第40話「なんてこった、ここで死ぬのか!」

 メラメラと燃え盛るブレスの気配を感じる。

 周囲も明々と照らし出されて墓所とは思えぬ雰囲気だ。

 そのうちに、ダークボーンドラゴンがいるであろう上階から物凄い熱気が押し寄せてくた。


 ──なんて熱量だ!

 発射前の余波でこれかよ!


「エミリィ急いで!!」


 事態が掴めずオロオロするエミリィを見て、らちが明かないと思ったビィトは駆けだすとエミリィを小脇に抱える。


「キャッ?!」

 ビックリしたエミリィに抗議の視線を向けられるも構っていられない!


 すぐに階段を降り切るとあのホールに出た。


 ──くそッッ!


(こんな閉鎖空間じゃ、ブレスをどこにいても押し寄せてくるぞ!)


 だけど、隠れる場所なんか!!


 ドラゴンブレスの熱量と効果範囲を思えばこんな閉鎖空間あっという間に焼き尽くされる!!


 ど、どうすれば────……!


「お、お兄ちゃん! あれ!」

 ようやく事態に気付いたエミリィが指さしたのはホール外の部屋に安置されている石櫃だ。


 ッッ!


 そうか!


「エミリィ行くよ!」

「うん!」


 もはや一刻の猶予もない!!


 一足飛びに部屋に飛び込むと、まずはエミリィを石櫃に押し込みビィトも彼女に覆いかぶさるようにして石櫃に入る。

 その際に背中に蓋を背負い、そのまま彼女に密着するように────……ブレスが来たッッッ!!


 キュボォォオオオオオオオン!!!


「グッ!」

 ガポンッ! と石柩の蓋を間一髪閉じたものの、少し熱気を吸い込んでしまった……!


(は、肺が焼けつくようだ……)


 せ返りそうになる熱量。

 階段上から猛烈な熱波と真っ赤な炎の奔流がほとばしりホールを覆いつくす。

 そのまま、あらゆるものを炎に飲み込み、さらに先のゴーレムたちがいる通路に向かってその触手を広げていく。


 その余波で、本流から溢れた炎の波が次々に空き部屋に飛び込み、空気と空気と空気を焼き尽くしていく!


 もちろん、ホールの外の石柩にも!

 そこにはビィト達がいる──!!


 むわッッ──と押し寄せる熱波。

「ッッ───ぇ、エミリィ! 息を止めてッッ」


 ミシミシミシッ──ビィトが渾身の力で持ち上げそのまま蓋をかぶせた石柩だが、猛烈な熱量と熱風によって揺らいでいる。油断すると、蓋ごと弾きとばされそうだ。


 それをビィトが指の力だけで支えて、狭い石櫃内で密着させる。


 おかげで、石柩内には僅かばかりの余積すらない。そのため、不可抗力とはいえエミリィの顔にゼロ距離に迫ってしまうビィト。

 エミリィの僅かに紅潮する頬をみて、場違いながらドキリとするも、邪念を振り払う。

 かわりに、肺が焼けぬように、最後に吸った空気の中。そこには、彼女に含まれる甘酸っぱい香りを鼻腔いっぱいに吸い込んでしまい、一瞬それだけで意識がクラクラとしそうになる。

 だが、気をしっかりと保ち、彼女を体全体あで庇う。


「(だ、大丈夫──だ、から……)」


 もはや、酸素はない。

 肺に残る僅かな空気が二人の生命線。


 そのまま、二人して『水衣』を何回も重ね掛けする。


 背負っている荷物を手に持つ杖のせいで物凄い圧迫感があるが仕方がない……。


 それより……空気はもつかッ!?


 そう考えた時には石柩内にも!ムワッ────とした熱気が押し寄せてきた。


 この分だと、おそらく石櫃の外は熱地獄だろう。


 ダークボーンドラゴンのブレス照射時間がどれほどか知らないが、くそ……!──当分は動けない!


 ブスブス、と何かが焦げるような匂いと、骨が熱された際に出る嫌な香りが漂ってきた。


 そしてついに石櫃そのものが熱され始めてきたのか、急激に内部の温度が上昇し始めた。


 ……そりゃそうか。石窯焼きの中にいるようなものだ。


 このままでは、エミリィと一緒に仲良く蒸し焼きになってしまう。

 最後にゃ、ダークなにがしどもに美味しく召し上がられてしまうのだ……!


(くそ、早く……終われッ!)


 いつまでブレス吐いてやがるんだ、クソドラゴン!!


 今度会ったら、首根っこ引っこ抜いてやる!!


 ふと目を開けるとエミリィが不安そうな目をしてビィトを見上げていた。

 小柄な彼女。

 エミリィとて、ビィトと彼が背負う荷物の重さを一心に受けているのに文句すら言わない。


 ビィトの言いつけ通り息を止めて耐えている。良い子だ…………。だから耐えてくれ!

