第27話「なんてこった、エミリィは無事なのか?!」

 …………紅い─────血。

 エミリィの血…………?


「う、嘘だろ……」


 ゾワリとした悪寒がビィトを襲う。

 今更ながら、ジワジワと恐怖がせり上がってくる……。

 それは、この場所に対する恐怖でも、アンデットに対する恐怖でもない……。


 そんなものが恐怖なものかッ。


 そ、それは……喪失感からくるもので──……。

 あ、あああ──あの子を失ったかもしれないという恐怖……!


 だってそうだろ?!


 こんな場所・・・・・・で血を流す者なんて────ビィトかエミリィしかいない。


 そして、ビィトはここにいる。

 大した怪我もなくここにいる。


 なら、

 ならば!


 ならば、あそこ石櫃の上にいるのはエミリィしかいないじゃないかッ。



 ピチョン……。

 ピチョ……。



 流れ出る血の雫。

 それらがダークファントムの光を受けてキラリ、キラリ……と輝いている。


(──え、エミリィ……? そこにいるのか?)

 

 フラリと一歩を踏み出すビィト。

 ヨロ、ヨロリとおぼつかない足取りで、なぜか視界がぼやけている。

 ヨロリ、ヨロヨロと……。虚ろな表情のままアンデッドのように歩く。


 ワザとじゃないんだ……。

 体が思うように動かないんだ。

 

 だって!

 だって、あんなに血が……!


 俺の気になる子がそこにいて……?

 俺の奴隷で、友人で、仲間で……。

 た、

 大切な女の子が──────!




 え、




「エミリィ!!」


 堪えきれなくなったビィトは感情の発露と共に駆けだす。

 全身のバネを使って跳ねるようにして階段を駆け上がる。


 そして、石櫃の上を確認すると──────。



 あ、

 あああああああ!!


「────エミリィぃぃぃぃぃぃいい!!」



 あぁ、いた!

 やっぱりいた!!!


 エミリィが────────いた!!






 だけど………………。





 ※ ※





 ボタ……。

 ピチョン……。

 ピチョン、ピチョン……。



 石櫃の上に横たえられていたエミリィの顔は真っ赤に濡れていた。

 

 半開きの目はうつろで──何を見ているのか分からない。

 小さく開いた口からは、涎がダラダラと止めどなく零れ落ち、白く固まった筋を残している。


 だが、辛うじてではあるが……そのささやかな胸が小さく上下しているのが見えた──。


 い、

 息をしている……。

 動いている……────。


 ────生きている!!


「え、エミリィ! エミリィ?!」


 その頬に触れ、軽く揺すってみる。

 肌は恐ろしく冷たい。


 失血が酷いのだろう。

 主だった怪我は頭部にある裂傷か?


 他はパッと見た限りでは分からない。

 彼女には悪いが、服を脱がせて確かめる。



 上衣の下──、

 下衣の下────、

 ……例のビキニアーマーのお陰で大事な所は隠しているが、特に目立った怪我はない。


 頭部裂傷のみだ。


 それに気付くとホッと胸を撫で下ろす。


 ──なるほど……頭部の怪我は血が大量にでる。

 それが故に、血だらけになり、失血死寸前なのだろう。


 怪我は深刻ではなかったものの、かわりにビィトは徐々に沸き上がる怒りを覚えた。


「誰がこんなことを────!」


 ビィトはエミリィを軽く支えて起こすと、抱きしめる様にしてゼロ距離から回復魔法をかける。

 下級とはいえ、頭部裂傷くらいなら簡単に塞げる。


 淡い光とともり、ビィトの手から回復魔法が発動し、たちどころに塞がっていく傷。

 それと共に、僅かだがエミリィの体温が戻る。


 だが、すでに危険な兆候がでている。


 回復魔法では傷は治せても、失った血はどうにもならない。

 一刻も早くどこかで休ませて、療養させなければ!


「エミリィ……行くよ? 少し揺れるけど──」


 エミリィを抱え起こし背に担おうとしたその直後、

 ズズズ────と石櫃が開き、中からぬらりと骨の手が伸びてきた。


 黒い……骨。

 瘴気を纏った骨……!


 くッ───ダークスケルトンかッ!


《ギギギギギギ……》

 不気味な骨の軋みとともに、石櫃のフタが開いていく。


 ズズ……ズ────ズゥゥゥン!!


「うっ!」


 エミリィを抱えて後方を飛び下がったビィトの目の前に、完全に開き切った石櫃があった。

 重い蓋……エミリィの血で濡れたそれが、長年の埃を巻き上げて祭壇の上にかなぐり捨てられる。


 そして、その下から──────!!


《ギギギギギギギギギギ……ギギギ……》





 真っ黒な瘴気を纏ったダークスケルトンが……。

 いやッ! なんだコイツは!?

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