第43話「なんてこった、そろそろ休憩しよう」


 ぐー……。

 エミリィのお腹が可愛らしく鳴いた。

 

「そろそろご飯にしようか」

「あ、う、……うん。」


 そういえば、結構な時間がたっているな。


 朝一で街を出て以来、一度だけ休憩を挟んだあとは、もはや強行軍もいいところ。


 ──いい加減腹も減ったし、少し座りたい……。


 エミリィのお腹の音を合図にビィトは休息を取る決心をする。


 と同時にビィトも空腹を覚えた。

 グーーーーギュルルルルルル……。


「あはっ♪ 凄い音!」


 エミリィが楽しげに笑うと、ビィトも頭を掻きつつ笑う。


「お腹すいたね」

「うん!」


 ついでにここで一泊しよう。

 ダークスケルトンはともかく、この通路ならゴーレムしかでない。連中ならいくら来ても対処できる。


 未知の領域にいく前に休むことも重要だ。


 ここは嫌になるくらい明るい場所だが、多分ダンジョンに潜り始めてから半日以上は経っている。

 それに、本当なら外で言うところの夜に差し掛かる時間のはず────。


 ま、夜でも昼でも関係ないか。

 休める時に休む。それが重要なこと。


 ダンジョンの外なら夜に休むのが理想だが、ダンジョン内では時間よりも、疲労とタイミング次第。

 それくらいダンジョン内では昼夜の区別をつけるのが難しいのだ。

 ゆえに、体に染みついた感覚で休む時間を見極めなければならない。


 少なくとも、ビィトは少しばかり疲労を感じていたので、ここらへんで一度休息を取る必要があると判断した。

 蟻の巣からこっちに来てすぐに戦闘になるとは想定外ではあったが、仕方ないこと。

 疲労もさることながら、物資の消耗が痛い……。

 とはいえ、ここはダンジョンだ。

 思いがけず物資を消耗したのは今後を考えると中々に痛い出費だったが、……こうした不測事態もダンジョンならではのこと。


 余裕をもって物資を準備しているだけに、たちまち困窮することはない。


「さ、適当なところでビバークしよう。……エミリィのスキルに期待しているよ」


 ビィトは慣れないウィンクをして軽くおどけてみせる。


 行方不明事案やビィトからはぐれたこと。

 そして、今もビィトを差し置いて先に行ってしまいそうになった事等、もろもろ色々あってエミリィが委縮しているのではないかと思い──ビィトなりの気遣いだ。


 もっとも、ビィトがおどけたところで、どこまで効果があるかは知れない。

 だが、少なくともエミリィが軽く頬を緩ませるくらいには効果があったと信じたい。


 それに、気遣い以上にエミリィの能力に期待しているのは真実だ。


 今もエミリィのスキルを頼りにしつつ、彼女が言う通りに先頭を任せている。にわかには信じられないが、彼女は本当に進行方向が分かるらしい。

 目的地である『悪鬼の牙城』を取り囲む、地底湖の冷えた水の匂いを辿って進む彼女。


 ビィトはそれを信じて従うのみ。


 だが、今度ばかりはエミリィも、ちゃんとビィトを気遣いつつのゆっくりとした歩みだ。

 ゴーレムを探知しながらというのもあるだろう。


(この様子なら安心できるかな?)


 慎重に歩むエミリィをみて、ビィトも周辺警戒をする余裕ができる。

 これならビィトもエミリィを護りながら戦うことができそうな気がした。


 道中何体かのゴーレムを倒しつつ、進むビィト一行。

 途中途中で、やはりいくつかの封鎖箇所がある。

 そして、同じく古代文字で掘られた注意書きらしきもの。


 そのいずれもが地下墓所同様の、あの禍々しい雰囲気を放っているため、あそこのような空間に繋がっているのだろう。


 もっとも、そんな場所に一々踏み入る気も、覗き込む気もなかった。


 この『地獄の釜』の派生ダンジョン『石工の墓場』は、まるで世界中の禁忌の空間を集めたかのようだ。


 当然、それら封鎖箇所を破って入る気など微塵もない。


 そのうちに、封鎖箇所とは違うこの『石工の墓場』特有の横穴が多数並ぶ場所にでた。

 そこでビィトたちは、かつての作業員らが休んでいたような太古の休憩所らしき場所を見つけた。


 それは、先のエミリィ捜索時にも確認していた休憩所に酷似している。


 そっと扉を開けて中を覗きこむ。

 埃っぽい空気が漂うなか、安全を確認するも、とくに危険に生き物も罠もなさそうだ。


「────……今日はここで休もうか?」


 チラっとエミリィを見るビィトに、彼女は頷く。


「うん! 近くにゴーレムはいないよ。他に怪しい気配も近辺にはないから、暫くは安全だと思う」


 ほうほう?

