ行く意味は乏しい。

 先日の地下墓所捜索はあくまでも不可抗力だ。そして、二度とゴメンだった……。


「『悪鬼の牙城』ってオーガの巣?」

「ん? そうだね────デッカイ鬼がいっぱいいるよ」


 「がおー」と、おどけてみせるとエミリィが、キャーキャー言いながら逃げる仕草。


 うーん、実に平和だ。


 敵との相性が良ければ、ダンジョンの難易度に関わらず余裕で進むことができる。


 飽和攻撃さえされなければビィトやエミリィには『石工の墓場』の通路はかなり余裕をもって攻略できる場所だった。


「あ、そういえば──私あんまり深部の探索に行ったことなんだけど……お兄ちゃんの役に立つかな?」


 何を今さら。


 エミリィは自信なさげだが、

「むしろエミリィがいないと……。俺だけじゃ、二重遭難するよ」


 これは本音だ。


 攻撃と荷物持ちくらいしかできないビィトに、単独での探索は不利だ。

 身体強化で聴覚や視力などを多少強化できたとしても、本職の探知には敵わない。


「それにエミリィの実力なら、深部探索には全く問題ないよ」


 これも本音。

 多分、ベンの下にいなくとも、エミリィを雇いたいパーティはいくらでもいるだろう。

 ビィトと組まずとも、探知役や罠解除のできる「盗賊シーフ」や「暗殺者アサシン」は引く手数多あまた

 それも凄腕となれば、好待遇で迎えてくれるだろう。


 えぇ、ビィトと違ってね……。


「うーん……。自信ないな~」


 まぁ、普通は小さい子が自信満々にダンジョン深部に行くのは異常事態でもある。


 全くいないわけではないが、大抵自信の裏付けもない新人冒険者。

 そいつらはすぐに行方不明になる。


 一応ダンジョンに入る際には番兵やギルドに止められるのだが、その気になれば入る方法などいくらでもある。


 別にダンジョンにトライするのは法律違反というわけでもないので、止める側にもそう──強い権限があるわけではないのだ。


 そして、嫌な話だが……、そうして人が消費されていくことで、ダンジョン都市が潤っているという側面もある。


 危険でリスキーだからこそ、世界中の冒険者が集まるのだ。


 安全安心のダンジョンなら、そこは地元民が占有する、ただの鉱山に成り下がるからね……。


「俺だって自信なんてないよ。下級魔法しか使えないし……エミリィと戦ったら、多分俺が負けるよ?」


 そんな事態にはなりたくないけどね。


「ええ?! 負けるって……──お兄ちゃんって、たま~によくわからないこと言うけど……」

 その────。

「ん? 変なこと言った?」

 はぁ、とため息をついたエミリィ、

「えっと、お兄ちゃんって、自分で言うほど弱────」


 っと!


「エミリィ──あれ!」

 彼女が何かを言いかけていたけども、それを遮るビィト。


「え? あ──」


 二人の視線の先。

 緩く曲がった長い通路の先に、ついに終わりが見えた。




 明るい地下通路ではなく……、その先にある仄暗い空間────。


 どうやら、別の派生ダンジョンに到着したらしい。






 そう、ジェイクたちがいるであろう『悪鬼の牙城』へと…………。

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