第44話「なんてこった、お手軽料理を作ろう!(後編)」

 ダンジョン深部で火を起こして悠長に料理……。

 凄い度胸のふたり────。


 これが普通の冒険者だとまずありえない光景だ。


 冒険者といえば、普通なら保存食に水やワインでパパっと食事を済ませてしまうものだ。

 だが、それだと味気ないし、お金ももったいない。


 なんせ、保存食は作るのに手間も時間もかかるので値段が高いのだ。


 同じ肉でも生肉と塩漬け肉なら、当然塩漬け肉の用が高いし、野菜だって生より乾燥させた方が高い。

 だというのに、味はもちろん生の方が断然うまい。


 保存食も物にもよるが、基本は高価なものが多く……なによりマズイ。


 そりゃあ、保存食は「保存すること」を第一としているので味は二の次なのだ。


 大抵──酸っぱいか、しょっぱいか、堅いか、軽いかのどれか。

 そのまま食べれるものも多いが、手をかけないととてもじゃないけど食えたものじゃない。


 もちろん、ビィトも──そして、ジェイク達「豹の槍パンターランツァ」の面々も、いつも美食に拘っているわけではない。

 ただ、食べれる機会がある時には拘るというだけで、ダンジョン内でバカのように豪勢なものを食べているわけではない。

 ジェイクたちも、そのへんの分別はちゃんとできていた。


 だが、今のビィト達のように余裕がある時は食事にも寝床にもこだわるのが通例だった。


 今思えば、Sランクに到達したのもそうした余裕があってのことかもしれないと最近考え始めたのだが……。

 まあ、今となっては確かめようもない。

 ただ、ベンのパーティにいた時のように劣悪な環境が続けば、徐々に士気は低下し、体調も崩す。


 ──やはり休息と食事は大事なのだ。


 だから、今回の救助の依頼クエストであっても、ビィトはしっかりと準備に余念がなかった。

 保存食も当然買っているが、捜索序盤は新鮮なものが食べられるように、安くて美味しい──生ものを購入している。


 そして、

「あとは兎の肉が安かったから、今日はこれにしよう」

 デン! とまな板に置いたのは血抜きされた兎肉。

 綺麗なピンク色をしたそれは、まぁ見事な「お肉」だ。

 それを、調理ナイフで左右にバッツン!──と半分に切ると、今日使う分の半分だけを残す。


「わぁ……これを二人で食べちゃっていいんだ!」

 正味としてはかなりの量になる兎肉にエミリィが目を輝かせている。


「そうだよ。──はい。じゃあ、エミリィは肉を切ってくれるかな? 足肉はそのまま千切って炙って。……うーん、他の部位は一口サイズにしてくれる?」

「うん!」


 ベリベリと音を立ててエミリィが足を外していく。

 新鮮なお肉はまだ血の匂いすらしそうだ。


 ダンジョン内で新鮮な肉を食べる。

 ちょっと冒険を齧ったものならビィトの行動を馬鹿にするだろう。


 わざわざ持ち込んだ生ものを調理して食べるなど、正気の沙汰じゃないとね。


 だけど、冒険者としては経験だけは豊富なビィト。

 大昔の冒険者になりたての、まだまだ慣れないうちは確かに保存食メインであった。

 だが、徐々に慣れるにつれて扱う食材にも変化が現れた。


 短期にせよ、長期にせよ。ダンジョンに潜る場合や冒険にでるときは食材が腐る時間を計算して、初期のうちはなるべく新鮮なものを食べる様にしたのだ。


 たしかに、新鮮な食材は水分の関係で、かなり嵩張るし、少々重いという難点もある。

 あるが、それらを身体強化の魔法を駆使して担いでしまえばいいのだ。

 重ささえ克服さえすれば、利点の方が大きい。


 なんせ、新鮮なものは、まず第一に味がいい。これだけで冒険初期の士気の低下が少ない。

 ビィトとしても新鮮なものを食べる方が断然好きだ。


 そして、値段。


 ……当たり前だが、加工していない状態のものは無茶苦茶安い。


 こうした利点と欠点を考慮しつつ、今のビィトの食事についての教義ドグマは、初期にはできるだけ新鮮なものを食べ、保存食を温存し、生鮮食品を食べつくしてから保存食に手を付けるということ。

