第26話「なんてこった、気味が悪いとこに来たぞ!」

 ダークファントムの火が消える……。

 一切の灯りのない本当の闇──。


 視覚から得る情報がなくなると、聴覚から得られる情報が途端に増大する。

 闇に対する人間性の本能的な恐怖も相まって、ビィトの心臓が早鐘のように鳴り響く──。いっそ、その心音さえも耳に聞こえるようだ。


 そして、遠くの方では得体のしれないものが歩き回る音……。

 パリン、パリン……と骨を割りつつも何かを探しているらしい。


 何か……?


 ……違う。ダークスケルトンがビィトを探してうろついているのだ。

 闇の中を目を凝らせば、ユラユラと揺れる黒い瘴気の揺らめきが見える。

 

 光のない中、黒い瘴気が揺れ動いているのが見えるのも奇妙だが、そういうものなのだろう。


「……今さら戻れないな……」


 やはり先に進むしかない。

 そっと、扉に手を触れるビィト。


 頑丈そうなイメージの扉だが、木で作られ骨で装飾されたソレは長い年月を経て相当風化しているらしい。


 脆く……そして軽かった。


 ────ギィィィィ……。


 怪鳥の鳴き声のような音を立てて内側に開いていく扉。

 その途端に目を指す灯が飛び込んできた。


 青い炎……。


 それは眩いというほどでもないが、闇の空間に視力が馴染んでいたビィトの目を細めさせるには十分な光量だった。

 

(ダークファントムの炎か?)


 さっき相対したダークファントムの炎そのものが扉の先に満ちている。

 つまりここにも連中がいるのだ。


 これ以上の消耗戦は避けたいところだが、仕方ない……。


 最低限だけ扉を開けるとそっと体をねじ込みまた扉を閉ざす。

 閉ざす寸前に見た景色……。背後には漆黒の闇の空間が広がっており、そして扉の先に消えていった。



 それにしても。


(ここはどこだ……?)



 ※ ※



 シンと静まり返った空間は広大で不気味な陰影に彩られていた。

 床には相変わらず人骨が敷き詰められており、白一色。


 だが、外の空間とは違いばら撒かれた人骨はない。

 階段を上る前の階層と同じく、綺麗に整頓されている。いわゆる安置所のようなところだろうか?


 天井は高く岩肌がむき出しになっている所は変わらないものの、いくつもの籠の様なものが天井からぶら下がっており、そこから青い炎がメラメラと燃え盛っていた。


《ロォォォ…………──》


(ダークファントム……が照明代わりになっているのか?)


 ビィトの目に映るのは、骨を編んで作ったらしい篭とも檻ともつかぬところにダークファントムが囚われており、そこで寂しげに炎を灯している姿だった。


 ……ビィトに気付いているのかいないのか、籠の中で身じろぎ一つしないダークファントム。

 攻撃してこないなら都合はいいが、どことなく哀れですらある。


 そして、その照明のもと、目の前には広い回廊が続いており、さらに神殿の様に柱が連続し真っ直ぐの通路を描いていた。


 回廊の左右には部屋の類はなく、朽ちた鎧の残骸が赤錆びた鉄だか土だか分からない状態で転がっている。

 それらが辛うじて鎧だと分かるのも、何とか原型をとどめている兜や盾があるからで、それと知らなければただの小汚い小山が連続しているようにしか見えないだろう。


 その残骸が壁際にズラリと並んでいるのだ。


 柱と鎧の列が奥までず~~~っと続いている。

 その様はまるで閲兵場。あるいは王を護る衛兵を連ねた謁見の間といったところか。


 ──なるほど……たしかに衛兵かもしれないな。


 腐れ落ちた鎧の残骸から人骨が顔を見せている。

 鎧の残骸は、空っぽの鎧ではなく、中身入りだったらしい。残骸の隙間から覗く白骨の暗い眼窩がジッとビィトを見つめていた。


 そして、その鎧がずら~~~っと並んでいるのだ。


(ここで殉死? ……それとも、死ぬまで衛兵を?)

 どういう状況で彼らが朽ち果てているのかは知らない。一見すると立哨したまま衛兵が全て死に絶えた様にも見えるが、そんなことがあるだろうか?


