第20話「なんてこった、エミリィの装備が?!」


 階段は思った以上に長いものだった。


 幅は広く、段の高さは程ほど。

 急でもないが緩いわけでもない。ある意味絶妙な高さ。


 そして、ここも骨が敷き詰められている。

 気味が悪いこともさりながら、この執拗なまでのリサイクル精神には感服する。


 ダンジョンを作った存在の仕業か、

 あるいは何らかの施設がダンジョンに取り込まれたのかは判然としないが、趣味の悪いことだと思う。


 訪れるものの気持ちも少しは考えろっての……。


 言葉に出さずに愚痴をこぼすビィト。

 無音が過ぎるので、声をだすのが怖いくらいだ。


 なんというか、どうにも、意外に骨は音をよく吸収するらしい。

 一本だけならミシミシと軋むのだろうが、こうも密集しているとギシリとも言わない。


 かわりに恐ろしい無音を生む。


 それだけに、この沈黙の世界が不気味で──いまにも心が押しつぶされそうになる。


 そんな世界にエミリィが1人だけ。

 それを思うと、居ても立ってもいられなくなる。


 ついつい、気が急くもののここは慎重に行かねば……。

 このダンジョンの予備知識はほとんどない。

 ましてや、未発見の墓所の情報などあろうはずがない。


 それに、なんといっても今現在ビィトのいる場所が悪い。

 階段は非常に危険なのだ。


 逃げ場所はないし、上から襲われた場合────最初っから敵に頭上を押さえられることになる。


 こっちの射界は限られるというのに、逆に敵は大きな射界を得ている。

 非常に危険な場所なのだ。

 はやくすり抜けたいところだが、焦りは禁物……。


 幸い、ダークスケルトンは行動範囲も狭く、探知距離も狭い。


 ビィトが無暗に動き回らず、慎重に行動すれば不期遭遇は避けられる。


 それに、ブーツを履くビィトと違い、むき出しの骨で歩く連中の足音は微かであるとは言え、強化したビィトの聴覚なら拾うことができる。


 焦って先へ先へと進まなければ、いきなり鉢合わせすることはないはずだ。


 だからビィトはゆっくりと確かめるように一歩一歩着実に進んでいく。


 それ故、捜索距離としては過少だ。入り口からの直線距離でいえば、いくらも進んでいないだろう。


 あまり時間をかけるべきではないと知りつつも、慎重を期さねばならないという瀬戸際。

 それは、じつにビィトの神経をすり減らす探索だった。


 その矢先、

「え?」


 階段の中腹だろうか。

 無造作に落ちている鞄…………。



 ──ッ!



「これ! エミリィの!!」


 そうだ。

 見間違うはずもない。エミリィが両親から譲り受けたという盗賊七つ道具の入った年期入りの古びた鞄だ。


 ……他の誰の物でもない。

 ベンでさえ、これはエミリィに持たせていたくらいだ。


 彼女以外の誰のものでもない!


 だが、取っ手部分にはッ……。


「血…………?」

 ヌルリとした感触。


 かび臭いこの墓所に、妙に生々しい匂い……。


 な、なんで、血が……?

 なぁなんでだ?!


 エミリィの持ち物に何で血が……!?






 え……。





 

 エミリィ?


 エミリィ……?


 エ──────。

「エミリィ!」





 ────────エミリィ!!!





 鞄を見つけた瞬間……、血に触れた瞬間────ビィトの中で何かが弾ける。


 焦燥、絶望、憤怒────! いや、違う。


 何だ!


 何だこの感情!


 何なんだ!!!




「エミリィぃぃぃいいい!!!」




 慎重を期すと言った自分。

 焦りは禁物と念じた自分。

 神経が磨り減ると言った自分────。


 



 関係あるかッ!!




 

 ダークスケルトン!? 知るか!


 墓所!? だからどうした!


 未知の区画?! だったら今から既知の区画だ!!


 そんなことは全部が、全部────────どうでもいい!!


 俺にとって重要なことはただ一つ!!!

 そうとも、ただ一つだ!!!




 ────エミリィぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!




 彼女だ。

 彼女だけだ。


 今の俺にとっては、エミリィが一番大事!


 他のことは全部些事さじだ!

 そう…………「豹の槍パンターランツァ」のことも二の次!


 だから、今はエミリィを一番に考える。


 考えろ!

 考えるんだ!


 両親の形見の鞄……それを放置してエミリィが姿を消す。

 血痕はあるも、大量ではない……少量だ。

 それでも怪我をしていることに間違いはないのだろうが……今は死体もなければ悲鳴も聞こえない。


 ──それは同時に、エミリィがビィトに答えられない、ということでもある。


 くそッ! 生きているよな? エミリィ!?


 頼むから無事でいてくれ────。


 死体が無いんだ。

 姿がないんだ!──だから無事だ!


 そう信じさせてくれ。


 君は必ず、ここにいる!!

 必ずいるんだ!


 そうだろ?!


 何らかの事象に巻き込まれているに違いない。

 ……それはきっと、どうしようもなくロクでもない事態。


 でもな……それがアンデッドどもの仕業だとしたら……。俺は容赦しないぞ。 

 アンデッド風情がエミリィに手を出してタダで済むと思うなよ!


 バリリと歯を噛み締めたビィトは、ガシリとエミリィの鞄を引っ掴むと肩にかけて回収する。


 その重みの中にまだ温かさが残っている気がして胸が締め付けられる思いだ。


 今行く!

 すぐ行く!

 駆けて行く!


「うぉぉおおあああああ! エミリィぃぃぃぃいい!! 今いく! 今すぐ行くから!!」


 エミリィを失うかもしれない。

 エミリィがアンデッドに攫われたのかもしれない。

 エミリィが奥でズタズタに引き裂かれているのかもしれない。


 ダメだ。

 ダメだ!

 ダメだダメだダメだ!!!






 ダメだーーーーーーー!!!






 え、

「────────ッ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る