◆豹の槍14◆「なんで食えないッ!」
バシィィン!
「その名前を出すなッ!!」
思いがけず出てきた名前に、ジェイクは反射的にリズを打ってしまう。
その行動に彼自身も驚いているらしく、ビックリとした目で、呆然と自分の手を見ていた。
「も、もうしわけありません……」
鼻血を滴らせながらリズが平伏して謝る。
「……でも、実際に救助信号を出せただけでも僥倖だったわよ──。救助が来る可能性も僅かにあるんじゃない?──…………兄さんが来ることは絶対ないけど」
そうだ。
救助が来る可能性は極めて低いも……──ありえない話ではない。
ここ『悪鬼の牙城』はクリアこそ、されてはいないものの、トライする冒険者も過少ではあるが、いないわけではない。
そして、地下にある例の近道が確認されて以来、そこを利用しようとする冒険者もそれなりにいるだろう。
ましてや、Sランクのパーティの遭難だ。
冒険者ギルドなら、何としてでも救出しようとするだろう。
これが未到達の深部だったならば諦めたかもしれないが……。
そこだけは不幸中の幸いか。
もっとも、冒険者がここに来たとして……易々と、あのクソどもの「
奴等の立場になって考えればわかる話だ。
ジェイク達を亡き者にし、情報や装備を奪い取り、自分たちが一番の冒険者になろうとしているのだから、それが明るみにでるのはなんとしてでも阻止しようとするだろう。
そんな奴らが考えることなど、少しくらいは考えれば誰でもわかる。
当然、奴らは救助部隊を易々と通すはずがない。
はずがないが……。
──ならばどうするか?
自分たちの卑怯な手腕がばれそうになったのらば? 奴らが高見に登るための手段──ジェイク達を貶め、全てを奪うことを妨害する救出部隊が現れたらどうするか?
考えるまでもない。
……多分、奴らのことだ。
味方を装い、奸計で騙くらかしてから、急襲し殺してしまうに違いない。
そうとも、
……ロクな連中でないとは、もうわかり切っていることだ。
だから、
「──いずれにしても、来るかどうかも分からない救助を待つ気はない。……それは最後の手段だ」
ジェイクはそう簡単には諦めない。
伊達にS級のパーティを率いてはいない。
最近こそ、まったく上手くいっていないが、ダンジョン探索の経験値は、街の誰よりも深い。
「……このダンジョンのオーガどもだって、
そうとも、
常食できるほど、人間はここには来ないからな。
その辺に転がっている、オーガの食いカスの冒険者の骨等の残骸をみるに、それなりの挑戦者はいるようだが……。
それでも、ここのオーガの食生活を支えるには至らないだろう。
つまりオーガが
それを入手すれば糊口を凌ぐことができるかもしれない。
だが……。
ジェイクには、概ねその食料に目星がついていた。
資源のない牙城ではあるが、唯一オーガ以外の生物もいる────。
……そう。
地底湖のアリゲーターフッシュだ。
あの化け物魚が、どれほどの数であの湖に潜んでいて、どこから来るのかは知らない。
だが、リズが湖に落ちた途端にガブリと襲われたところを見るに──。
おそらく相当な数が潜んでいるとみて間違いないだろう。
それを考慮するならば、多分──この城のどこか一室が湖に繋がっていて、アリゲーターフィッシュ用の
ならば、簡単。
生け簀を探して、アリゲーターフィッシュを食えばいい──────。
と、思うだろ?
────答えは否だ。
あのクソモンスター魚は、猛毒の魚。
噛みついて獲物に毒を送り込むだけではない。
……その身を食べても毒が回る──とんでもない魚なのだ。
それゆえに、一部は錬金術の素材や毒薬として高値で取引されるらしいが、アレを獲るリスクは余りにも大きすぎる。
一匹くらいなら何とかなるだろうが、群れで来られれば水中戦の苦手な人間の冒険者など、数秒で骨も残さず食い散らかされてしまうだろう。
──ジェイクとてそれは同じだ。
狂暴で毒を持ったクソ魚。
それがアリゲーターフィッシュだ。
……そんなものを好んで獲る奴はいない。
そして食う奴も、当然いないッ……!
まだまだ調査は必要だが、やはりこのダンジョンで食料を得るのは不可能かも思い、暗い気持ちに支配されるジェイク。
せめて、魔力が潤沢に使えればまだやりようはあっただろうが……。
解毒も治療も浄化も────。
あいつが、
……ビィ──────。
(くそ…………!!!)
ガツン!
嫌な名前を思い出し、床を強く打つ。
その様子に怯えた目を向ける二人を無視して、暗澹たる気持ちのまま、狭い部屋の天井を仰ぐ。
この灰臭い部屋で、あと何日凌げばいい……。
あと何日────。
あぁ、
(…………疲れたな──)
疲労と、焦りと、餓えによって憔悴したジェイク。
さすがに空腹を覚えたため、背嚢を手繰り出すと、ゴソゴソと音をたてて配給のために堅パンを取り出す。
すると、餓鬼のようにリスティが這い寄ってくる。
ズル、ズル…………。
と──────。
おいおい、亡者かコイツは。
酷ぇ面してやがる。
リズもそうだが、
この女の顔色も随分と酷いな……。
だが、多分──────ジェイク自身も相当に酷いのだろうと当たりがつく。
そんなことをボンヤリと考えつつ、ジェイクは堅パンを半分に割り、二人にくれてやる。
「あー! あぁあ! ……パンだー♪」
それを貪り食うリスティを眺めながらもう半分をリズに。
「ありがとうございます……」
礼を言って受け取る
リズの顔色はもはや土気色になっており、……足も、時折止血帯を緩めてやっているが、壊死が進行して酷い有様だ。
腐臭────いや、微かに熟成肉の臭いがする。
ゴクリと喉が鳴った。
(リズは、もって──あと数日か…………)
自分たちもそれくらいだろうがな。
自嘲気味に考えつつ、ジェイクは昨日割って保管していた別の堅パンの片割れを取り出し口に含む。
──堅いな……。
堅くマズイパンだが……この場所においては一頭大事な食糧だ。
それを何度も何度も噛む。
少しでも満足感を得るために、何度も何度も何度も、何度も……。
ゴクリ──────。
噛み砕いたパンをゆっくり飲み込み、ジェイクは女二人をゆっくりと見渡した……。
さぁ、あとどのくらい生きられる?
残りの食料が3~5日。
水だけで、+3~7日。
火を使って調理できれば、手持ちの物資でも+3日ほど食いつなげる。
だが、それらを使い切れば…………?
ジッと、リズの寝顔を眺めるジェイク。
疲労と傷病に汚れた顔をしているも、美しい少女だ。
いずれ、これを──────。
…………食料等は、最低で9日。
引き延ばして15日…………。
そう、その時が来ればやらねばならないだろう。
リズを──────。
あぁ、ちくしょう。
(────腹が減ったな……)
口中に肉の味を思い出しつつ、ジェイクはリズが使っていたナイフを取り出した。
さっき、オーガの腕を捌いたナイフだ。
そいつを手にすると、じっと考え込む。
それとも、柔らかいのだろうか?
味は──────?
それがひどく気になって、
そこには、オーガの血でドロドロに汚れたその刀身があり、そこにゾッとする顔色の自分が映っている事気付く。
しょうがないだろ?
────腹が減ったんだ。
だからさ、
(そろそろ決心する時か────……)
あと数日……。
ジェイク達のパーティが
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