 屈強な兵が異常事態にみ身じろぎせず、立ったままで死ぬ……?


 わからないな……。

 なぜ鎧を着た兵の死体──残骸があるのか……。


 彼らが黙して語らない以上、ビィトには一生知る術はないだろうが────まあ、どうでもいいことだ。


 それよりもこの光景。

 それは、……きっと風化するまでの光景はさぞ圧巻であっただろう。


 彼らが生きていればもっと華やかだったに違いない。


 ……だが、長い年月とは残酷なもの。今やただの遺跡と残骸だ。

 エミリィをこの死者の列に加えるわけにはいかない。


 そうだ、

「エミリィがいるとすれば……奥──か」



 ダークファントムの照明だけがある空間。



 今のところ天井の彼ら以外に敵らしいものはいないが……、さてどうだろう。


 構えた棍棒に力が籠る。

(……そういえば、この棍棒呪われていないみたいだな?)


 見た目の禍々しさとは異なり、ただの骨の棍棒らしい。

 街中で持つには少々難易度が高いが、武器のなかった頃に比べればいくぶんマシというもの。


 その棍棒を携え、警戒しつつ奥へと進んでいくビィト。


 激情に駆られていた時よりも少しだけ冷静になれたのか、無為無策に駆けだすようなことはしなかった。


 それでも、胸が締め付けられるような焦燥感はある。

 ここに彼女がいるかもしれないとして……果たして無事なのか。


「無事でいてくれよ……」


 祈りとも懇願ともつかぬ呟き。

 ビィトはただただ前へ進む。


 ダークファントムの炎がユラユラと揺れる空間で、いくつもある闇だまりを警戒しながらも奥へ奥へ……。

 無音の空間にビィトの息遣いだけが響いている。


 それを監視するのは、左右に並ぶ柱とそこに並ぶ物言わぬ兵たちの残骸。

 そして、天井のダークファントムども……。


《ィィィイイイイ……》


 異様な空間だ。

 だが、静謐で荘厳。一種の神々しささえある。


 なるほど……骨に見慣れてしまえば、白亜の宮殿と言われても納得してしまいそうだ。


 白い大理石の代わりに白骨を……。

 そこには無言で任務に忠実な兵と、明るい光を放つ照明。


 そうとも。言葉だけなら理想的な宮殿なのだろう。


 ──もっとも、アンデッドの巣窟だという印象しかビィトには持ち合わせられなかったが……。


 そうして歩く事数分。

 うす暗い照明の先に、空間の終わりが見えた。


 それは祭壇のような場所。

 一カ所だけ、床がピラミッド状に盛り上がっており、その上には石櫃が一つ。


 そこに繋がるのは急な階段が数段程。それらは四方から付いており、その頂点に当たる部分は広くなっている。

 そこに石櫃がひっそりと安置されていた。


 だが、それ以外に何もない……。


 それとも、石櫃の中になにかあるのか?

 角度が悪く、下からでは石櫃の中がどうなっているのか見えない。

 祭壇の奥はなく、その先は行き止まりとなっており、高い壁が真っ直ぐに天井に向かって伸びていた。

 あとは、そこに埋め込まれた無数の頭蓋骨がジッとビィトを見つめているだけ……。


 え……? ここで終わり?


「え、エミリィは────?!」


 エミリィはどこだ!?


 ばばッ! と慌てた様子で周囲を探るビィト。

 だが周りには何もない。


 部屋もなければ階段の類もない。


 白亜白骨の宮殿の行き止まりがあるだけだ。

 そして、石櫃が一つ──……。


 その時、ビィトの強化した嗅覚がなにか生臭いような、……嗅ぎ慣れたような匂いを捉えた。


 戦闘中や治療中に嗅ぐ、それ────?


 え? この匂い……って。


 血?


 ピチョン……。

 と──黒い雫が石櫃の縁から一滴零れ落ちる。


 それは目を凝らしてみてみると分かった。

 幾筋もの黒い流れが石櫃の縁を彩っているのだ。


 いや……。

 黒じゃない。


 …………あれは赤い、紅い──────血?


 え、





 え……。

「エミリィ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る