第48話「なんてこった、交代で休もう」

「~♪」


 鼻唄混じりに、ショリショリと小気味のいい音を立てて木を削るビィト。

 元々は薪用に確保していた黒檀だが、丈夫なソレは矢にも使えそうだ。


 粘り気もあるし、強度も十分。


 少々加工には力がいるが、ビィトには魔法がある。


 いつでもどこでも大活躍の高圧縮『水矢』で、バターの様に黒檀を切り裂いていくと、矢の太さに近い所まで荒く削りだす。


 それを20~30本ばかり完成させると、仕上げとして闇骨ナイフで形を整えていく。


 ……経験は多くはないものの、ビィトはなんだかんだで矢も作ったことがある。

 「豹の槍パンターランツァ」では、リズが弓矢の使い手だった。


 普段は常用こそしないものの、かなりの腕前で扱えるし────実はジェイクも貴族の嗜みとして武具は一通り扱える。

 もちろん、弓矢もだ。


 あまり機会はないものの、冒険の内容如何によっては、弓矢を主体とした戦闘をすることもある。

 そのため、そういった冒険の際には長期化を見越して、不足した矢をビィトが自作したものだ。


 当時はリズに指導を受けて作ったそれ。

 もちろん店売りのものには劣るが、取りあえず使えるレベルにはなった。


 今作成中のものも、矢羽根がないので近距離しか使えないのは難点だが、工夫次第で飛距離は伸ばせる。


 本来は羽がある部分に螺旋状の溝を掘るか、螺旋状に蔦などを巻きつけ固定すると回転が安定して飛距離が伸びる。


 もっとも、この作業が一番手間がかかるが、ビィトは器用貧乏の名が示す通り、器用な手先でそれらを掘り込んでいく。


「フッ」


 息を吹きかけ、木屑を飛ばすと────。


「こんなもんかな?」


 良い香りのする木製の矢をめつすがめつ見ながら点検する。


「使ってみないと、なんともわからないか」


 まぁ、以前作った時よりもうまくできているから良しとしよう。


 そうして、時間をかけ何本も作成していく。

 特に不満を吐くわけでもなく、黙々と作業しているビィト。近くではエミリィは安らかな寝息を立てていた。


 彼女と合わせた背中の部分がジンワリと温かい。


 それだけで、ビィトは満たされたような気持になる。

 「豹の槍パンターランツァ」には、確かに仲間がいたが……。今思えば随分と冷遇されていたものだ。


 見張りは基本ビィトかリズの仕事だし。

 それも、見張りの効率のため、仲間の寝床からは離れた位置に追いやられていた。


 それが、今じゃどうだ?


 信頼し、背中を預けれる仲間と火を囲んで交代で休憩が取れる。


「────俺には望外の物だと思っていたけど……」

 思いがけず、ビィトは掛け替えのないものを手にしているんだと感じた。



 仲間────。



 エミリィは未だ奴隷だと思っている節があるが……そうじゃない。そうじゃないんだ。


(エミリィにはまだ分からないよな……。俺がどれだけ感謝しているか)

 こうして、二人で背中を預けられるだけでどれほど救われている事か。


 もし、エミリィと出会わず、冒険者免許更新のために、故郷に一人帰っていたなら────ビィトは二度と再起できなかった可能性もある。

 ……それほどまでに、仲間だと思っていたジェイク達に追い出されたことはビィトの心に深く傷を残していた。


 だから、こんななんでもない時間が酷く甘く優しいものに感じられて、矢を作るという単純作業ですらビィトには全く苦にならなかった。


 そうして気付けば手元には30本ばかりの矢がある。


「おっと……結構作っちゃったな」


 一本を手に取り、重さや曲がりを確認していると、

「ん~……。どこ、ここ?」


 ぽやーとした表情でエミリィが目を覚ます。


「おはよ。まだ寝てていいよ」

「あれ? お兄ちゃん? ……あ、」


 そこでようやく自分の状況を思い出したエミリィ。


「──ご、ごめんなさい! 寝入っちゃって!」

「いいよ。交代で休むって言っただろ?」

「そ、そうだけど……」


 ゴニョゴニョと口を濁すエミリィ。

 なんとなくだが、軽く睡眠をとり、その実はしっかりと周辺の警戒をしようとしていたのだろう。

 

 寝ころんだ当初は、エミリィがゴソゴソとスキルを行使しているような気配を感じていた。

 もちろん、特に何も言及することなく放っておいたわけだけど──。


 思った通り途中ですぐに寝てしまった。

 暖かい寝床で、ずっと神経を高ぶらせているなど土台無理な話だ。


「うん。良く寝れたみたいで良かった。じゃー交代しようか」

「は、はい!」


 そういったエミリィと位置をスイッチして、ビィトが火から少し離れ、竈の火の前をエミリィに譲る。


「ふわぁあ……何かあったら起こして。あと、コレ。矢を作ってみたから確認しておいて」

「え?! わぁ、ホントだ……!」

「材料がないから間に合わせの品だよ。精度は期待しないで」


 そういいつつも、丁寧に作った一品だ。

 それなりに使えると思っている。もっとも、ビィトには弓の心得がほとんどないので、エミリィ任せにはなってしまうけどね。


「そんなことない! 物凄くしっくりくるッ」


 エミリィの大げさなくらいの評価にビィトは照れながらも逆に恐縮してしまう。


「そ、そう? 使ってくれるなら嬉しいけど……、ただの木だし、過信できるほどの威力はないよ?」

「ううん。それでも十分!」


 骨のナイフに、木の矢……。

 ビィトのプレゼントするものはちょっとアレ過ぎるが、エミリィが喜んでくれるならそれもまたよし。


「そう言ってくれるなら、作った方としてもうれしいよ! じゃあ、あとはエミリィで具合を確かめてみてね」

「はーい!」


 嬉しそうに木の矢を束で抱えるエミリィ。


 こよ喜びように思うのは、ベンのことだから、矢もケチっていたのかもしれないな。

 なんとなくわかるよ……。

 毎回毎回、中古の矢の使い回し。中には血や臓物でドロドロになったものもあっただろう。


 相変わらず不憫な子……。


「……それじゃ、俺は少し休むから、暇なときはこれでも食べてて──」


 ビィトは安物のツマミをいくつか手渡す。

 それと、暇つぶし用に甘味と飲み物を。それらは適当に────。


 そう言い置いてビィトはエミリィから毛布を借りてすぐに寝てしまう。

 彼女の体温が移った毛布は良い香りがして凄く寝心地が良かった。


「おやすみ、お兄ちゃん」

「うんー…………」


 ぐー……。

 お疲れ、俺。




 もう……寝る。

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