◆豹の槍13◆「なんでその名前が出てくる!」


「はぁはぁ……! じ、ジェイク様、ジェイク様?」


 ユサユサと体を揺さぶられ目が覚めるジェイク。

 ここのところ、リズに起こされてばかりだ。

 それは、以前ならあり得ない事態。


 いくら仲間とは言え、体に触れられるまで気付かないなんて、腐ってもSランクの冒険者にとってあり得る話ではない。


 気付かないうちに、相当疲労がたまっているのだろう。


「……あぁ。────できたのか?」


 そういって体を起こしたジェイクの前に、真っ黒に汚れた手でリズがその塊・・・を差し出してきた。


「ひどく……、堅いですね……。その、ナイフが中々立ちませんでした」


 ネチャリと粘つくのはオーガの血だろうか?

 ──なんて匂いだ……。

 もはや黒い塊は、タダの泥にしか見えない。


「酷い匂いだな……これじゃ焼いてもキツいだろうな」


 差し出されたソレを、リズごと押し退ける。


「でー……どーすんの? 食べるの?」


 おいおい、冗談キツイゼ……。


 だが、

「リズ──────食え」


 ビクリと体を震わせる目の前の少女。


 リズの一族は暗殺者として、あらゆる苦痛に耐える訓練を施されていると言うが……。


 ──これはさすがに。


「はい」


 だが、リズは忠実。忠実に過ぎる。

 ……この子はジェイクが死ねと言ったら、きっと死ぬのだろう。


 それでも、恐怖や嫌悪感はある。

 きっと、喜びや快楽も知っているはずなのだ。


 だから一瞬、躊躇ためらった。


 それがリズには意外だったらしく、ほんの少し呆けた表情をしていたが、今では無表情のまま。

 そして、切り取ったオーガの肉片のうち、薄めの黒い塊を一つ、指でつまみ──。


「あーん……」


 ぶちゅ……。


 ぶしゅ。ぶじゅ。


「…………うぐ……ン……ん」


 珍しく、顔を歪めて今にも吐き出しそうにしているが、必死で咀嚼している。


 だが、口の端から垂れる黒い液体は酷く粘質で、ドロドロとしているのが分かった。


 それだけで、普通なら口にしようとは思わない。


「んぐ……う、おえ……ぐ……ん」


 その様子をドン引きしながら見ているリスティは、

「ジェイク……無理。絶対無理……」


 チ……。


「もういい。吐け」

「はい! ……ォエェッ────」


 ベチャ……。

 ベチャ、ベチャ……。


 おぇぇぇえええええ……────。


「ジェイクぅぅ……」

「ちぃ」


 呆れた顔で見るリスティと、舌打ちするジェイク。

 ……リズは死にそうな顔になっており、仕切りに唾を吐いている。


 訓練され、感情に乏しいリズでこの有様。

 とても食えたものではないことがよくわかる。


 だが、確かめねばならない。

「どんな感じだ」

「ペッ! ペッ……。は、はい。その────」


 酷く言い難そうなリズ。

 そもそも、リズは余り食べ物の味に頓着しないのだ。

 

 ……甘いものが好きだと言うのが、彼女をして何となく自覚できる程度。


「どういえばいいの……堅くて噛み切れません。血も酷く粘つくため、無理に飲み込むことも出来ず──」


「味は?」


「あ、味……ですか? その……生臭く、薬の様な妙な味です。その……」


 リズは、どういって説明すれば良いかと言いよどむ。


「不味いんだな?」

「はい…………およそ、今まで食べた食料のなかでは、ダントツに……」


 リズにここまで言わしめるのだ。相当に酷い味なのだろう。


 ジェイクが聞いた話に、リズの一族が行っている対拷問訓練やサバイバル訓練などでは、こういったゲテモノを食すことも行われているらしい。


 牛の糞や、山羊の吐しゃ物まで食うんだとか……。

 ──そのリズが言うのだ。


 食えない・・・・、と。


「いよいよ困窮して来たな。食料は引き延ばして、……あと3日か──」


 その言葉にビクリと震えるのは、リスティとリズ。


 ………………3日のあとは?


 水はまだなんとかなる。

 リスティの魔法でしばらくは生成できる……。





 ………………だが、食料は?





「じ、ジェイク……先に進まない? 連中には何を言っても、交渉なんて応じないわよ」

「わかってる! ……だが先に進んだとして、アンデッドのエリアや、ゴーレムの区画など、およそ資源になる区画がないことは知っているだろう!?」


 そうだ……。

 地下までは進めるのだ。

 この城の先にある抜け道を使えば、な。

 そうすれば、その先の区画にも進める。



 だが、そこまでだ。



 物資の無い状態でその先に進むのは不可能だった。


 アンデッドもゴーレムも食えない。

 おまけに不毛の土地だ。


 資源もなく、物質の補給も見込めない。


 それくらいなら、ここで体力を温存していたほうがマシだろう。


 ここなら、少なくとも水はある。


 ないのは食料だけ・・・・……。


 ──せめて火が使えればまだやりようはあるが、潜伏している状態では極めて厳しい。


「色々と試してみて、食料は5日から7日。その先は本当になにもない。……救助を待つ以外な──」

「救助だなんて!!」


 悲痛に叫ぶリスティを見て、リズはポツリと呟く。


 び、

「…………ビィト様なら、」


 バシィィン!!!






「────その名前を出すな!」

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