 冒険の際はなるべく実践するようにしていた。


 実際、ダンジョン探索時にも、探索初期の料理にはジェイクでさえ文句を言うことは滅多になかった。


 ……褒めてもくれなかったけどね。


「じゃあ、俺は野菜を切り分けてサラダとスープの具材をつくるから。お肉は先に鍋に入れておいてね」

「はーい!」


 クルリと手の中で調理ナイフを回転させるとビィトは慣れた手つきで野菜を切り込んでいく。


 トトトトトトトトトトトトトトン♪ とあっという間にキュウリとナスを切り分ける。


 キュウリは薄切りにし、サラダの具に。

 ナスは少し大きめにカットしてスープの具材に。

 あとは、レタスを千切って水魔法で洗う。


「そっちはどう?」

「う……うん! 骨が切れなくて──! えいっ」


 ボキっと、イイ音をたてて半分だけの兎の頭骨をねじ切るエミリィ。

 それで何とか肉の切り分けは終わったらしい。

「あとは、これをバラせばいいんだね?」

「ん? あー。いいよ、いいよ。骨付きのままでいいから」


 肉と骨をバラそうと悪戦苦闘しているようだが、────無問題モーマンタイ


「骨ごと入れちゃっていいよ。いったん下茹でして、ゆで上がったらこっちの大なべに入れてね」


 ビィトの取り出した調理道具は多岐にわたる。

 あの怪しい店で購入したものだが、中古にしては丁寧に使われていたらしい。しかも機能的だ。


 はめ込み式の取っ手があり、そいつを外しておけば何層にも鍋や皿やフライパンを重ねられるという優れモノだった。


 大鍋を容器代わりにして、その中に中鍋、小鍋、カップに金ザル。蓋には小皿、中皿、大皿と並べて最後にフライパンで蓋をするというもの。


 ──これ考えた奴、天才だな。


 取っ手は填め込み式で、溝に金具を入れ込むだけ。実に簡単な作りでコンパクト。

 その取っ手を外せば、そのまま皿や深皿としても使える。


 で────。

 今は中鍋を火にかけて水を沸かしている。


 水はビィトの魔法で作りたい放題だ。


 その鍋に、エミリィが「本当に入れていいの?」っていう顔でビィトをチラチラ見ながら窺っている。


 だけど、敢えてビィトは何も言わない。


 エミリィは多分……料理の経験はほぼゼロらしい。

 多少は奴隷時代に手伝いでやったこともあるかもしれないが、彼女が一人でベンの所にいた時も、食事はなんだかんだでベンが用意していた。


 つまり、食事を準備する奴隷は別にいたのだろう。


 だから、初めての経験である料理について、ビィトは敢えてあまりあれこれ指示をしないことにした。

 そうすることで早々に慣れてもらおうと画策しているわけだ。


 だから、最低限の指示で後はエミリィの自主性に任せることにした。

 とはいえ、さすがに全部丸投げにはしないけどね。

 まずは、ビィトの助手から始めて──ゆくゆくはエミリィにも作ってもらおう。

 

 ビィトが何も言わないので、エミリィは「え、えい!」ってな感じで兎肉をボチャボチャと鍋に投入。

 ────うん、それでいいよ!