 さすがはベテランの盗賊シーフだ。


「ありがとう。念のために内部の清掃を済ませてからバリケードを作るね。しばらく外の警戒を頼んでいいかい?」

「うん! わかった」


 ニコリとほほ笑むエミリィ。

 ……ちくせぅ可愛いなコンチキショウ。


 自分の顔が赤くなっているのではないかと思い慌てて誤魔化すために内部へ入り込むビィト。

 その視界の隅で表情を引き締めたエミリィがスリングショットを片手に油断なく周囲を警戒しているのが見えた。


 ※ ※


「ゴホゴホ……! さ、さすがに埃っぽいな」


 何年も────下手をすると百や千年単位で放置されていたであろう空間。

 木材というか、廃材が辛うじて家具の形をとってはいるものの、それはそのまま使えるものではない。


 辛うじてかまどのあとらしきものがそのまま使える程度だろうか。


「木は燃料にできるけど、まずは掃除だな……」


 この埃だらけの空間では休むに休めないだろう。

 そこで、活躍するのが便利使いのビィト君。器用貧乏は伊達じゃあない。


 軽く魔法を行使し、水を生成すると風魔法を組み合わせて霧状にして四周に吹き付けていく。


 これがまた凄い。


 一見して水をかけているだけに見えるだろうが、こうして風圧と水圧を強化して吹き付けるとあら不思議。

 壁についた汚れた埃がきれいさっぱり。床の汚れも何のその。


 小汚い空間の清掃は『豹の槍パンターランツァ』時代によくやらされていたものだ。


 ジェイク曰く「ビィト掃除機──(以下略。


 そして、あっという間に簡易洗浄が終了。


 埃っぽさは最早どこにもない。

 あとは火魔法と風魔法の応用だ。


 火を熱にのみ特化させて、そこに風を送り込むと強烈な温風が顕現する。


 ブォォオオオオ……!!


 と、これまた生活感あふれる音を立てて壁や床の水滴がドンドン乾いていく。


 ジェイク曰く────(もうなんでもいいや。


 あっという間にサッパリとした空間。

「こんなもんかな? エミリィ──いいよ。入ってきて」


 出来栄えを確認したビィトがエミリィを呼ぶと、

「何か手伝う────ええぇ!?」


 ヒョコっと顔をのぞかせたエミリィが驚いている。


 手伝うつもりだったのか腕まくりをしているが、……それすらも必要ないくらい完璧な仕上がりだ。


「す、すごい……。えぇ? う、嘘……?」


 ポケーと口を開けてエミリィが驚いている。彼女からすれば埃だらけの空間で寝るつもりだったのだろう。

 そのうえで、奴隷宿とどっこいの寝床で休むのかーと覚悟していただけに、清潔感溢れる空間に驚いている。


「ん? ちょっと掃除しただけだよ。……じゃあ、外にバリケードを作るから、エミリィは火を起こしておいてくれる?」


 適当に集めておいた廃材を示す。

 それらは室内にあったベッドや机であったであろう家具から、使えそうな部分だけ寄せておいたものだ。


「う、うん! わかった」


 彼女に火が起こせるかな? と少し気になったが、特に抵抗もなく引き受けてくれたので何とかなるのだろう。


 ダメでも、あとでビィトが火を起こせばいい。


 荷物を室内におろすと、ビィトは通路に落ちている適当な大きさの石くれを見繕い、高圧『水矢』でカットしていくとそれらを積み上げていく。

 ゴーレムならこれくらい突破するだろうが、ようは時間稼ぎと不意急襲を防げればいいのだ。


 さすがにこれらの石くれを無音で排除はできない。

 仮にゴーレムが来たとしても、これらの石を除去する騒音でビィト達は戦闘態勢を整えることができるって寸法だ。


 細長い通路であることが幸いして、バリケードを作るのはさほど困難ではなかった。


 溜め池タイドプールや垂直孔がある箇所を利用して石を積み上げるだけでいい。


「うん。こんなもんかな」

 パンパンと手についた埃を払い満足げに出来栄えを見ると、ビィトは今夜の宿ビバークに戻った。


「えみ────」


 おぉ?!


 振り返ったビィトはビックリ。

 さっきまで入り口があった場所が消えているではないか。


 だが、かすかに漂う煙の臭いからそこに入り口があると分かった。

 もしや、これは────。


「あ、お兄ちゃん! こっちから入って」

 そっと、景色が割れてエミリィの顔がチョコンと出てくる。

 これは────。

「……エミリィのスキルの『偽装』ってやつか?」

「ん? うん、そうだよ。念のためやっておこうかな~って」


 ──こりゃ、すごい。


 どうやっているのかわからないが、地味な色の布と、モジャモジャがいっぱいついた網の様なもので覆っているだけなのに、この迷彩効果……。


 この子、本当に凄いな……────。


「うーーむ。エミリィ!──凄いじゃないか!」

 だから、ビィトは惜しみなく称賛する。

 実際これだけでもゴーレムくらいならやり過せるかもしれない。


 それくらいに完璧な偽装だ。


 煙の臭いがしなければ、ビィトもこれだけ近くにいて気付かないくらい。

「そ、そうかな? あ、ありがとう」

 モジモジしながら照れるエミリィ。

 その頭をワシャワシャと撫でると、気持ちよさげに目を細める。


 あー、はいはい。可愛いいいな、もう!


「じゃ、じゃあ。食事にして交代で休もうか?」

「うん!」


 こうして、一夜の宿を確保したビィト達は疲れた体を癒すためにビバークすることにした。

 なんたって、ダンジョン探索は長期にわたるのだ。




 休めるときに休むのも冒険者の務め──。

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