◆豹の槍12◆「なんで血生臭い!」
「ねぇどうするのー? ねぇねぇ……」
しきりに回復させろと提案するリスティに、リズはどう言葉を返していいかわからない。
リズには、死に損ないの自分に価値があるとは思えなかった。
だが……なぜかリズを、さも旨そうに見つめるリスティ。
膝立ちでジリジリとリズに詰め寄り、これ見よがしに彼女の傷ついた足の匂いを嗅ぐ。
「あはっ♪ チーズの匂いがするぅ~♪」
チョンチョンと傷口に触れると、染みだした組織液を指に絡めてチュポンと舐めとる。
ニィィと笑うリスティは一言「甘ぁい♪」と満足気だ。
「ッく……。リスティ様の言いたいことは分かりますが……。ならば尚のこと、なぜ私の傷を治そうというのです?」
そうだ。
リズをた…………。
──いや言うまい。
彼女を
「え~……そりゃ、貴方に支給されるご飯が目当てに決まってるじゃない。ジェイクにやめろと言われたら──アンタってば、死んだってくれないでしょ?」
「当たり前です」
「だからよー。今度はジェイクに言われても、気にせず私にこっそり頂戴。ね?」
…………。
「ねー? どうするの? 早く決めないとジェイク戻ってきちゃうよ? それに、足が治った方が貢献できるよ? きっと」
「……た、確かにそうですが」
そうだ。
水汲みくらいならできるかもしれない。
水の浄化のため、リズが水を汲んだほうが、水を生成するよりも魔力が温存できる。
結果、余剰の魔力を温存すればイーブンになり、そのほうがいいのではないか?
そうだ。
水を直接生成するより、そちらの方が効率的────。
「何の話だ?」
ぬ、とジェイクが潜伏場所に帰ってきた。
「あ、ジェイクー♪ お帰りなさい」
リスティは悪だくみしていたなど、全く思わせない素早い変わり身で、ピョン♪ とジェイクにしな垂れかかる。
この二人はそういう関係だからおかしくはないが、さっきまでの会話を知っているだけにリズにはうすら寒いものを感じる思いだった。
だいたい、このリスティという女は貴族でありながら
義務など知った事かと言わんばかりに好き勝手をしているうえ、
さっさと家を捨てて冒険者に転身。
その頃から顎で使っていたビィトを家来の様に引き連れ、ジェイクの「
回復職を欲していたジェイクは一も二もなく受け入れたが、雑用係くらいにしか思われていなかったビィトの扱いは参入時からあまり良いものではなかった。
早々にジェイクに取り入り、古参のリズまで顎で使う始末。
それはいいのだが、毎晩毎晩……ジェイクと──。
リズとて、女だ。
気にならないと言えば嘘になる。
むしろリスティのせいで『女』を自覚したのかもしれない。
体の奥で微かに疼く熱。
それは、彼を想っての事──。
この感情はリズには不可解で、未だに理解できないもの。
それでも、あの優しく朴訥で、誠実な青年を意識するようになったのはいつの頃だっただろうか……。
「どうした? ぼーっとして」
血なまぐさい匂いをさせながらジェイクがリズに歩み寄ると、
「──これを捌け。多少は足しになるかもしれん」
そう言ってリズが守っていた背嚢をさっさと取り上げてしまった。
そして代わりに、ボン! と投げ渡されたもの。
「ヒィ!」
リズではなく、リスティが悲鳴を上げる。
「そ、それ……」
赤い──────腕。
「そっちの方が刃の通りが良かった。多少は柔らかいかもしれん」
そう言って、ドッカリと座り込むと、荒い鼻息をついてゴロンと寝ころんでしまった。
見るからに機嫌が悪い。こういったときは逆らわない方がいい。
「お、オーガの────腕よね?」
「そうですね。門番のジャイアントオーガの亜種ですね。……切られたばかりです」
「────あたりまえだ」
検分していたリズに、目をつぶりながらもジェイクは答える。
「あー……ジェイク? そういえば交渉は?」
いかにも地雷臭いことをリスティが訊ねると、
「……お前らを差し出せとさ────行くか?」
経緯を簡単に説明するジェイク。
当然、
「冗談きついわよ。なんであんなクズのおっさん連中の相手しなきゃならないのよ? しかもそれって──」
「──あぁ、生きては帰れんだろうな」
いくら無法地帯に近いダンジョンであってもだ。さらにその上のダンジョン都市とは言え、法律くらいある。
当然ながら殺人はご法度で、その他の犯罪も市によって裁かれる。
場合によってはギルドも出張ってくる。
そこに、「
その被害者をノコノコ開放するわけがない。
ジェイクがリスティ達を差し出しても、彼女らは散々弄ばれた挙句、飽きたら地底湖にドボーン……ってのが落ちだろう。
「リズはどうする?」
オーガの腕を
「?? 私ですか?」
意味が分からないという風に問い返す。
「そうだ。連中の玩具になってみる気はあるか?」
「────ジェイク様がおっしゃるなら、構いません」
何の疑問もなく答えるリズ。
「……いい子だ」
身体を起こしたジェイクはリズの頬を撫でるが、
「──だが、バカだな。……お前を連中にくれてやる気などない。指一本たりともな」
そう、指一本たりとも……。
「分かりました──。従います……そもそも私などでは彼らの役には立ちません」
そう言って首を振るリズは、全てをジェイクに委ねていた。
「──バカだなお前は……お前なら連中は大喜びするだろうさ」
そうとも──リズは美しい。
手に入れたい男など腐るほどいるだろう──。
「??? そうですか……?」
全く分かっていない様子でリズは不思議そうにジェイクの手を見ていた。
「……ふん。さっさと準備しろ」
それだけ言うと再びドカリと寝ころぶ。
周囲にはひどく生臭く鉄臭い匂いが立ち込めている──。
「ほ。本気? オーガの肉なんて──」
「嫌なら食うな。……リズ、火は使えない。上手くやれ」
コクリと頷くとリズは調理用のナイフを取り出し、灰臭い床の上でガリガリと腕を捌き始めた。
それはそれは、酷い匂い……。
まるで、地獄の底のヨウナニオイガスル────。
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