 グツグツと煮える肉はたちまち良い匂いを立て始めた。


「ふわぁ……良い匂い」

 エミリィがウットリと目を細める。

 その間に、ビィトはスプーンを使って灰汁を取り除いていく。


「それは?」

「ん? あー灰汁だよ」

「悪?!」


 お肉から悪が出たとビックリしているエミリィ。あははは。

 

「違う違う。灰汁だよ。灰汁────お肉から出る、苦みや臭みの元になる悪い汁のこと」


「へー……」


 ポイ……ジュウ──。

 ポイッ……シュウゥゥ──。


 次々に灰汁を取り出し、火に投げ込んでいくビィト。エミリィはその様子を飽きもせずにじっと見ている。

 

「で────。お肉に火が通ったら、こうして汁だけ大鍋に移して、」


 トクトクトク……。ブシュウゥゥ……。


 少し溢しつつも、中鍋から煮え汁のみを移し替え、今度は大鍋を火にかける。


「あとは煮立ったらナスを鍋に入れて、火を通したら────最後に塩とハーブで味を整えて完成」


 ってね。


「へー……!!」


 物凄く感心したエミリィ。

 だけど、まだ料理は終わりじゃない。


 中鍋に残った骨付きのお肉に、水をかけて少し冷ますと、


「味は抜けてるけど、お肉も食べれるから骨から外して大鍋に入れてね。じゃーこれはエミリィの仕事」


 はい、と中鍋に残った骨付き肉を渡す。

 一度煮たことで骨から肉は外しやすくなっているはずだ。


「はーい♪」


 楽し気に、骨と肉を分けて鍋に移していく。

 その間にゆっくりと煮立っていく大鍋。


 頃合いを見てナスを投入。


「じゃ、煮えるまで少し待とうか────ああッ!」


 や、やばい、足肉が!!


「え? あ!?」


 鍋に夢中で炙っていた肉のことを忘れていた。

 焦げ臭いな、と思ってみれば片面だけ黒焦げになった足肉。

 ……やっちまった。


「あー……ごめんなさい」


 エミリィが俯くも、

「だ、大丈夫。ほら──」


 火から離して肉を見せると、確かに焦げているが……片面のみ。

 しかも焦げをナイフでこそぎ落とせばそれほど中は焦げ付いていなかった。


「少し火から外して炙ろうか」


 一度串を打ち直して火にかける。

 今度は火からの距離を調整し、クルクル回せるようにする。


 それを、

「エミリィはコッチのお肉をお願い。俺はサラダを作っちゃうね」


 水魔法で洗ったレタスをサッと金ザルにおいて水を切る。

 それを大皿、中皿に盛りつけキュウリを円状にトッピング。


 チーズの塊を上でガリガリとナイフの背で削って散らす。

 あとは、オリーブオイルを小瓶からサッと垂らして、岩塩をパラパラ。


 はい────完成!


「そっちは?」

「う、うん……これくらいかな?」


 キツネ色になった足肉を見せるエミリィ。

 細身の前足と、太い後ろ脚。


 どっちもいい感じに焼けている。


「いいね! じゃあ、エミリィは大きい方食べな。代わりに俺が大きいお皿のサラダを貰うから」

「いいの!?」


 おう。いいとも!


「いいよ、いいよ。あと、スープは好きなだけ、よそって食べていいからね」


 グツグツと良い感じにスープも完成した。


「ありがとう!!」


 パァァと輝く笑顔のエミリィ。

 ……この子本当に食べ物だと正直になって来たなー。


 最後に大きなパンを取り出すと、モリッと千切ってエミリィに渡す。


 保存用ではなく、普段食卓で食べるのと同じものだ。

 焼いてから時間が立っているので少々硬いけど、保存用のパンより安いし、柔らかい。


 ま、日持ちはしないから、あと2、3回でなくなるけどね。


 最後に、小さな柑橘を取り出すと半分に切って水の入ったカップにそれぞれ絞り入れる。


 残った果肉も余さず食べよ、とサラダに添えた。


「さ、食べようか」

「はーい!」


 目の前に燦然と輝く料理にエミリィが目を輝かせている。


 兎肉とナスのスープ。

 兎肉の炙り焼き。

 レタスときゅうりのサラダ。

 パン。

 果実の水割り。


 以上。





「「いただきまーす!」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る