 

 ドクン、ドクン……。


 密着しているからこそ分かる。


 ドク、ドク、ドク……とエミリィの鼓動が間近に聞こえる。

 その音はかなり早く、よほど緊張しているのだろう。ビィトを見る目に不安がよぎっている。


 落ち着け!

 そのままでは息が持たないぞ!


 ……落ち着けエミリィ!


 ビィトの気持ちなどわからず、エミリィはドンドン鼓動を早めていく。それにともない、酸素の消費も激しくなる。


 ダメだ!!

 …………くそ。なんとかして、エミリィを安心させないと!


 ビィトとて、死の恐怖に苛まれている。

 だけど、目の前の女の子が不安がっているんだ。男なら強がりくらいしないとな。


 だから、エミリィ……。

 ──大丈夫だよ。


 そう目で語りかけるビィト。

 軽く頷き、自分も緊張と恐怖に襲われているのに、無理に笑顔を作る。


 それでも、心臓の鼓動だけはどうにもならない。

 ドクドクと鳴る早鐘のような鼓動は、きっとエミリィにも伝わっているだろう。


 ……だけど、


 ビィトの表情を見たエミリィの顔が徐々に和らいでくる。

 心臓の鼓動も緩やかになり、同時にビィトの鼓動も穏やかに……。


 ……大丈夫。

 大丈夫だよね?


 ──うん、大丈夫。

 ──大丈夫……。



 次第に熱に浮かされ、ボーっとし始める二人。

 とっくに息はもちそうにない……。


 だが外の空気は燃えつくされ……石櫃内の空気も、もはやない……。


「(もう、ダメかもしれない……)」 

「(ううん……ダメじゃないよ)」


 エミリィは弱々しく頭を振る。

 メラメラと熱を感じる中ニッコリとほほ笑むエミリィ。


「(ここなら、お兄ちゃんとずっと一緒にいられるよ……?)」


 そうか……。そうだな。


「(それも……悪くないかもね)」


 そう思い始めていた時。




 ──ガパンッ!




 突如、石櫃が開けられる。

 途端にムワァァアとした熱気が押し寄せるも……。

 ブレスの炎は既に尽きていた。


「え? あ! た、」

 助かった────?


「お兄ちゃん後ろ!」

 え?


「退いて! そいつ倒さないと!」


 エミリィが慌ててモゾモゾと動いている。

 そう言えば蓋を開けた奴がいる……?


 熱と酸欠でボンヤリする頭でソイツを────……!!!!


 ご、

「ゴーレム!?」


「ッッふ!」


 パカァァン!


 ゼロ距離で発射されたエミリィのベアリング弾がゴーレムに命中し、奴は蓋ごと背後に倒れていく。


 不自由な姿勢でエミリィは口にベアリング弾を挟んでの発射。

 危険半径無視の、射程ギリギリで仕留めたらしい。

 ビィトの身体で片手がふさがっていたための苦肉の処置だ。

 それも……一歩間違えばビィトの頭を粉砕しかねない至近距離。 

 凄腕だけど────こ、こぇええ!


 ビィトの気持ちなど知らず、打ち砕かれたゴーレムが石柩の蓋とともに、ズシィィン!と背後に倒れる。

 

 どうやら、蓋を開けていたのは石工の墓場の通路部分にたむろしている小型のゴーレムだ。


 どうやって中に入って来たのか知らないが、封鎖区画を破って内部に突入して来たらしい。

 ご苦労なことに、わざわざビィト達を追って──。

 

 ダークスケルトンよりも探知範囲に広い彼らは、エミリィやビィトがここに入って以来、ずっと入り口でたむろしていたのだろう。

 その様子は容易に想像できる。


 だが、何らかのはずみで入り口を突破し、小柄な一人がここに来たと……。


 しかし、ゴーレムの顔を見て少しほっとしている自分がいた。

 なにせ、もう骨はウンザリだ。


「助かったよエミリィ……」

「うん……良かった」


 そう、本当良かった。あのままゴーレムが蓋を開けなかったらいつまでも中に籠り窒息している所だった。

 酸欠でまともな思考力すら失せていたらしい。


「お前も、ありがとよ」


 ポイン♪ と湧き出したドロップ品の古代の硬貨を頂きつつ、ゴーレムに礼を言う。

 こいつとしてはビィト達を仕留めに来ただけなので、甚だ不本意だろうが。まぁ……ありがとう、だ。


「こりゃ、酷いな……」

「うん……ここ、お墓なのかな?」


 エミリィがゆっくりと回りを見渡す。

 初めて明かりの元で墓所を見たのだろう。


 バチバチと炎がくすぶる中、赤く燃えている墓所のなか。

 そこかしこで、焼け焦げた髑髏の群れが恨めし気にビィト達を見ている。


 物凄い臭気と熱だ。


 幾つかの髑髏は熱で割れ砕け、もはや表情すらわからないものもあった。






 そういえば、今さらだけど、どうやってエミリィはこの奥へ──。

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