第9話「なんてこった、油断するなッ」
「うわぁ、ひろーーーい!!」
エミリィの声がわんわんとダンジョンに響く。
その振動を受けて静かな
一種、綺麗で幻想的な光景だが……。
ここはダンジョン。
しかも、ゴーレムの頭の上だ。
ずらー……と居並ぶゴーレムの群れの上を歩きつつ、エミリィは「広い、広い!」と感嘆の声を漏らす。
確かに彼女のいうとおり、蟻の巣に比べて『石工の墓場』は随分と広い。
とはいえ、ダンジョンの中のさらに端だ。
ボスが沸くような大部屋というわけではなく、広いとは言っても所詮──通路は通路。
蟻の巣と比べれば……──の次元でしかない。
もっとも、それは比べるものも悪い。
比較対象の蟻の巣は狭すぎたのだ……。
いや、だからこそ、その反動だろうか。
ビィトもようやく中腰の不安定な姿勢から起き上がることができて広さ実感している。
ゴーレムが足元にいてもこの広さ。正確には天井の高さだろうか。
「んーーー……疲れた!」
猫の様に伸びをしながら、エミリィが屈託なく笑う。
ゴーレムの頭の上かつ深部のダンジョンだというのに、この緊張感のなさ。ビィトも苦笑を浮かべる。
「静かにね……。エミリィなら、探知で危険がないのは分かっているんだろうけど、ダンジョンじゃ何がおこるかわからないから」
静かに湛える水や、つるりとした壁が音をよく反響させているようだ。
ゴーレム以外に動きのない空間だが、それだけにビィト達という異物の存在が際立つ。
「えへへ、ごめんなさい」
ペロリと舌を出しつつ謝るエミリィの頭を撫でつつ、周囲を見渡すビィト。
視線の先には、ゴツゴツとした岩肌とツルンとした壁がモザイク状に絡み合った細長い通路があった。
その通路は目の届く範囲では一本道。
それが、左右に真っ直ぐと伸びている。
通路の幅はゴーレムが優に二体はすれ違えるほどに広いが、所どころに溜め池が掘られていた。
蟻の巣のひんやりした空気と変わらず冷え冷えとした空気だが、この空間の方が湿度が高いらしく、じっとりと肌に絡む重い空気を感じる。
溜め池の水面には生物の気配はない。
しかも、苔の臭いはしないところを見ると全くといっていいほど、生物などはおらず、太陽も差し込まない死の空間らしい。
おそらく、冒険者以外には有機物等ほとんどないのかもしれない。
ゴーレム、石壁……。透き通った水。それだけ。少々、無機質が過ぎる空間だ。
「うーん……この地図じゃどの辺に出たのか分からないな……」
ギルドに支給された地図には『悪鬼の牙城』周辺の詳細は記載されていたが、その近隣の派生ダンジョンまでは網羅していない。
あるのは、『悪鬼の牙城』までの大雑把な全般地図のみ。
難しい顔をして地図を覗き込んでいるビィトの脇からヒョイとエミリィも覗き込む。
彼女はあまり字が読めないらしく、絵柄で何となく判断しているとのことだが……。
「えっと……。ここにいくんだよね?」
エミリィが指さすのは大きな湖にポツンと浮かぶ城の絵柄。
そこに転記されている鬼の絵を指しつつ言う。
「湖がある方向なら何となくわかるよ?」
え?
「ほんと?」
「うん。冷たい空気と……苔のような匂いがするから、多分こっち」
そう言ってエミリィが指さしたのは蟻の巣から出て右側の通路。
真っ直ぐに伸びたその通路は果てしなく遠い。
え? 嘘?
……マジで空気とか匂いとかわかるの?
いや、エミリィがここで嘘をつくとは思えないので本当なのだろうが……すごいな。
「…………エミリィって、凄いよね。いや、マジで」
「え? そ、そうかな」
エミリィは、ビィトの飾らない称賛の言葉に照れ照れと顔を赤らめる。
その様子が愛おしくて思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるが、グッと抑えるビィト君。
気になる子が可愛い仕草してたらそうなるでしょ!?
でも我慢。
……だって男の子ですもの。
でも、ヘタレなビィト君はそんなことはできずに、なんとなくムズムズする思いを飲み込むだけ。
「う、うん。凄いよ。助かる」
かわりにナデナデと頭を撫でると、エミリィが猫の様に目を細める。
思わず手を出しちゃったけど、嫌がる素振りはなかった。
そして、信頼の証としてビィトは彼女の言う事を全面的に信じて行動に移す。
行先が分からずモヤモヤとするよりは明確な行動指針があった方がいい。
「じゃ、今のところゴーレムは危険がなさそうだし、エミリィが先行してくれる?」
レディファーストというわけではないが、探知能力のあるエミリィが先行するのが最も効率が良いのだ。
罠の探知に、敵の探知……それに進路の見当。
そのどれもが時間短縮に一躍どころか二躍ぐらいかっている。
本当にエミリィは優秀だ。
「うん! こっちだよ」
そういうが早いか、ゴーレムの上を軽快に走って行くエミリィ。
……というか、ゴーレムの数が半端ではない。
この通路だけで何体いることやら。
「ちょ! エミリィ────速いよ!」
狭い蟻の巣から解放された反動だろうか?
エミリィはビィトの動きを気に留めず、スイスイと先へ進んでしまう。
進む先では、さすがにゴーレムの群れも途切れているが、それでも周辺だけで100体はくだらない。
どうにも、ダンジョンと蟻の巣が繋がったために大半のゴーレムがここに吸い寄せられているらしい。
まったく、ただの通路だというのみ、
コイツらには思考力はないのだろうか?
未だにギシギシと体を震わせ蟻の巣に入ろうと、あるいはビィト達を襲おうとしているのか益々密集している。
下手にここを離れると一斉に追いかけてくる可能性もあるが、いつまでもここにはいられない。
「エミリィ! ゴーレムが追ッてくるかもしれないから、あまり先に行かないで!」
無頓着に走り出したエミリィに慌てて声をかけるも、既に彼女はゴーレムの群れを走り切り、群れの終わりを見つけると、ピョ~ンと本来の通路に降り立っていた。
「大丈夫だよ! ゴーレムはみんな絡み合ってて動けなさ、──そ、う?」
動けないと高を括っていたらしいエミリィだは、そんな見立てをあざ笑うかのようにズルリと一歩を踏み出すゴーレム。
その様子に気付いて顔面蒼白になったエミリィだが、もう後の祭だ。
ずっとスクラムを組んでいたゴーレムだが、それは獲物が蟻の巣の先にいたから。
獲物が…………敵が目の前にくれば、当然そっちを優先する。
長い間絡まっていたゴーレムだが、ここに至りようやく動き始める。
「エミリィ! モンスターを甘く見るな! 危険だ。早くコッチに!!」
もともと、人間や他の生物の気配に釣られてアリの巣に侵攻したゴーレムだ。
舐められたものだとばかりに、無防備にあらわれれば敵にむかって襲いくる!
「え! ……う、動き出した! ど、どどどどうしよう!」
「いわんこっちゃない!」
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